
発売日:2024年6月21日 ジャンル:Alternative Pop / Indie Pop / Alternative R&B
概要
This Wasn’t Meant For You Anywayは、ロンドン出身のシンガーソングライターLola Youngが2024年に発表したアルバムである。10代からEPやシングルを発表し、2023年には作品集My Mind Wanders and Sometimes Leaves Completelyをリリースしていたが、本作ではそれまでのピアノを軸にしたシンガーソングライター像からさらに踏み出し、ギター、打ち込み、太いベース、歪ませたボーカルなどを積極的に使っている。オルタナティヴ・ポップ、ロック、R&Bが一曲の中でも自然に交差する作品だ。
最大の特徴は、Youngの声と歌詞をきれいに整えすぎないことにある。低くかすれた歌声から荒い叫び、会話のようなフレージングまでを使い分け、感情が乱れる場面では録音上の粗さも残す。曲自体は短くフックが明確だが、急にギターが歪んだり、ビートが重くなったり、ボーカルの距離が変わったりするため、一般的なポップスの整然とした展開から少し外れる。
歌詞では破綻した恋愛、性的な欲望、嫉妬、自己嫌悪、依存、他人からどう見られるかという不安を扱う。特徴的なのは、自分を傷つけた相手だけを悪者にせず、語り手自身の身勝手さや矛盾もかなり露骨に書くことだ。タイトルの「そもそもこれはあなたのためじゃなかった」という言葉にも、相手を突き放す強さと、まだ相手を意識せずにはいられない状態が同居している。感情を整理してから歌にするのではなく、整理できないまま言葉にしたような生々しさが本作の核である。
全曲レビュー
1. 「Good Books」
別れた相手について、自分の中では関係が終わっていても、その人を完全に嫌いにはなれないという複雑な距離から始まる。タイトルの「good books」は好意的に思うことを示す表現で、相手への苛立ちと未練が同時に残っている状態によく合う。Youngは低い声で言葉を会話のように置き、サビでは旋律を大きくすることで感情の揺れを見せる。アルバム全体に続く、愛情と嫌悪をきれいに分離できない人間関係の入口である。
2. 「Wish You Were Dead」
タイトルだけなら激しい憎悪の歌だが、実際には相手への怒りと、そこまで考えてしまう自分自身への嫌悪が絡み合う。歪んだギターと強いビートがYoungの苛立ちを押し上げ、声も滑らかな歌唱から荒い叫びへ近づいていく。強烈な言葉を使って相手を攻撃しながら、その感情が未練の裏返しであることも隠しきれない。別れを成熟した態度で処理するのではなく、醜い感情までポップ・ソングへ持ち込む本作の姿勢がよく出ている。
3. 「Big Brown Eyes」
相手の身体的な特徴である大きな茶色の瞳から、魅力と執着を具体的に描いていく。前曲の露骨な敵意から一転して親密さが増すが、ここでも純粋なラブ・ソングにはならず、惹かれているからこそ不安になる感覚が残る。Youngの歌は低音では乾いている一方、高い音へ上がると急に脆くなり、その変化が語り手の強がりを崩していく。シンプルなイメージから関係の不安定さを広げる書き方が効果的である。
4. 「Conceited」
自意識や自信を前へ出しながら、それが本物の自己肯定なのか、防御のための強がりなのかを曖昧にする。ビートと低音を強調したトラックにYoungの声が太く乗り、ギター中心の曲とは違うR&B/ヒップホップ寄りの身体性が生まれている。「conceited=うぬぼれた」という否定的な言葉を自分から引き受けることで、他人に評価される前に自分でキャラクターを決めてしまうような態度も感じられる。アルバムの音楽的な幅を広げる一曲だ。
5. 「Messy」
タイトル通り、生活も感情も人間関係も「messy=ぐちゃぐちゃ」な状態を隠さず歌う。特に興味深いのは、相手の期待に合わせようとすると今度は別の理由で責められるという、関係の中の二重基準を描いている点だ。ヴァースではYoungが会話に近い低い声で不満を並べ、サビになるとメロディが大きく開くため、日常的な口論が抑えきれない感情へ変わっていく。自分の欠点を認めながら、それでも一方的に矯正されることを拒む本作の中心的な曲である。
6. 「Walk on By」
関係が壊れた後、相手とすれ違っても距離を取ろうとする場面を描く。感情的な対決を大きく演出するより、日常の中で誰かを見かけ、それでも通り過ぎるという小さな行動に緊張を集めている。ボーカルも比較的抑えられており、前曲「Messy」の大きな感情から少し温度を下げる。その静けさによって、怒りをぶつけることより、何も言わずに離れる方が難しい場合もあるという感覚が伝わってくる。
7. 「You Noticed」
誰かに「気づかれる」ことを題材に、他人から見られる喜びと、その視線に依存してしまう危うさを近い距離で歌う。Youngの声は息遣いまで残るように配置され、トラックも音を詰め込みすぎないため、歌詞の親密さが強調される。自分を理解してくれる相手への感謝だけでなく、相手の反応によって自分の価値を確認してしまうような不安も感じられる。派手なギターを使わず、声の細かな変化で心理を見せる曲である。
8. 「Crush」
恋愛関係になる以前の、相手へ強く惹かれている段階の高揚と落ち着かなさを扱う。タイトルは軽いが、Youngの歌では好意がすぐに執着や自己意識と結びつくため、無邪気な恋心だけには聞こえない。リズムは比較的軽快で、メロディにもポップな明るさがある一方、声のざらつきが過度な甘さを抑える。本作の重い人間関係の中では珍しく、まだ何かが決定的に壊れる前の不安定な楽しさを残している。
