
発売日:2017年10月13日
ジャンル:ポップ・ロック、オルタナティヴ・ポップ、ダンス・ポップ、エレクトロ・ポップ、ファンク・ポップ、インディー・ポップ
概要
Colors は、アメリカのシンガーソングライター/マルチ・インストゥルメンタリストであるBeckが2017年に発表した通算13作目のスタジオ・アルバムである。前作 Morning Phase が、アコースティック・フォーク、ソフト・ロック、メランコリックな内省を中心にした作品だったのに対し、本作は大きく方向を変え、明るく、カラフルで、ダンサブルなポップ・アルバムとして制作されている。タイトル通り、音色、リズム、メロディ、プロダクションのすべてが鮮やかな色彩感を持ち、Beckのキャリアの中でも特に開放的でポップ志向の強い作品である。
Beckは1990年代以降、オルタナティヴ・ロック、ヒップホップ、フォーク、ファンク、カントリー、電子音楽、サイケデリア、ラテン、ソウルなどを横断してきたアーティストである。1994年の Mellow Gold ではローファイなオルタナティヴ感覚とヒップホップ的な言葉遊びを結びつけ、1996年の Odelay ではサンプリング、ブレイクビーツ、ファンク、ロックを混ぜたポストモダンなポップを提示した。1998年の Mutations や2002年の Sea Change ではフォーク/シンガーソングライターとしての陰影を深め、2005年の Guero や2006年の The Information では再びビートとコラージュ感覚を前面に出した。
その長いキャリアの中で、Colors は「Beckの陽の側面」を極端に押し出した作品と言える。Beckには常に、皮肉、脱力、コラージュ、実験、悲しみ、ユーモアが共存してきたが、本作では複雑な陰影よりも、即時的な快楽、リズムの明快さ、ポップ・メロディの輝きが重視されている。もちろん、Beckらしい折衷性は残っている。だが、Odelay のような雑多で埃っぽいコラージュではなく、ここでは現代的なポップ・プロダクションの中に整理され、滑らかに磨かれている。
本作の制作には、Greg Kurstinが大きく関わっている。Kurstinは、ポップ、ロック、エレクトロ、R&Bを横断するプロデューサーとして知られ、楽曲の輪郭を鮮明にし、音をコンパクトかつラジオ向きに整える能力に長けている。Colors におけるサウンドは、Beckの過去作に比べて非常にクリアで、音の隙間が少なく、リズムも強く、サビも明快である。これは、90年代的なオルタナティヴ・ロックのざらつきからはかなり遠い。むしろ、2010年代のグローバルなポップ・ミュージックの中で、Beckが自分の折衷性をどう響かせるかを試した作品である。
アルバム全体のテーマは、色彩、身体性、解放、変化、都会的な高揚、そして感情の再起動である。前作 Morning Phase が、朝の光、孤独、時間の流れ、静かな再生を描いていたとすれば、Colors はその後に外へ出て、街の光やダンスフロアのエネルギーの中へ入っていく作品である。内省の後の外向性。曇った風景の後の原色。Beckはここで、深刻な自己分析ではなく、音楽の快楽そのものを前面に出している。
ただし、本作は単純なパーティー・アルバムではない。たしかに「Colors」「Up All Night」「Dreams」「Wow」などは明るく即効性のある楽曲だが、Beckのポップ感覚には常に少しの距離感がある。彼は感情をそのまま叫ぶのではなく、スタイル、リズム、言葉遊び、音の質感を通して感情を加工する。Colors においても、幸福は完全に無防備なものではなく、プロダクションの中で人工的に輝くものとして提示される。その人工性が、本作の魅力でもあり、評価が分かれる点でもある。
全曲レビュー
1. Colors
タイトル曲「Colors」は、アルバムの方向性を最も直接的に示すオープニングである。冒頭から軽快なリズムと明るいシンセサイザーが鳴り、Beckの声は高揚感を持って前へ出る。ここには、Sea Change や Morning Phase の内省的な空気はほとんどない。代わりに、身体を動かすこと、音の色彩に浸ること、気分を一気に明るい場所へ移すことが重視されている。
音楽的には、ダンス・ポップ、ファンク・ポップ、インディー・ポップの要素が組み合わされている。ビートはタイトで、ベースは軽やかに跳ね、シンセとコーラスは鮮やかに配置される。Greg Kurstinのプロダクションらしく、音は非常にクリアで、余分な濁りが少ない。Beckの過去作にあったローファイなざらつきやサンプリングの混沌は抑えられ、代わりに現代ポップとしての即効性がある。
