
発売日:2023年8月18日
ジャンル:Alternative Rock / Folk / Soul / Singer-Songwriter
概要
Unreal Unearthは、アイルランドのシンガーソングライターHozierが2023年に発表した3作目のスタジオ・アルバムである。前作Wasteland, Baby!から約4年半を経た作品で、制作にはHozier自身に加えてJeff Gitelman、Jennifer Decilveo、Bekonらが参加した。大きな枠組みとして用いられているのがダンテの『神曲』、特に『地獄篇』である。地獄を進む旅と九つの圏という発想を借りながら、恋愛、喪失、罪、暴力、植民地主義、死、そして再生を一枚の流れへ組み込んでいる。
ただし、文学作品を順番に音楽化したコンセプト・アルバムではない。ゴスペルやソウルを基盤とするHozierの力強い歌唱、アコースティックなフォーク、ブルース、ロックに加え、電子的なビートやストリングスまで曲ごとに使い分けている。また「De Selby (Part 1)」や「Butchered Tongue」ではアイルランド語やアイルランドの歴史・言語への意識が重要になり、ダンテから借りた「地下へ降りる」という構造が、個人的な失恋だけでなく文化や故郷を考えるためにも使われる。16曲という長さを利用し、下降から最深部、そして再び地上へ向かう感覚をゆっくり作る作品である。
全曲レビュー
1. 「De Selby (Part 1)」
静かなアコースティックギターとHozierの低い声から始まり、アルバムは地上の光が徐々に消えていくように進む。タイトルはFlann O’Brienの小説に登場する人物De Selbyに由来し、暗闇の中で自己と周囲の境界が曖昧になる感覚が曲の中心にある。終盤では英語からアイルランド語の歌唱へ移り、声が重なりながら音楽そのものが暗闇へ溶けていく。物語を説明する序曲ではなく、地下へ降りるために聴覚の環境を変えるオープニングだ。
2. 「De Selby (Part 2)」
前曲から切れ目なく電子的なビートが立ち上がり、ファンクを思わせるベースと鋭いギターによって身体的な曲へ変わる。暗闇はここでも重要だが、今度は恐怖だけではなく、自己の境界を失って相手と一体になりたいという欲望へ結びつく。Hozierは低いヴァースからサビで声を大きく開き、閉じた空間から外へ押し出すような力を作る。同じ題材をフォークとダンス寄りのロックという正反対の音で描く二部構成が鮮やかである。
3. 「First Time」
軽快なベースとギターに乗せて、過去の恋愛を振り返る。花や生命、死をめぐるイメージが次々に現れ、誰かに愛を告げた「最初」と「最後」で同じ言葉の意味が変わってしまう過程を描く。演奏は比較的明るく、Hozierのボーカルにも柔らかさがあるため、歌詞に含まれる喪失との落差が大きい。大げさな悲恋として処理せず、関係を経験したことで言葉そのものの意味が変化するという視点が面白い。
4. 「Francesca」
ダンテ『神曲』に登場するFrancesca da Riminiを題材にした、本作のコンセプトが最も分かりやすい曲の一つである。禁じられた愛によって地獄へ落とされたFrancescaの物語を、苦痛を知っていても同じ愛を再び選ぶという激しい肯定へ読み替える。ヴァースではギターを抑えるが、サビに入るとドラムと歪みが巨大に広がり、最後には複数の声が渦のように重なる。文学的な題材をロックの音量へ直接変換した力強い一曲だ。
5. 「I, Carrion (Icarian)」
ギリシャ神話のイカロスを思わせる飛翔と落下のイメージを使った、静かなアコースティック曲である。語り手は落ちている最中にも相手との結びつきに幸福を感じているようで、破滅と愛が切り離されていない。ギターは声の周囲に広い余白を残し、Hozierも強い声量を封印することで、重力から一時的に離れたような軽さを作る。「Francesca」の巨大な終盤から一転して音を減らす曲順も効果的だ。
6. 「Eat Your Young」
低く粘るベースと乾いたビートが反復され、Hozierのソウル/ブルース的な側面が前へ出る。題名はJonathan Swiftの風刺作品も連想させ、若い世代を犠牲にして利益を得る社会を、子供を「食べる」というグロテスクなイメージへ置き換える。歌唱には誘惑するような滑らかさがあり、内容の残酷さと音楽の官能性が意図的に食い違う。貪欲を単なる個人の性格ではなく、社会の仕組みとして描いた曲である。
