
発売日:2023年9月22日
ジャンル:シンセポップ、ダンスポップ、インディーポップ、クィアポップ、エレクトロポップ、パワーポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Femininomenon
- 2. Red Wine Supernova
- 3. After Midnight
- 4. Coffee
- 5. Casual
- 6. Super Graphic Ultra Modern Girl
- 7. HOT TO GO!
- 8. My Kink Is Karma
- 9. Picture You
- 10. Kaleidoscope
- 11. Pink Pony Club
- 12. Naked in Manhattan
- 13. California
- 14. Guilty Pleasure
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Lady Gaga – The Fame Monster(2009)
- 2. Robyn – Body Talk(2010)
- 3. Cyndi Lauper – She’s So Unusual(1983)
- 4. Olivia Rodrigo – SOUR(2021)
- 5. MARINA – The Family Jewels(2010)
- 関連レビュー
概要
Chappell Roanの『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、2023年に発表されたデビュー・アルバムであり、2020年代のポップ・シーンにおける重要な転換点の一つとして位置づけられる作品である。アメリカ中西部ミズーリ州出身のKayleigh Rose Amstutzが、Chappell Roanというアーティスト名義で作り上げた本作は、地方出身の若い女性が、クィアな自己認識、欲望、ポップスター的な演劇性、失恋、解放、自己創造を通じて、自分自身を再発明していく物語として聴くことができる。
タイトルの『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、直訳すれば「中西部のプリンセスの栄光と没落」である。このタイトルには、ポップスターの伝記的な大げささと、地方出身者の自己戯画化が同時に含まれている。「Midwest Princess」という言葉は、都会的なセレブリティではなく、アメリカ中西部の保守的な環境や小さな町の感覚を背負った人物を示す。一方で「Rise and Fall」という表現は、ロックスターやポップスターの神話、成功と破滅の物語を思わせる。つまり本作は、地方出身のクィアな若者が、自分自身をポップの舞台上で巨大なキャラクターへ変身させるアルバムであり、その変身のきらびやかさと痛みの両方を描いている。
Chappell Roanの音楽を語るうえで重要なのは、演劇性である。本作は、単に自伝的なポップ・ソングを並べたアルバムではない。彼女は、ドラァグ、キャンプ、美少女戦士的な誇張、1980年代風のシンセポップ、2000年代ポップの派手さ、インディーポップの親密さを混ぜ合わせ、自分自身を一つの舞台装置として提示している。歌詞は非常に個人的でありながら、表現は大きく、色鮮やかで、時にコミカルで、時に過剰である。この「過剰さ」が本作の中心的な魅力である。
音楽的には、プロデューサー/ソングライターのDan Nigroの存在も大きい。Dan NigroはOlivia Rodrigoとの仕事でも知られ、現代ポップにおける感情の生々しさと、クラシックなポップ・ソングライティングの構造を結びつける手腕に長けている。本作でも、Chappell Roanのキャラクター性と歌詞の率直さを、シンセポップ、バラード、ダンスポップ、パワーポップ、カントリー風味、ディスコ的なグルーヴなどに落とし込み、曲ごとに異なる劇場的空間を作り出している。