歌詞では、色彩が感情や関係の比喩として使われる。世界が色づくことは、恋愛や気分の変化、精神的な解放を意味する。Beckはここで、複雑な物語よりも、感覚の変化を歌っている。灰色だった日常が、音楽によって色を取り戻す。アルバム全体の宣言として非常に分かりやすく、Colors という作品のコンセプトを一曲で提示している。
2. Seventh Heaven
「Seventh Heaven」は、タイトル通り、幸福の頂点や恍惚感を思わせる楽曲である。「第七天国」という表現は、強い喜び、精神的な高揚、恋愛による浮遊感を示す。Beckはこの曲で、甘いメロディとダンサブルなリズムを組み合わせ、幸福感を人工的な光のようにきらめかせている。
音楽的には、軽快なギター、シンセ、ビートが整然と配置され、非常にポップな仕上がりである。曲の構造は明快で、サビは広がりを持つ。Beckのヴォーカルは滑らかで、過去作に見られるラップ的な語りや脱力した歌い方よりも、ポップ・シンガーとしての側面が強い。
歌詞では、誰かとの関係によって現実が持ち上げられ、天国のような場所へ入っていく感覚が描かれる。ただし、Beckの歌う幸福には少しの人工感がある。それは本当に永続する天国というより、ポップ・ソングの数分間だけ成立する高揚である。本曲は、Colors が目指す「明るさ」を、非常に洗練された形で示している。
3. I’m So Free
「I’m So Free」は、アルバムの中でもロック色が比較的強い楽曲である。タイトルは「自分はとても自由だ」という直接的な宣言であり、Beckのキャリアにおける外向的な側面を象徴している。ここでの自由は、内面的な悟りというより、ビートとギターによって身体を解放する感覚に近い。
音楽的には、ギター・ロックとポップ・プロダクションが融合している。リフは明快で、リズムは前進し、サビでは大きな解放感が生まれる。Beckの90年代的なオルタナティヴ・ロック感覚を、2010年代のポップな音像に置き換えたような曲である。
歌詞では、束縛から抜け出し、自分を解放する感覚が描かれる。だが、Beckらしく、その言葉は完全な真剣さだけではなく、少しの誇張や軽さも含む。「自由だ」と歌うこと自体が、ポップ・ソングの中の演技でもある。本曲は、シリアスな解放の歌というより、ロック的な勢いによって一時的な自由を作り出す楽曲である。
4. Dear Life
「Dear Life」は、本作の中でも特にソングライティングの強さが出た楽曲である。タイトルは「親愛なる人生へ」と訳せる。人生そのものに手紙を書くような形式で、迷い、疲れ、疑問、再生への願いが歌われる。アルバムの明るい外装の中に、Beckらしい内省が比較的はっきり表れた曲である。
音楽的には、ピアノが印象的で、クラシックなポップ・ソングの構造を持つ。軽快なビートやシンセの輝きよりも、メロディとコード進行が中心になっている。The Beatles以降のポップ・ロックや、Harry Nilsson的な少しひねったピアノ・ポップの感覚もある。Beckの多面的な作曲能力がよく表れている。
歌詞では、人生に対して問いかけるような言葉が並ぶ。自分はどこへ向かっているのか、何を失ったのか、どのように持ちこたえるのか。Colors は明るいアルバムだが、「Dear Life」はその中で現実の重さを思い出させる。完全に能天気なポップではなく、人生の不確かさを抱えたまま、それでも軽やかな曲として鳴るところが重要である。
5. No Distraction
「No Distraction」は、現代的な情報過多、集中の難しさ、関係におけるノイズをテーマにした楽曲として聴くことができる。タイトルは「気を散らすものはない」「邪魔はない」という意味だが、実際にはその逆に、世界がさまざまな注意散漫で満ちていることを示しているようにも響く。
音楽的には、ポリス的なニューウェイヴ/レゲエ・ロックの軽快さを連想させるリズムが特徴である。ギターのカッティングは明るく、ビートはタイトで、全体に軽い推進力がある。Beckはここで、80年代的なポップ・ロックの要素を現代的な音像に取り込んでいる。
歌詞では、外部の雑音や現代生活のノイズから離れ、誰かとの関係に集中したいという感覚がある。だが、集中しようとするほど、世界は気を散らす。スマートフォンや情報社会を直接名指しするわけではないが、2010年代の生活感覚が背景にある。本曲は、明るいリズムの中に、現代的な落ち着かなさを忍ばせた楽曲である。
6. Dreams
「Dreams」は、本作の先行曲としても強い印象を残した、アルバムの中心的な楽曲の一つである。タイトルは「夢」を意味し、Beckらしいサイケデリックな感覚とポップな高揚が結びついている。Colors の中でも、特にエネルギッシュで、ダンス・ロック的な開放感を持つ。
