
発売日:2024年4月5日 ジャンル:Indie Pop / Folk Pop / Singer-Songwriter
概要
Lizzy McAlpineの3作目のスタジオ・アルバム『Older』は、TikTokを含むSNSで広く知られるきっかけとなった「ceilings」を収録した前作『five seconds flat』から約2年後に発表された作品である。前作にはドラマティックな展開やポップスとして明確なフックがあったが、本作ではそうした即効性を意識的に抑え、ピアノ、アコースティック・ギター、控えめなリズム隊を中心にしたバンド・サウンドへ移っている。McAlpineの声も大きく加工して前へ押し出すのではなく、演奏と同じ空間で歌っているような近さがあり、息遣いや声量の変化まで曲の一部として聞こえる。
制作面で大きいのは、スタジオでパートを細かく積み重ねること以上に、ミュージシャン同士が演奏する感覚を重視した点である。曲によってストリングスやエレクトリック・ギターが加わっても、中心にあるのは歌とバンドの自然な反応であり、派手な音色の変化より演奏の強弱によって感情を動かしていく。歌詞では恋愛関係の終わりそのものだけでなく、関係を続けながら自分が何を望んでいるのか分からなくなる状態や、別れたあとにも残る罪悪感、怒り、執着が繰り返し扱われる。タイトルの「Older」は単純な成長を意味するというより、時間を経ても感情がきれいには整理されないことを認める言葉としてアルバム全体に響いている。
全曲レビュー
1. 「The Elevator」
静かなピアノとMcAlpineの声から始まり、アルバムの音響的な基準を示すオープニングである。最初は独白のように小さかった演奏が後半へ向かって少しずつ広がり、ストリングスやバンドの音が感情の膨張に合わせて重なっていく。恋愛の幸福を確信するのではなく、それが失われる可能性まで同時に考えてしまう歌詞で、親密さと不安が最初から分離できないものとして描かれる。
2. 「Come Down Soon」
アコースティック・ギターを軸に、ベースとドラムがゆったりとした揺れを作る。幸せな時間の最中にいながら、語り手はすでにその終わりを予感しており、現在を楽しむことと未来を恐れることが同時進行している。サビも派手に爆発せず、バンドが少しずつ厚くなる程度に抑えているため、避けられない結末を静かに待っているような緊張が残る。
3. 「Like It Tends To Do」
ギターの細かな動きと柔らかなボーカルが中心となり、フォーク寄りの書き方が前面に出る。過去の関係を振り返りながら、時間が経てば自然に薄れるはずの記憶がそう簡単には消えないことを描く曲である。メロディは穏やかだが、その穏やかさが感情の解決を意味しないところが本作らしい。大きな展開を作らず、考えが同じ場所を回り続ける感覚を演奏そのものに反映している。
4. 「Movie Star」
ピアノを中心に余白を広く残したアレンジによって、歌詞の居心地の悪さがむき出しになる。タイトルの華やかなイメージとは反対に、描かれるのは他人から見られる自分と実際の自分との距離であり、成功や注目を得ることへの複雑な感情も読み取れる。McAlpineは声を張り上げず、言葉を確認するように歌うため、自己嫌悪や戸惑いが劇的な告白ではなく日常的な思考として伝わってくる。
5. 「All Falls Down」
ここではリズム隊が前へ出て、序盤の静かな曲群から明確にテンポを切り替える。ベースが細かく動き、ドラムも軽快に曲を押すため、内容の不安定さとは逆に演奏には心地よい推進力がある。生活や人間関係の複数の問題が同時に崩れていく感覚を扱いながら、それを重いバラードにはしない。この明るさと焦燥のずれによって、忙しく動き続けることで不安を処理しようとする人物像が浮かぶ。
6. 「Staying」
「去るべきだと分かっているのに残る」という矛盾を、装飾の少ない演奏で掘り下げていく。語り手は相手だけを悪者にするのではなく、自分が関係を続けている事実にも目を向けるため、単純な失恋ソングにならない。後半で演奏の圧力が増しても完全な解放には向かわず、決断できない状態そのものを抱えたまま曲が進む。その曖昧さが、アルバム中盤の心理的な重さを作っている。
7. 「I Guess」
軽やかなギターと丸みのあるベースが作る穏やかな感触に対し、歌詞では恋愛について学んだことを半ば諦めるように整理している。「I guess」という言葉が示す通り、ここにあるのは確信ではなく暫定的な理解である。恋愛には努力だけではどうにもならない部分があるという認識を、断定的な教訓へ変えない。親しみやすいメロディだからこそ、その割り切れなさが自然に残る。
8. 「Drunk, Running」
タイトルが示す酩酊のイメージを、単なる夜遊びではなく、相手の自己破壊的な行動を見守る側の疲労や心配へ結びつけた曲である。歌い方は非常に近く、相手を責める感情と助けたい気持ちが同じ声の中に混ざる。相手を愛することと相手を救えることは同じではない、という厳しい境界が見えてくることで、『Older』の人間関係の描写はここで一段複雑になる。
9. 「Broken Glass」
抑制を続けてきたアルバムの中で、エレクトリック・ギターの荒れた音が特に強い効果を持つ曲である。前半では緊張を溜め、後半になるにつれてギターとドラムが激しくなり、言葉だけでは処理できなかった怒りが演奏へ移っていくように聞こえる。静かなシンガーソングライター作品という本作の表面を破り、関係の中で蓄積した痛みには穏やかな回想だけでは済まない部分があることを示す。
10. 「You Forced Me To」