本作は、クィア・ポップの文脈でも非常に重要である。Chappell Roanは、女性への欲望、地方での疎外感、クィアな自己発見、ヘテロ規範的な恋愛観からの離脱を、隠さず、むしろ華やかに歌う。ここでのクィアネスは、深刻な苦悩だけとして描かれるのではない。もちろん孤独や混乱はあるが、それと同じくらい、欲望の喜び、クラブでの解放、友人との連帯、自分の身体と感情を取り戻す楽しさがある。これは、2020年代のポップにおける重要な変化であり、クィアな表現が「告白」や「苦悩」から、「祝祭」と「自己演出」へ大きく広がっていることを示している。
歌詞の中心には、恋愛と自己像の変化がある。アルバム全体を通じて、語り手は誰かに恋し、傷つき、欲望に戸惑い、都会へ向かい、パーティーやクラブの中で自分を発見し、過去の自分や相手への執着を振り切ろうとする。「Femininomenon」では女性の快楽と欲望がユーモラスかつ挑発的に語られ、「Pink Pony Club」では小さな町から出て、自分らしく輝ける場所を求める物語が描かれる。「Red Wine Supernova」では女性同士の欲望が宇宙的で軽やかなポップに変換され、「Casual」では曖昧な関係に消耗する心理が痛烈に歌われる。
『The Rise and Fall of a Midwest Princess』の大きな魅力は、感情の振れ幅にある。楽曲はしばしば明るく派手で、サウンドはきらびやかだが、歌詞には不安、恥、未練、自己嫌悪も含まれる。Chappell Roanは、自分を強く見せるだけのポップスターではない。むしろ、強く見せるためにどれほど演じ、飾り、笑い飛ばし、踊らなければならないのかをよく知っている。そのため本作の明るさは、単なる無邪気な明るさではない。傷ついた人間が、自分のための舞台を作り、自分のためにライトを当てることで生まれる明るさである。
本作は、Lady Gaga、Katy Perry、Cyndi Lauper、Robyn、MARINA、Lorde、Taylor Swift、Olivia Rodrigo、さらにはドラァグ文化やキャンプ美学の影響を感じさせる。しかし、Chappell Roanはそれらを単に模倣しているのではない。彼女は、中西部出身という地方性、クィアな自己発見、ポップスターへの憧れ、インディーポップ的な傷つきやすさを組み合わせ、独自のキャラクターを作り上げている。その意味で本作は、現代ポップの多くの要素を吸収しながら、非常に個性的なデビュー作になっている。
全曲レビュー
1. Femininomenon
アルバム冒頭の「Femininomenon」は、本作の宣言文のような楽曲である。タイトルは「feminine」と「phenomenon」を組み合わせた造語で、女性性の現象、あるいは圧倒的な女性的パワーを意味するように響く。Chappell Roanはこの曲で、女性の欲望、快楽、恋愛への不満、そしてポップスター的な誇張を一気に提示する。
音楽的には、シンセポップとダンスポップを基盤にしながら、曲中で語り、煽り、叫び、フックへ突入する構成が印象的である。特に後半のコール的な展開は、クラブやライブ会場での集団的な盛り上がりを強く意識している。曲は単なるポップソングではなく、観客を巻き込むパフォーマンスとして設計されている。
歌詞では、男性との関係における不満や、女性同士の快楽への視線がユーモラスに語られる。ここで重要なのは、性的な欲望が隠されず、笑いと誇張を伴って表現されている点である。ポップ音楽において女性の欲望はしばしば受け身に描かれてきたが、Chappell Roanはそれを主体的で、冗談めいていて、同時に鋭いものとして提示する。
「Femininomenon」は、アルバム全体の入口として非常に効果的である。聴き手はここで、本作が内省的な失恋アルバムであるだけでなく、クィアな欲望とキャンプな演劇性を爆発させるポップ・ショーでもあることを理解する。この曲の大げささ、ユーモア、欲望の肯定が、以降のアルバム全体を方向づけている。
2. Red Wine Supernova
「Red Wine Supernova」は、本作の中でも特にキャッチーで、Chappell Roanの魅力が鮮やかに表れた楽曲である。タイトルは、赤ワインと超新星という、日常的な酔いと宇宙的な爆発を結びつけた言葉である。この組み合わせが、曲の持つ軽やかな官能性と大げさなロマンティシズムをよく表している。