7. 「Damage Gets Done」
Brandi Carlileとのデュエットで、若い頃の自由や無謀さを振り返る。二人の声は競い合うより並んで進み、サビでは厚いハーモニーとなるため、一人の回想ではなく共有された記憶のように聞こえる。歌詞は若さを美化するだけでなく、富がなくても世界を自分たちのものだと思えた感覚と、その行動が残す傷の両方を見る。アルバム中盤では珍しく明るく開けたサウンドで、重い下降の流れに一時的な光を入れている。
8. 「Who We Are」
ピアノを軸に始まり、曲が進むにつれてストリングスとリズムが厚くなっていく。Hozierは低い声から徐々に力を増し、終盤ではほとんど叫びに近い発声へ到達するため、自己を理解しようとする苦しさがそのまま声量の変化になる。歌詞では痛みを通過した後に残る「自分たちは何者なのか」という問いが中心で、明快な回答は用意されない。前半の旅を終え、アルバムがさらに深い場所へ向かう境目として機能する。
9. 「Son of Nyx」
ボーカルを中心とした通常のHozier作品から離れた、短いインストゥルメンタルである。ピアノやストリングス、遠くで響く声の断片が重なり、明確なビートを持たないまま暗い空間を漂う。Nyxはギリシャ神話の夜の女神であり、タイトルも含めて地下世界の最深部へ近づく感覚を強める。16曲の中央付近で歌詞をいったん消すことで、それまでの言葉を整理する休止点であると同時に、後半へ入るための不穏な間奏になっている。
10. 「All Things End」
ゴスペルを思わせるコーラスとゆったりした鍵盤を使い、あらゆる関係には終わりがあるという事実を見つめる。重要なのは、それを愛することが無意味だったという結論へ結びつけない点だ。終わると分かっていても再び始める価値があるという考えが、Hozierの穏やかな歌から大人数の声へ広がっていく。死や別離を扱いながら絶望に固定されず、アルバムが最深部から方向を変え始める契機となる。
11. 「To Someone From a Warm Climate (Uiscefhuaraithe)」
題名に添えられたアイルランド語「Uiscefhuaraithe」は、冷たい水によって冷やされた状態を表す言葉で、気候と身体感覚を親密な関係へ重ねている。ピアノを中心とした静かなアレンジの中で、暖かい土地から来た相手と寒さに慣れた語り手の違いが描かれる。大きな比喩を使いながらも、ベッドや温度といった具体的な感覚へ落とし込むため抽象的になりすぎない。Hozierの故郷と言語への意識が私的な恋愛と自然に接続する曲だ。
12. 「Butchered Tongue」
植民地支配によって土地の名前や言語が傷つけられてきた歴史へ視線を向ける。旅先で聞く地名や、自分の土地の言葉を話せることの意味を考えながら、言語が単なるコミュニケーション手段ではなく、記憶や帰属を保存するものとして描かれる。伴奏はピアノとストリングスを中心に抑えられ、政治的な題材を大音量で強調しない。その静けさによって一語一語が前へ出て、本作の社会的な視点を担う重要な一曲となっている。
13. 「Anything But」
軽快なアコースティックギターとパーカッションが前へ進み、重かった数曲から大きく空気を変える。表面上は開放的だが、歌詞では何か別の存在になりたい、今いる場所から離れたいという願望がさまざまな形で繰り返される。明るいリズムと逃避願望を重ねることで、単純な解放の歌にはならない。地下から上昇し始めたような音楽でありながら、心理的にはまだ現在の自己から完全には抜け出せていないところが面白い。
14. 「Abstract (Psychopomp)」
道路上の傷ついた動物をめぐる記憶を中心に、生と死、慈悲、美しさが一つの場面へ集約される。タイトルのpsychopompは死者の魂を導く存在を指し、日常の出来事が神話的な意味を帯びていく。シンセとピアノで静かに始まった曲はサビで大きく広がるが、悲しみを単純な感動へ変換しない。恐ろしい記憶の中にも他者をいたわる行為を見つける視点が、終盤の再生という流れにつながっている。
15. 「Unknown / Nth」
繊細なギターのアルペジオと声を中心に、裏切りや孤独を非常に近い距離で描く。地獄の最下層に置かれる裏切りという発想と結びつきながら、歌詞の焦点は壮大な神話より、信頼していた人物を理解できなくなる個人的な痛みにある。後半でHozierの声が大きくなると、静かに保っていた怒りが一気に露出する。それでも相手を単純な悪役にせず、自分が相手を知らなかったという認識へ戻るところに苦さが残る。
