
1. 楽曲の概要
「Laughing」は、アメリカ・オハイオ州クリーヴランド出身のバンドPere Ubuが1978年に発表した楽曲である。収録アルバムはデビュー作『The Modern Dance』で、同作の3曲目に配置されている。作曲クレジットはトム・ハーマン、スコット・クラウス、トニー・マイモーン、アレン・レイヴンスティーン、デヴィッド・トーマスの連名である。
『The Modern Dance』は、Pere Ubuの初期を代表するだけでなく、ポストパンクやアート・パンクの成立を考えるうえで重要なアルバムである。パンクの速度やガレージ・ロックの荒さを持ちながら、シンセサイザー、テープ操作、奇妙なリズム処理、デヴィッド・トーマスの不安定なボーカルを組み合わせている。一般的なロックンロールの形式を土台にしながら、その内部をずらしていく点が特徴だ。
「Laughing」は、アルバム冒頭の「Non-Alignment Pact」や「The Modern Dance」に続いて登場する。前の2曲が、政治的な語彙や都市的な不穏さを強く押し出しているのに対し、この曲は比較的ゆったりしたテンポと広がりのあるサウンドを持つ。ただし、穏やかな曲というわけではない。歌詞には若さ、空白、砂漠、悪魔、銃、笑いといったイメージが並び、ロマンティックな言葉と不穏な言葉が同じ場所に置かれている。
Pere Ubuは、自分たちの音楽を「avant-garage」と呼ぶことがある。前衛性とガレージ・ロックの組み合わせを示す言葉である。「Laughing」は、その言葉を理解するうえでわかりやすい曲だ。骨格にはブルースやロックンロールに近い反復がある。しかし、ベースの動き、電子音の入り方、ボーカルの揺れによって、曲は通常のロック・バラードとは異なる形へ変化している。
2. 歌詞の概要
「Laughing」の歌詞は、語り手と「my baby」と呼ばれる相手との会話を中心にしている。相手は、人生の空白の中で生きていけると言う。そこには、現実の充実よりも、欠落や余白を受け入れる態度がある。Pere Ubuらしいのは、その言葉が単なる慰めとしてではなく、奇妙な楽観と危険な想像を同時に含んでいる点である。
歌詞には、遠くで星々がほどけていくような宇宙的なイメージが出てくる。続いて、砂漠、太陽、悪魔、銃といったモチーフが現れる。これらの言葉は、アメリカ的な神話や西部劇的な想像力にもつながる。だが、この曲では英雄的な物語として整理されない。むしろ、若さと不安、愛と暴力、空白と笑いが、短い歌詞の中に圧縮されている。
タイトルの「Laughing」は、最後に現れる笑いのイメージと関係している。ここでの笑いは、楽しいから笑うという単純なものではない。悪魔が姿を見せたときに笑う、という態度であり、恐怖や危機に対する反応として置かれている。つまり、この曲の笑いは、現実を軽く見る態度ではなく、脅威を正面から受け止めないための手段にも見える。
歌詞全体は短く、反復も多い。Pere Ubuはこの曲で、細かな物語を展開するのではなく、少数のイメージを繰り返すことで、ある心理状態を作っている。語り手は相手の言葉に導かれながら、遠い宇宙や砂漠の風景、悪魔との対峙へ向かう。だが、それは現実の旅行ではなく、心の中で膨らむ逃避と抵抗のイメージと考えられる。
3. 制作背景・時代背景
『The Modern Dance』は1978年にBlank Recordsから発表された。録音にはクリーヴランド周辺のSuma Studioが関わり、プロデュースにはバンド自身とケン・ハマンが関わっている。Pere Ubuは、Rocket from the Tombsの解体後に生まれたバンドであり、初期メンバーにはデヴィッド・トーマス、トム・ハーマン、アレン・レイヴンスティーン、トニー・マイモーン、スコット・クラウスらがいた。
1970年代後半のクリーヴランドは、アメリカ中西部の工業都市としての衰退を強く抱えていた。Pere Ubuの音楽には、その環境が反映されている。都市の荒廃、メディアのノイズ、冷戦期の不安、ロックンロールの残骸が、曲の中で奇妙に混ざり合う。彼らの音楽はニューヨーク・パンクやロンドン・パンクと同じ時代に生まれながら、地理的にも感覚的にも別の場所に立っていた。