音楽的には、明るいギターとシンセを中心にしたポップロック/シンセポップで、メロディは非常に親しみやすい。サウンドは軽快で、恋の始まりの高揚感をそのまま音にしたようである。一方で、歌詞には女性同士の欲望が率直に描かれ、曲の明るさがクィアな自己肯定と結びついている。
歌詞では、相手の女性に惹かれる瞬間、酔い、誘惑、身体的な距離の近さがユーモアを交えて描かれる。重要なのは、その表現が重苦しくないことである。クィアな欲望はここで、苦悩や秘密としてではなく、楽しく、少しばかばかしく、非常にポップなものとして歌われる。これは本作の大きな意義である。
「Red Wine Supernova」は、Chappell Roanのソングライティングが、性的な率直さとポップな普遍性を両立させられることを示している。歌詞は具体的で大胆だが、メロディは誰でも口ずさめる。この開かれたキャッチーさが、彼女を単なるニッチなクィア・ポップの枠に留めず、広いリスナーへ届かせる力になっている。
3. After Midnight
「After Midnight」は、夜中の解放感、欲望、クラブ的な高揚を描いた楽曲である。タイトルが示すように、深夜を過ぎると、昼間の自分とは違う顔が出てくる。社会的な役割、家族や地元の目、常識的な振る舞いから離れ、身体と欲望が前に出てくる時間である。
音楽的には、ダンサブルなビートとシンセが中心で、アルバムの中でもクラブ寄りの感覚が強い。曲は滑らかに進み、夜の街やパーティーの空気を作る。Chappell Roanの歌唱は、ここでは軽やかで誘惑的だが、同時にどこか自己解放の切実さも感じさせる。
歌詞では、深夜以降に自分を解放すること、欲望に従うこと、誰かと近づくことが描かれる。ここでの夜は危険な時間であると同時に、自由の時間でもある。特にクィアな文脈では、夜のクラブやパーティーは、自分を隠さずにいられる重要な場所として機能してきた。この曲は、その文化的な感覚をポップに表現している。
「After Midnight」は、Chappell Roanのアルバムにおけるダンスフロアの役割を担う楽曲である。踊ることは単なる娯楽ではなく、自分の身体を取り戻す行為として描かれる。本作が持つ祝祭性を支える一曲である。
4. Coffee
「Coffee」は、アルバム前半の派手なポップ・ナンバーとは対照的に、静かで内省的なバラードである。タイトルの「コーヒー」は、日常的な親密さ、朝の会話、別れた後にも残る習慣を連想させる。この曲では、恋愛関係の終わりを、劇的な決別ではなく、まだ会おうとしてしまう曖昧な日常として描いている。
音楽的には、ピアノを中心にしたシンプルなアレンジで、Chappell Roanの声が前面に出る。派手なシンセやビートは抑えられ、言葉の重みと声の震えが際立つ。彼女の歌唱は感情を大きく爆発させるのではなく、静かに耐えているように響く。
歌詞では、別れた相手と会うことの危うさが描かれる。コーヒーを飲むだけなら無害に見える。しかし、まだ感情が残っている場合、その小さな再会は傷を開く。Chappell Roanは、関係が終わった後にも続いてしまう小さな接触が、どれほど心を乱すかを丁寧に描いている。
「Coffee」は、本作の感情的な奥行きを示す重要曲である。Chappell Roanは派手なポップ・キャラクターであると同時に、非常に繊細なバラードを書けるソングライターでもある。この曲によって、アルバムは単なる祝祭ではなく、失恋の痛みを抱えた作品になる。
5. Casual
「Casual」は、本作の中でも特に痛烈で、現代的な恋愛の曖昧さを鋭く描いた楽曲である。タイトルの「casual」は、気軽な関係、正式ではない関係、恋人ではないが身体的・感情的には深く関わっている関係を示す。現代の恋愛において非常に身近なテーマであり、Chappell Roanはその不均衡を強い言葉で描く。
音楽的には、ゆったりとしたテンポのポップ・バラードで、メロディは美しいが、歌詞には強い怒りと傷がある。サウンドは過度に激しくないが、コーラスへ向かうにつれて感情の圧力が増す。静かな始まりから、関係の不条理への怒りが浮かび上がる構成になっている。