「Broken Glass」で大きくなった音を急に引き算し、再び声を中心へ戻す短く静かな曲である。題名だけなら強い告発を想像させるが、実際には責任の所在を簡単に決められない関係の後味が残る。相手の行動によって自分も変わらざるを得なかったという感覚を、説明しすぎない言葉と小さな演奏で提示する。前曲の爆発後に置かれることで、怒りのあとに訪れる疲労のようにも聞こえる。
11. 「Older」
タイトル曲はピアノを中心とした簡潔なバラードで、年齢を重ねれば自然に答えが得られるという期待を疑っている。McAlpineは大きな声で結論を宣言するのではなく、以前より多くを知ったからこそ新しい疑問も増えていく感覚を淡々と歌う。アルバム名の「Older」はここで「成熟した」という自己評価ではなく、時間が過ぎたという事実に近い意味を持つ。その控えめな認識が作品の核心になっている。
12. 「Better Than This」
関係への不満を認識しながら、それでも離れることの難しさを扱う。ピアノと声の距離が近く、歌詞の一語一語を追いやすい一方、伴奏は感情を必要以上に誘導しない。「もっと良い状態があるはずだ」という考えは希望にも聞こえるが、それを実行へ移せるかどうかは別問題として残される。恋愛を終わらせれば即座に自由になる、という単純な物語を避けている点が重要である。
13. 「March」
家族と喪失の記憶へ視線を移し、それまで中心だった恋愛関係とは異なる種類の悲しみを扱う。具体的な記憶をたどるような歌詞と抑えた演奏によって、悲しみが過去の出来事ではなく現在の日常にも入り込んでくる様子が伝わる。アルバム終盤で対象を恋人以外へ広げることで、「年を取る」ことには恋愛から学ぶだけでなく、失った人とともに時間を進む経験も含まれることが見えてくる。
14. 「Vortex」
最後を飾るのは、過去の関係に再び引き戻されそうになる感覚と、そこから離れようとする意思を並べた曲である。序盤の静かな歌から徐々に演奏が広がる構成は「The Elevator」と呼応するが、こちらにはより強い切迫感がある。渦のように同じ感情へ戻ってしまう自分を認識し、それでも関係を終わらせようとする。完全に傷が消えた結末ではなく、抜け出すための判断をした地点でアルバムを閉じるのが効果的だ。
総評
『Older』で際立っているのは、曲を大きく聞かせるためのポップ的な仕掛けを減らした結果、演奏の小さな変化が以前より意味を持つようになったことである。ピアノの一音、ベースが入る瞬間、ドラムの強さ、ギターが歪み始める位置といった変化が、そのまま歌詞の心理的な動きにつながっている。「Broken Glass」のような激しい場面が強烈なのも、それ以前に長い時間をかけて音量を抑えているからだ。静かな作品ではあるが、最初から最後まで同じ温度で進むわけではない。
McAlpineの作詞も、分かりやすい失恋の原因や結論を提示する方向から距離を取っている。相手に問題を感じながら自分も関係に残り、別れたいと思いながら未練を持ち、時間が経っても過去を完全には理解できない。こうした矛盾を解消せずに書くことで、語り手は被害者にも加害者にも固定されない。本人の経験と歌詞の語り手をそのまま同一視する必要はないが、少なくとも作品の中では、成熟とは正しい答えを手に入れることではなく、自分自身の矛盾を以前より正確に認識することとして描かれている。
前作『five seconds flat』のような即座に耳をつかむ曲を期待すると、『Older』は最初こそ地味に感じられるかもしれない。特に中盤には似た音量とテンポの曲が続き、意図的な抑制が曲同士の輪郭を弱くする瞬間もある。しかし、アルバム単位で聴けば、その均質さは後半の音響的な変化や歌詞の感情の推移を際立たせる役割も果たしている。単曲のフックより、曲順の中で少しずつ心理が変化することを優先した設計である。
結果として『Older』は、McAlpineが「ceilings」の成功をそのまま拡大再生産するのではなく、自分の曲をどのような演奏と録音で聞かせたいのかを改めて選び直した作品になった。声と歌詞を中心に置く点は以前と変わらないが、それを支えるバンドは単なる伴奏ではなく、言葉で説明されない感情まで強弱や間によって補っている。成長を劇的な克服として描かず、分からないことを分からないまま観察する姿勢まで含めて、『Older』というタイトルに説得力を与えているアルバムである。
おすすめアルバム
five seconds flat by Lizzy McAlpine
『Older』の直前作。より明確なポップ・プロダクションとドラマティックな展開を持ち、「ceilings」に代表される強いフックもある。本作でMcAlpineが何を残し、何を削ったのかを比較するのに最適である。
Punisher by Phoebe Bridgers
静かな声と細部まで作り込まれたバンド・アレンジを使い、親密な感情を過度に美化せず描く点で共通する。穏やかな場面から突然大きな音へ移るダイナミクスにも、『Older』と通じる感覚がある。
Blue by Joni Mitchell
声と比較的簡素な伴奏を中心に、恋愛、自立、矛盾した感情を細かく掘り下げたシンガーソングライター作品の基準点の一つ。時代も音楽語法も異なるが、感情をきれいな結論へまとめない作詞という点でつながる。
Sling by Clairo
派手なポップ性を抑え、生楽器の質感や演奏者同士の距離感を重視した作品。成功後により内向きでオーガニックな録音へ向かったというキャリア上の変化も、『Older』と並べて聴くと興味深い。
Good Riddance by Gracie Abrams
親密なボーカルと細かな心理描写を軸に、終わりかけた関係の未練や自己矛盾を扱う同時代の作品である。電子的なプロダクションを多く使う点では『Older』と異なり、似た感情を異なる音響で表現した比較対象になる。

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