「Laughing」は、そうしたアルバムの中で、単純な攻撃性から少し距離を取った曲である。たとえば「Non-Alignment Pact」は疾走感と政治的な語彙を組み合わせており、「Street Waves」は都市の電気的な刺激を描く。一方、「Laughing」は、より広い空間を想像させる。砂漠や星といった言葉が出てくるため、都市の閉塞から外へ逃げるような感覚もある。
しかし、その外部は安全な場所として描かれない。砂漠は明るい解放の場所であると同時に、悪魔が現れる場所でもある。若さと愛の言葉は、暴力のイメージと並んでいる。この両義性が、Pere Ubuの初期作品らしい。彼らは暗い時代や荒廃した環境を単に嘆くのではなく、その中に奇妙なユーモアや生存の姿勢を見いだしていた。
1978年という時期を考えると、「Laughing」はポストパンクの初期段階にある曲といえる。パンクの短さや粗さは残っているが、曲は単なる直線的な反抗ではない。ベースが空間を作り、シンセサイザーが不安定な音響を加え、ボーカルが感情と演技の境界を揺らす。ロックの形式を使いながら、それを別の心理的・音響的な方向へ押し広げている。
4. 歌詞の抜粋と和訳
We can live in the empty spaces of this life
和訳:
この人生の空白の中で、私たちは生きていける
If he shows his face we’ll laugh.
和訳:
もし彼が姿を見せたら、私たちは笑うだろう
この短い抜粋には、「Laughing」の中心的な考え方が表れている。最初の行では、人生の空白が否定されていない。満たされないこと、欠けていること、どこにも属さないことを、避けるべきものではなく、生きる場所として捉えている。これは一般的なラブソングの安心感とは異なる。
二つ目の行では、悪魔が姿を見せるという脅威に対して、笑いが返答として置かれる。ここでの笑いは勝利宣言ではない。むしろ、恐怖を恐怖として受け入れすぎないための態度である。銃で撃つという言葉のあとに笑いが来るため、歌詞には暴力的な空想と乾いたユーモアが同居している。
歌詞引用は批評・解説に必要な最小限にとどめている。全文の確認は、権利者が許諾した公式または正規の歌詞掲載サービスを参照するのが適切である。
5. サウンドと歌詞の考察
「Laughing」のサウンドは、Pere Ubuの初期作品の中でも独特の揺れを持つ。曲は激しく突進するのではなく、低い重心で進む。ベースが前面に出て、リズムの骨格を作る。ギターは曲全体を埋め尽くすのではなく、必要な箇所で鋭い線を引く。ドラムは大きく暴れるより、曲の不安定な歩幅を保つように機能している。
この曲で重要なのは、アレン・レイヴンスティーンのシンセサイザーである。Pere Ubuのシンセサイザーは、通常のロックにおける鍵盤楽器とは違い、コードを厚くするためのものではない。むしろ、空間に異物を置く役割を持っている。「Laughing」でも、電子音はメロディを補強するというより、曲の周囲に不穏な気配を作る。これによって、歌詞にある遠い星や砂漠、悪魔のイメージが、現実離れした音響として立ち上がる。
デヴィッド・トーマスのボーカルは、この曲の核心である。彼の声は、安定したロック・シンガーの歌唱とは異なる。高く震えるような発声、言葉の端が揺れる歌い方、奇妙な間の取り方によって、歌詞の内容が単なるロマンティックな宣言にならない。相手の言葉を受け取っているようでありながら、どこか不安に取りつかれているようにも聴こえる。
歌詞の「empty spaces」は、サウンドにも対応している。曲には余白がある。全楽器が常に音を詰め込むのではなく、ベースとドラムの間、ギターの隙間、電子音の浮遊によって、空間が作られている。その空白は落ち着いた静けさではなく、何が入ってくるかわからない場所として機能する。つまり、歌詞の空白とサウンドの空白が重なっている。