歌詞では、相手が関係を「カジュアル」と言いながら、実際には深い親密さや依存を求めている矛盾が描かれる。語り手はその曖昧さに傷つき、自分が都合よく扱われていることを理解しながらも、抜け出せない。この曲の強さは、曖昧な関係を美化せず、その中で生まれる屈辱や怒りをはっきり言葉にしている点にある。
「Casual」は、Chappell Roanの作詞家としての鋭さを示す代表曲である。恋愛関係に名前をつけないことが、必ずしも自由を意味するわけではない。時にはそれが責任回避や感情的搾取になる。この曲は、その現代的な痛みを非常に正確に捉えている。
6. Super Graphic Ultra Modern Girl
「Super Graphic Ultra Modern Girl」は、タイトルからしてキャンプで過剰な美学に満ちた楽曲である。言葉の並びは、ファッション、広告、ポップアート、ドラァグ、クラブカルチャーを連想させる。Chappell Roanはここで、現代的で派手で自己演出に長けた女性像を、ほとんどキャラクターのように提示する。
音楽的には、エレクトロポップとダンスポップを基盤に、非常に鮮やかなサウンドが展開される。ビートは軽快で、シンセは光沢があり、曲全体がネオンカラーの映像のように感じられる。これは聴くポップであると同時に、見るポップでもある。
歌詞では、自分をつまらない男たちに合わせるのではなく、もっと刺激的で、自分にふさわしい相手や場所を求める姿勢が示される。ここには自己肯定と選別の感覚がある。自分は「普通」ではなく、もっと派手で、もっと現代的で、もっと自由であるという宣言である。
この曲の重要な点は、自己演出が逃避ではなく、力として描かれていることだ。Chappell Roanにとって、派手な衣装や大げさなキャラクターは、空虚な飾りではない。それは、自分を抑圧してきた環境から抜け出すための武器である。「Super Graphic Ultra Modern Girl」は、その武器としてのポップ美学を象徴する楽曲である。
7. HOT TO GO!
「HOT TO GO!」は、本作の中でも最も祝祭的で、観客参加型のポップ・ソングである。タイトルからして、ファストフード的なポップさ、性的な自信、チアリーディング的な掛け声を思わせる。実際、この曲はライブやフェスティバルで大きな合唱や振り付けを生み出すことを前提にしたような構造を持っている。
音楽的には、チアリーダー風のリズム、明快なフック、コール・アンド・レスポンス的な構成が中心である。曲は非常に分かりやすく、ポップ・ソングとしての即効性が高い。一方で、その単純さは計算されたものであり、Chappell Roanの舞台的なセンスが強く表れている。
歌詞では、自分の魅力を堂々と提示し、相手を誘うような姿勢が歌われる。ここでの性的な自信は、男性目線に応えるためのものではなく、自分自身の楽しさとパフォーマンスとして表現されている。軽く、ばかばかしく、しかし非常に力強い。
「HOT TO GO!」は、本作の中で最もコミュナルな曲である。聴き手が一緒に歌い、踊り、手を動かすことで完成する。この点で、Chappell Roanの音楽が単なる個人的告白ではなく、クィアな祝祭空間を作るものであることを示している。
8. My Kink Is Karma
「My Kink Is Karma」は、復讐、因果応報、失恋後の痛快さをテーマにした楽曲である。タイトルは「私の性的嗜好はカルマ」とでも訳せる挑発的な表現で、相手が自分を傷つけた後に報いを受けることへの快感が、ユーモラスかつ毒のある形で示されている。
音楽的には、ダークなシンセポップの質感があり、メロディには不穏さとキャッチーさが同居している。曲全体に、笑顔で相手の破滅を見ているような皮肉な快感がある。Chappell Roanの歌唱も、怒りをむき出しにするだけでなく、芝居がかった余裕を持っている。
歌詞では、元恋人が自分なしでうまくいかなくなる様子を見て、語り手が満足感を覚える。ここでの「karma」は道徳的な教訓というより、感情的な復讐のファンタジーである。相手に直接復讐するのではなく、世界が代わりに罰してくれることを願う。その少し意地悪な心理が、非常にポップに描かれている。