9. 「Fuck」
一語だけのタイトルに合わせ、欲望や苛立ちを遠回しな比喩へ逃がさず、身体的な言葉として正面から扱う。トラックも低音とリズムの圧力が強く、Youngの声は歌唱と吐き捨てるようなフレーズの間を行き来する。性的な自由を単純に祝うというより、欲しいものを求める強さと、その欲望が人間関係をさらに複雑にする感覚が同時にある。言葉の直接性をショックだけで終わらせず、アルバムの混乱した心理の一部として機能させている。
10. 「Intrusive Thoughts」
望んでいないのに頭へ入り込んでくる思考をタイトルにし、自分の考えを自分で完全には制御できない状態へ焦点を当てる。ここでは恋愛相手との衝突だけでなく、語り手自身の内側が問題になるため、アルバム終盤で視点が変わる。Youngは感情を整然と説明せず、反復や声の強弱によって同じ考えから抜け出せない感覚を表す。相手を責めれば済む状況ではないことを示し、それまでの攻撃性の裏にあった不安を表面へ出す曲だ。
11. 「Outro」
最後は大きな結論を提示するより、ここまで露出させてきた感情を余韻として残す役割を担う。アルバムでは怒り、欲望、嫉妬、自己肯定と自己嫌悪が頻繁に入れ替わったが、それらを最後に一つの教訓へ整理しないことが重要である。タイトルも単に「Outro」とされ、完成された物語の終章というより、一定の時間がそこで切られるような感触がある。感情の混乱を解決して終えるのではなく、未整理な状態そのものを作品として認める締めくくりである。
総評
This Wasn’t Meant For You Anywayの強さは、Lola Youngが「傷ついたシンガーソングライター」という安全な役割に収まらないことである。恋愛で苦しむ場面を歌っても、自分を常に正しい被害者として描くわけではない。相手を憎み、欲しがり、突き放し、それでも気にしてしまう。自信を示した直後に自己嫌悪へ落ちることもある。この矛盾を整理せず残しているからこそ、歌詞には実際の口論や独り言に近い不安定さがある。
その書き方を支えているのがYoungの声である。低い音域では気だるく会話するように歌える一方、感情が高まると声が荒れ、きれいな音程を維持することより言葉を押し出すことを優先する。さらに多重録音や歪みを使うことで、一人の声を常に同じ距離から聞かせない。「Messy」のようにヴァースとサビで声の存在感が大きく変わる曲では、アレンジそのものが感情の振幅を説明している。
音楽的にも、ピアノ主体の伝統的なシンガーソングライター作品へは戻らない。オルタナティヴ・ロックの荒いギター、R&Bの低音、ヒップホップ的なビート、簡潔なポップ・フックを曲ごとに使い分ける。ただしジャンルを大量に並べること自体が目的ではなく、怒りなら歪んだ音、親密さなら余白の多いトラックというように、感情に合わせて音の形を変えている。そのため作品全体の音色は多様でも、ボーカルと歌詞を中心にした一貫性がある。
一方で、感情の生々しさを優先するため、アルバムには意図的に落ち着きの悪い部分もある。語り手の態度が曲によって変わり、きれいな成長物語にはならない。しかし、それは本作の弱点というより題材と結びついた性質である。恋愛や自己像が崩れている最中の人間が、十一曲を通して一貫した結論を持っている方がむしろ不自然だろう。This Wasn’t Meant For You Anywayは、その混乱をキャッチーな曲へ変換しながら磨きすぎずに残したことで、Lola Youngのソングライティングとボーカルの個性を明確にした作品である。
おすすめアルバム
My Mind Wanders and Sometimes Leaves Completely by Lola Young
2023年の作品集。ピアノや声を生かしたシンガーソングライター的な側面が本作より見えやすい。そこからギター、ビート、歪んだ音を増やし、This Wasn’t Meant For You Anywayへ進んだ変化を比較できる。
Who Really Cares by TV Girl
恋愛の身勝手さや冷めた感情を、甘く親しみやすいポップ・サウンドと組み合わせた2016年作。音作りはよりサンプル中心だが、ロマンティックな題材を美化せず、嫌な感情まで歌に残す点で響き合う。
Sometimes I Might Be Introvert by Little Simz
ヒップホップを軸にしながら、自己像、不安、人間関係を率直な言葉と幅広いアレンジで扱った2021年作。Youngとは音楽性が異なるが、強さと脆さを別々のキャラクターに分けずに提示する姿勢が共通する。
Puberty 2 by Mitski
ギターのノイズと簡潔なポップ・メロディを使い、欲望、自己嫌悪、親密さへの渇望を短い曲へ凝縮した2016年作。感情を美しく整理するより、矛盾した状態のまま鋭いフックへ変える点で本作との接点が多い。
SOUR by Olivia Rodrigo
失恋後の怒り、嫉妬、未練を、静かなバラードから荒いギター・ポップまで異なる音で描いた2021年作。Lola Youngの方が声も言葉もさらにざらついているが、醜い感情まで隠さず現代的なポップ・ソングへ変える方法を比較しやすい。

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