音楽的には、ファンキーなギター、強いビート、明快なコーラスが組み合わされている。曲のテンポは軽快で、ライブでも映えるタイプの楽曲である。Beckの過去のファンク/ダンス志向が、現代的なポップ・プロダクションの中で再構成されている。
歌詞では、夢、欲望、逃避、現実からの離脱が扱われる。夢を見ることは、単なる眠りの中の出来事ではなく、現実を変えるための一時的な装置である。Beckはここで、音楽そのものを夢のエンジンとして使っている。リズムに乗ることで、日常の重さから一瞬離れる。本作の明るさと快楽性を象徴する楽曲である。
7. Wow
「Wow」は、Beckらしい言葉遊び、ヒップホップ的なリズム感、脱力したユーモアが戻ってきた楽曲である。本作の中でも特に異質で、ポップ・ロックというより、ビート中心の遊び心が強い。タイトルの「Wow」は、驚き、軽い感嘆、そして意味の薄い反応として機能する。
音楽的には、ミニマルなビート、太い低音、奇妙なシンセ・フレーズが特徴である。Odelay や Guero の頃のBeckに通じる、ヒップホップとオルタナティヴ感覚の混合がある。ただし、サウンドはより整理され、現代的に磨かれている。曲全体には、真面目になりすぎないBeckの姿勢が表れている。
歌詞は断片的で、意味よりも語感やリズムが重要である。Beckはしばしば、言葉を物語のためではなく、音楽的な素材として使う。「Wow」はその典型であり、深いメッセージを読み取るより、言葉の跳ね方、声の質感、ビートとの絡みを楽しむ曲である。アルバムの中で、Beckの奇妙なポップ感覚を思い出させる重要なアクセントになっている。
8. Up All Night
「Up All Night」は、本作の中でも特にストレートなダンス・ポップ曲である。タイトルは「一晩中起きている」という意味で、夜、パーティー、解放、眠らない都市のエネルギーを連想させる。Colors のポップ志向を最も分かりやすく示す楽曲の一つである。
音楽的には、強いビート、明快なサビ、シンセとギターの鮮やかな配置が特徴である。非常にラジオ向きで、Beckの楽曲の中でもかなりポップ・チャート的な質感を持つ。プロダクションは明るく、音の輪郭もはっきりしている。
歌詞では、夜を通して楽しむこと、日常の制約から離れること、誰かと一緒に高揚を共有することが描かれる。Beckの過去作に見られる皮肉や不条理性は控えめで、ここでは単純なエネルギーが重視されている。ただし、その単純さは本作のコンセプトに合っている。Colors は複雑さをいったん脇に置き、ポップの即効性を肯定する作品だからである。
9. Square One
「Square One」は、「振り出し」「出発点」を意味するタイトルを持つ楽曲である。人生や関係が一度崩れ、また最初からやり直す感覚がある。アルバムの後半に置かれることで、本作の明るさの中にある再出発のテーマが浮かび上がる。
音楽的には、柔らかなシンセと軽快なリズムが中心で、全体に浮遊感がある。大きく爆発するタイプの曲ではなく、少し落ち着いたポップ・ソングとして機能する。Beckの声も、過度に高揚するのではなく、軽く流れるように歌われる。
歌詞では、もう一度やり直すこと、過去をリセットしたい気持ち、新しい状態へ移る感覚が描かれる。Square oneへ戻ることは敗北でもあるが、同時に再出発の機会でもある。Colors 全体が、前作の静かな内省から外へ出る作品であることを考えると、この曲はその移行を穏やかに表している。
10. Fix Me
ラストを飾る「Fix Me」は、アルバムの終曲として、明るいポップの連続の後に、やや内省的な余韻を残す楽曲である。タイトルは「自分を直して」「私を修復して」という意味で、Beckの中にある脆さが表に出ている。ここでは、単純な高揚ではなく、誰かに支えられたい、壊れた部分を癒やしたいという感情が中心にある。
音楽的には、比較的穏やかで、シンセと柔らかなビートが静かに広がる。アルバムの中で最も派手な曲ではないが、終曲として重要な役割を持つ。明るい色彩の後に、少し淡い光が残るような終わり方である。
歌詞では、自分自身の欠けた部分、関係の中で癒やされたい感覚が描かれる。Colors は全体として外向的なアルバムだが、最後にこの曲が置かれることで、その明るさの裏にある不完全さが見えてくる。Beckは完全にポップの幸福へ溶け込むのではなく、最後に少しだけ傷や修復のテーマを残す。アルバム全体を柔らかく締めくくる楽曲である。
総評
Colors は、Beckのキャリアの中でも特に明るく、ポップで、ダンサブルなアルバムである。Morning Phase の静かなフォーク的内省から一転し、本作では鮮やかな音色、強いビート、明快なサビ、現代的なプロダクションが前面に出ている。Beckの長いキャリアにおいて、ここまでポップの即効性を正面から引き受けた作品は珍しい。