「My Kink Is Karma」は、Chappell Roanのユーモアと毒のセンスを示す楽曲である。傷ついた人間は常に高潔である必要はない。相手の失敗を見て少し嬉しくなることもある。この曲は、その人間らしい暗い快感を、派手なポップへ変えている。
9. Picture You
「Picture You」は、本作の中でも特にロマンティックで、スローな楽曲である。タイトルは「あなたを思い描く」という意味で、実在する相手というより、記憶や想像の中にいる相手への欲望が中心になっている。アルバムの派手な楽曲群の中で、この曲は非常に官能的で夢のような空間を作る。
音楽的には、ゆったりとしたテンポ、柔らかなギターやシンセ、広がりのあるヴォーカルが特徴である。Chappell Roanの声はここで特に繊細で、相手を直接見つめるというより、遠くから思い描いているように響く。サウンドには、古いポップ・バラードやドリームポップの影も感じられる。
歌詞では、相手を想像することによって欲望が増幅される様子が描かれる。実際に会っている相手よりも、頭の中で作り上げた相手の方が強く心を支配することがある。この曲は、その想像の官能性を丁寧に表現している。
「Picture You」は、本作における静かな欲望の曲である。派手に踊る欲望ではなく、ひとりの時間に内側で膨らむ欲望が描かれる。Chappell Roanの表現の幅を示す、美しいバラードである。
10. Kaleidoscope
「Kaleidoscope」は、関係の変化、見方の変化、感情の多面性を描いた楽曲である。万華鏡は、同じ破片が角度によってまったく違う模様を作る装置である。このイメージは、恋愛や人間関係を理解するうえで非常に効果的である。同じ出来事でも、時間や感情の角度が変わると、まったく違って見える。
音楽的には、ピアノを中心にした静かなバラードで、Chappell Roanの歌声が丁寧に置かれている。派手なプロダクションはなく、曲の繊細なメロディと歌詞が中心になる。本作の中でも特に感傷的で、内省的な楽曲である。
歌詞では、相手との関係が恋愛から別の形へ変わっていくこと、感情が一つの名前では収まらないことが描かれる。愛、友情、未練、感謝、痛みが混ざり合い、万華鏡のように形を変える。この曲は、関係の終わりを単なる破局としてではなく、形の変化として捉えている。
「Kaleidoscope」は、アルバムの中で成熟した感情の理解を示す楽曲である。Chappell Roanは、怒りや欲望を派手に歌うだけでなく、関係が変化しても残る優しさや複雑さを表現できる。この曲はその証明である。
11. Pink Pony Club
「Pink Pony Club」は、Chappell Roanの代表曲の一つであり、本作の精神的な中心ともいえる楽曲である。小さな町を離れ、ロサンゼルスのクラブで自分らしく踊ることを夢見る物語は、クィアな自己発見と地方からの脱出を象徴している。
音楽的には、壮大なシンセポップ・バラードとして構成されている。メロディは大きく、サビでは解放感が広がる。80年代ポップの輝きと、現代的なインディーポップの感情が結びつき、曲全体が映画のクライマックスのように響く。
歌詞では、母親の期待や地元の価値観から離れ、自分の居場所を求める語り手が描かれる。「Pink Pony Club」は、現実のクラブであると同時に、自分が自分でいられる理想の場所である。そこでは、踊ること、派手に装うこと、欲望を隠さないことが許される。
この曲の重要性は、クィアな解放を非常に普遍的なポップ・アンセムとして提示している点にある。地方から都市へ、家族の期待から自己表現へ、恥から祝祭へ。そうした移動が、感情的に大きなメロディで表現される。「Pink Pony Club」は、本作の中で最も深い意味を持つ楽曲の一つである。
12. Naked in Manhattan
「Naked in Manhattan」は、Chappell Roanの初期を代表する楽曲であり、女性同士の欲望と都会での自己発見を、軽やかで映画的なポップにした曲である。タイトルの「マンハッタンで裸になる」は、文字通りの裸であると同時に、感情的・性的に自分をさらけ出すことを意味する。