また、「Laughing」はアルバム内での流れの中でも重要である。「Non-Alignment Pact」と「The Modern Dance」によって作られた鋭い緊張を受けて、この曲は少しテンポを落とし、より広い心理的空間を作る。その後に続く「Street Waves」は再び都市的な運動感を強めるため、「Laughing」はアルバム前半の中で一度視野を変える役割を担っている。
この曲は、Pere Ubuが単に奇妙なノイズを鳴らすバンドではなかったことも示している。メロディは耳に残り、歌詞にもラブソング的な構図がある。しかし、そのラブソングは安定した親密さではなく、空白を共有する関係として描かれる。ここに、Pere Ubuのポップ性と異質性が同時に表れている。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Over My Head by Pere Ubu
『The Modern Dance』に収録された楽曲で、「Laughing」と同じく、ラブソング的な要素を持ちながら不安定な音響に包まれている。感情を直接的に歌うのではなく、断片的な言葉と奇妙な空間処理によって関係性を描く点が近い。
- Street Waves by Pere Ubu
同じアルバムの次曲で、より軽快なロックンロールの形を持つ。「Laughing」が広い空白を扱う曲だとすれば、「Street Waves」は都市の速度と電気的な刺激を扱う曲である。連続して聴くことで、『The Modern Dance』前半の流れがよくわかる。
- Dub Housing by Pere Ubu
1978年の同名アルバムに収録された曲で、Pere Ubuの不安定な音響と都市的な違和感がさらに強く表れている。「Laughing」よりも抽象度は高いが、ベースと空間の使い方、デヴィッド・トーマスの声の異様さに共通点がある。
- Electricity by Captain Beefheart & His Magic Band
Pere Ubuの感覚を理解するうえで、Captain Beefheartの影響は無視できない。この曲には、ブルースを土台にしながら形式をねじる感覚がある。「Laughing」の不安定なボーカルや奇妙なロックンロール感覚と比較しやすい。
- Marquee Moon by Television
ニューヨーク・パンク周辺の代表曲であり、ギター・ロックを引き延ばし、都市的な緊張を作る点で重要である。Pere Ubuよりも整った演奏だが、1970年代後半のロックがパンク以後にどのように拡張されたかを聴くうえで参考になる。
7. まとめ
「Laughing」は、Pere Ubuのデビュー・アルバム『The Modern Dance』の中で、空白、若さ、愛、脅威、笑いを短い歌詞に凝縮した楽曲である。直線的なパンク・ソングではなく、ベース主導の揺れるリズム、鋭いギター、異物としてのシンセサイザー、デヴィッド・トーマスの不安定なボーカルによって構成されている。
歌詞は、人生の空白の中で生きることを肯定する一方で、悪魔や銃といった不穏な言葉を含む。最後に置かれる笑いは、安心や幸福だけを意味しない。恐怖をかわす態度であり、荒れた世界に対するPere Ubuらしいユーモアでもある。
『The Modern Dance』における「Laughing」は、アルバムの実験性をロマンティックな形で示す曲である。Pere Ubuがパンクの勢いだけでなく、空間、声、言葉の不安定さを使って独自のロックを作っていたことを理解するうえで、重要な一曲といえる。
参照元
- Ubu Projex – Pere Ubu Lyrics: The Modern Dance
- Ubu Projex – Pere Ubu, David Thomas and RFTT Discography
- Discogs – Pere Ubu – The Modern Dance
- The Quietus – 40 Years On: Pere Ubu’s The Modern Dance Revisited
- Tiny Mix Tapes – Pere Ubu: The Modern Dance
- AllMusic – The Modern Dance by Pere Ubu

コメント