アルバム全体を貫くテーマは、色彩、解放、再起動、身体性である。「Colors」では世界が色づく感覚が提示され、「I’m So Free」では自由がロック的な勢いで歌われ、「Dreams」や「Up All Night」では音楽による逃避と高揚が描かれる。一方で、「Dear Life」や「Fix Me」には人生への問いや修復の願いが残っており、完全なパーティー・アルバムにはなっていない。この軽さと内省のわずかな混在が、Beckらしさを保っている。
音楽的には、Greg Kurstinとの共同作業による明快なポップ・プロダクションが大きな特徴である。音は非常に整理され、フックは強く、各曲の構造も分かりやすい。これはBeckの過去作にあった雑多なサンプリングやローファイな質感とは対照的である。そのため、長年のリスナーの中には、本作をあまりに磨かれすぎた作品と感じる人もいるだろう。実際、Odelay の混沌や Sea Change の深い悲しみを求めると、Colors は軽く響くかもしれない。
しかし、本作の目的は別の場所にある。Colors は、Beckが自分の折衷的な音楽性を現代ポップの中でどこまで明快に鳴らせるかを試した作品である。彼はここで、実験性を前面に出すより、ポップ・ソングとしての機能性を重視している。サビで開けること、ビートが身体を動かすこと、音が鮮やかに響くこと。それらを肯定するアルバムである。
Beckのディスコグラフィの中では、Colors は「軽い」作品と見なされることもある。しかし、その軽さは単なる弱さではない。Beckはもともと、重さと軽さを行き来するアーティストである。Sea Change や Morning Phase のような内省的作品がある一方で、Midnite Vultures や Guero、そして本作のように、リズムと色彩を前面に出す作品もある。Colors はその明るい系譜の中に位置づけられる。
日本のリスナーにとって Colors は、Beckの中でも非常に聴きやすい作品である。オルタナティヴ・ロックやフォークに詳しくなくても、ポップ・アルバムとして楽しめる。特に「Colors」「Dreams」「Up All Night」は、Beckの実験性よりも、メロディとリズムの快楽を求めるリスナーに向いている。一方で、歌詞やキャリア上の位置づけを考えると、これは単なるポップ化ではなく、Beckが成熟した後に選んだ外向的なモードであることが分かる。
総じて Colors は、Beckが自らの多彩な音楽性を、現代的なポップの色彩で塗り替えたアルバムである。過去作のような深い陰影や奇妙なコラージュを期待すると物足りなさもあるが、ポップ・ソングとしての明快さ、リズムの快楽、音の鮮やかさには確かな魅力がある。Beckのキャリアにおける「色彩のアルバム」として、軽快で開放的な一枚である。
おすすめアルバム
1. Beck – Odelay
Beckの代表作の一つであり、ロック、ヒップホップ、ファンク、サンプリング、カントリー、ノイズを大胆に混ぜ合わせた1990年代オルタナティヴの名盤である。Colors の整理されたポップ感とは対照的に、雑多でコラージュ的なBeckの原点を知ることができる。
2. Beck – Midnite Vultures
ファンク、R&B、エレクトロ、プリンス的な官能性を取り込んだ、Beckのダンス/パーティー志向が強い作品である。Colors の明るく身体的な側面を、より奇妙で猥雑な形で楽しめるアルバムである。
3. Beck – Guero
Odelay 的な折衷性を2000年代的に再構成した作品であり、ヒップホップ、ラテン、ロック、エレクトロが軽快に混ざっている。Colors よりもざらつきがあり、Beckのポップ性とコラージュ感覚の中間を味わえる。
4. Beck – Morning Phase
Colors の前作にあたり、アコースティックで内省的なフォーク/ソフト・ロック作品である。静かな朝の光、孤独、再生をテーマにしており、Colors の外向的な明るさとは対照的である。両作を聴き比べることで、Beckの振れ幅がよく分かる。
5. Phoenix – Wolfgang Amadeus Phoenix
洗練されたポップ・ロック、ダンサブルなリズム、明快なメロディを持つ作品であり、Colors の軽快でカラフルなポップ感と親和性が高い。インディー・ロックとメインストリーム・ポップの接点を理解するうえでも有効なアルバムである。

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