音楽的には、明るいシンセポップで、メロディには青春映画のようなきらめきがある。曲は疾走感を持ち、都会の夜、タクシー、アパート、初めての欲望の高揚を思わせる。サウンドは軽快だが、歌詞には自己発見の重要な瞬間が刻まれている。
歌詞では、女性への欲望に気づき、その欲望を試してみたいという感覚が描かれる。ここでのクィアな目覚めは、重苦しい告白ではなく、好奇心、緊張、楽しさ、映画的なロマンとして表現される。これはChappell Roanの大きな特徴である。自己発見は深刻であると同時に、きらめく冒険でもある。
「Naked in Manhattan」は、本作の中で若さと解放の輝きを担う楽曲である。都会は危険でありながら、自分を変える場所でもある。Chappell Roanはその感覚を、非常に鮮やかなポップソングにしている。
13. California
「California」は、夢の場所としてのカリフォルニアと、その夢に届かない痛みを描いたバラードである。ポップ・ミュージックにおいてカリフォルニアは、成功、自由、太陽、映画産業、自己実現の象徴として繰り返し歌われてきた。しかしこの曲では、その輝きが必ずしも救済にはならないことが示される。
音楽的には、ピアノを中心にした壮大なバラードで、Chappell Roanの声の感情的な深みが強く出ている。曲は静かに始まり、徐々に感情を増していく。派手なダンス曲とは異なり、この曲では彼女の内面の痛みが前面に出る。
歌詞では、カリフォルニアへ向かったものの、そこで自分が期待していたようにはなれなかった感覚が描かれる。夢を追って地元を離れることは、解放であると同時に孤独でもある。成功や自己実現の場所に見えた土地が、自分を試し、傷つける場所にもなる。
「California」は、本作タイトルの「rise and fall」の「fall」の側面を強く担う曲である。プリンセスは舞台へ上がるが、その舞台は常に華やかで優しいわけではない。夢の場所で傷つくこともある。この曲は、Chappell Roanの物語に現実的な重みを与えている。
14. Guilty Pleasure
アルバムを締めくくる「Guilty Pleasure」は、タイトル通り、罪悪感を伴う快楽、恥ずかしいほど好きなもの、隠しておきたい欲望をテーマにした楽曲である。本作全体が欲望と自己演出のアルバムであることを考えると、この終曲は非常に象徴的である。
音楽的には、明るくポップな質感を持ち、アルバムを暗く閉じるのではなく、少し軽やかな余韻で終わらせる。曲には遊び心があり、Chappell Roanのポップスター的なキャラクターが最後まで保たれている。
歌詞では、誰かへの欲望や、自分でも少し恥ずかしいと思うような感情が描かれる。しかし本作全体を聴いた後では、「guilty pleasure」という言葉は反転して響く。なぜ欲望に罪悪感を持たなければならないのか。なぜ好きなものを隠さなければならないのか。この曲は、そうした問いを軽やかに投げかけている。
「Guilty Pleasure」は、アルバムの終曲として、完全な解決ではなく、自己肯定の途中にある状態を示している。Chappell Roanの物語は、ここで完結するというより、次のステージへ向かう。恥や罪悪感を抱えながらも、それをポップに変えて踊る。その姿勢が、本作の最後に残る。
総評
『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、Chappell Roanのデビュー作でありながら、非常に完成度の高いコンセプトとキャラクター性を持ったポップ・アルバムである。本作は、恋愛、失恋、クィアな自己発見、地方からの脱出、都会への憧れ、ポップスター的な自己演出を、鮮やかなシンセポップと演劇的な歌詞でまとめ上げている。
本作の最大の特徴は、個人的な痛みと祝祭的な過剰さが同居している点である。「Coffee」「Casual」「California」のような曲では、恋愛や夢に傷ついた語り手の弱さが描かれる。一方で、「Femininomenon」「Red Wine Supernova」「HOT TO GO!」「Super Graphic Ultra Modern Girl」では、欲望、ユーモア、派手な自己演出が爆発する。この二面性が、Chappell Roanというアーティストの核である。