16. 「First Light」
低い音から始まり、コーラスと楽器が少しずつ加わって、タイトル通り最初の光が差し込むように音域が開いていく。ダンテが地下から再び星を見る場面に対応するように、長い下降を終えた後の世界を以前とは違う感覚で受け取る曲である。Hozierのボーカルも終盤では大きく広がるが、勝利を叫ぶというより、光を再発見した驚きを歌う。アルバム冒頭の暗闇と対になる構成によって、16曲の旅を明確に閉じている。
総評
Unreal Unearthは、ダンテの『神曲』を借りることで大量の曲を一つの移動として成立させたアルバムである。重要なのは、文学的な参照を知識の展示にしなかったことだ。欲望、貪欲、怒り、裏切りといった地獄の分類を、失恋や社会的不平等、植民地支配、言語の喪失など現代の問題へ接続している。ダンテを詳しく知らなくても個々の歌は成立する一方、背景を知れば曲順の下降と上昇がより明確になるという二重構造になっている。
音楽面でも16曲を一種類のサウンドで統一してはいない。Hozierの根にあるブルース、ゴスペル、フォーク、ソウルを維持しながら、「De Selby (Part 2)」では電子的なビート、「Francesca」では大音量のロック、「Son of Nyx」では映画音楽に近い音響へ踏み込む。これだけ振れ幅があっても散漫になりにくいのは、Hozierの低く太い声と、静かな導入から複数の声を重ねた大きな終盤へ進むアレンジが共通の軸になっているからだ。
一方、長さは明確に好みが分かれる部分でもある。個々の曲に強いアイデアがある反面、中盤にはゆっくりしたテンポと重い題材が続き、短いポップ・アルバムのような即効性はない。しかし、その長さによって「地獄へ降り、そこから戻る」という身体的な感覚を作れているのも事実である。特に「Son of Nyx」を境にした空気の変化や、「Unknown / Nth」から「First Light」への移行は、曲順を通して聞くことで意味が強まる。
Hozierのキャリアにおいては、デビュー時からあった宗教、神話、政治、肉体的な愛を結びつける作詞を、最も大規模な構造へ発展させた作品である。同時にアイルランド語や植民地化された言語への視点が加わったことで、彼自身の文化的な立ち位置も以前より明確になった。文学性の高さだけを評価する作品ではなく、声、リズム、ギター、コーラスによって難しい題材を身体的なポップ/ロックへ変換している点に強さがある。暗闇を描くことより、そこを通過した後に同じ世界をどう見直すかまで含めて設計されたアルバムだ。
おすすめアルバム
Wasteland, Baby!
2019年の前作。終末や環境への不安と親密な恋愛を重ね、ゴスペル、ブルース、フォークを大きな音像へまとめている。Unreal Unearthの壮大なテーマ設定へ至る直前の段階を確認できる。
Hozier by Hozier
2014年のデビュー作。「Take Me to Church」をはじめ、宗教的な言葉と肉体的な愛、ブルースやソウルを結びつける作風がすでに明確である。3作目でその方法がどれほど複雑になったかを比較しやすい。
I See a Darkness by Bonnie “Prince” Billy
1999年作。死、孤独、愛を簡素なフォーク/カントリーの演奏で扱い、暗い題材の中にも人との結びつきを残す。音響はHozierよりはるかに小さいが、Unreal Unearthの内省的な曲と響き合う。
High Violet by The National
2010年作。低い男性ボーカル、反復するリズム、徐々に膨らむアレンジを使い、不安や人間関係を重いながらも大規模なロックへ変える。特に本作の暗い中盤と比較しやすい作品である。
Hadestown by Anaïs Mitchell
2010年作。ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケをフォーク、ブルース、アメリカーナへ置き換え、古典を現代社会の物語として読み直している。神話を装飾ではなくアルバム全体の構造として使う点でUnreal Unearthと深く共通する。

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