クィア・ポップとしての意義も大きい。本作では、女性への欲望が隠されることなく、時に大胆に、時に軽やかに、時に切実に歌われる。重要なのは、それが一つの固定されたトーンに閉じ込められていないことだ。クィアであることは、苦しみであり、喜びであり、冗談であり、踊りであり、家族との摩擦であり、クラブでの解放でもある。本作は、その複雑さをポップの言語で表現している。
音楽的には、1980年代シンセポップ、2000年代の派手なポップ、現代インディーポップ、パワーポップ、バラードが巧みに組み合わされている。Dan Nigroのプロダクションは、Chappell Roanのキャラクターを過剰に磨きすぎず、彼女の少し不器用で生々しい感情を残している。結果として、本作は巨大なポップ・アルバムでありながら、インディー的な親密さも保っている。
歌詞の面では、ユーモアと痛みのバランスが非常に優れている。Chappell Roanは、深刻なテーマを扱うときにも、自分を完全に悲劇の主人公として固定しない。笑い、誇張し、毒を吐き、踊りながら、傷を見せる。この態度は、キャンプ美学やドラァグ文化とも深く関係している。傷ついているからこそ派手に装う。孤独だからこそ舞台を作る。この逆説が、本作の美しさである。
日本のリスナーにとって本作は、単なる英語圏の最新ポップとしてだけでなく、現代の自己表現のアルバムとして聴く価値が高い。地方から都市へ出る感覚、家族や地元の価値観との距離、自分の欲望を言葉にする難しさ、SNS時代の自己演出と本音の揺れは、日本のリスナーにも十分に通じるテーマである。サウンドは華やかだが、その中心にあるのは、自分が何者なのかを探す非常に普遍的な問いである。
総じて『The Rise and Fall of a Midwest Princess』は、2020年代ポップの重要作であり、Chappell Roanというアーティストの鮮烈な自己紹介である。中西部のプリンセスは、失恋し、踊り、傷つき、欲望を歌い、カリフォルニアで打ちのめされ、ピンクのポニー・クラブで自分を見つける。本作は、その上昇と転落を、すべてポップの光に変えたアルバムである。
おすすめアルバム
1. Lady Gaga – The Fame Monster(2009)
ポップスター的な演劇性、ダンスポップ、欲望、名声、キャンプな美学を理解するうえで重要な作品である。Chappell Roanの派手な自己演出やクィアなクラブ感覚の背景にある、2000年代後半ポップの重要な源流として聴くことができる。
2. Robyn – Body Talk(2010)
ダンスフロアの快楽と失恋の痛みを同時に描いたシンセポップの名盤である。Chappell Roanの楽曲にある、踊れるのに泣ける感覚、クラブを感情の避難場所にする美学と強く響き合う。
3. Cyndi Lauper – She’s So Unusual(1983)
カラフルなポップ、美しいメロディ、個性的な女性像、遊び心と繊細さの共存という点で、Chappell Roanと比較しやすい作品である。ポップにおける「変わった女の子」の自己表現の重要な先例である。
4. Olivia Rodrigo – SOUR(2021)
Dan Nigroのプロダクションによる、若い女性の感情、怒り、失恋、自己意識を鋭く描いた作品である。Chappell Roanとはキャラクター性が異なるが、現代ポップにおける感情の率直さとソングライティングの強さという点で関連性が高い。
5. MARINA – The Family Jewels(2010)
演劇的な女性像、自己分析、ポップスター性への批評、派手なメロディと皮肉な歌詞が結びついた作品である。Chappell Roanのキャンプで誇張されたキャラクター表現や、自己演出の裏にある不安を理解するうえで有効な比較対象である。

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