発売日: 2016年10月21日
ジャンル: フォーク、アートポップ、宗教音楽
2016年にリリースされた『You Want It Darker』は、レナード・コーエンの生涯最後のアルバムであり、その集大成とも言える作品だ。このアルバムが発表された数週間後にコーエンは82歳で他界したため、まるで自らの人生と向き合い、別れを告げるような趣を持っている。プロデュースを手掛けたのは彼の息子、アダム・コーエン。簡潔で洗練されたアレンジにより、歌詞とコーエンの低く抑えた語り口調のボーカルが際立つ作りとなっている。
本作では、死、信仰、愛といったテーマが前面に押し出されているが、それらは単なる絶望ではなく、成熟した視点で受け入れられ、深い哲学的な洞察を伴う。特に、アルバム全体を通じて宗教的なイメージが多用されており、彼自身のユダヤ教的な背景や神と人間との関係性が詩的に探求されている。重厚な内容と簡素なサウンドの対比が、本作を一層深いものにしている。
トラック解説
- You Want It Darker
タイトル曲であり、アルバムの核となる一曲。荘厳な聖歌隊のコーラスとシンプルなベースラインが支える中で、コーエンは低く威厳ある声で神との対話を繰り広げる。「Hineni(私はここにいます)」というヘブライ語の言葉が繰り返される箇所は、彼の宗教的な背景を象徴的に表している。死に向かい合う姿勢が、聴く者の胸を深く打つ。 - Treaty
ピアノとストリングスが美しく調和するバラード。歌詞では、神と人間、または愛する者同士の和解への望みと葛藤が語られる。まるで祈りのような楽曲で、コーエンの静かな声が全体に深い平穏を与える。 - On the Level
ゆったりとしたテンポとミニマルなアレンジの中で、過去の愛や人間関係を振り返る内容が語られる。コーエン特有の皮肉めいたユーモアと真摯な感情が交錯する楽曲だ。 - Leaving the Table
ギターがメインのアレンジで、リスナーを優しく包み込むような曲調。歌詞には、自分の人生の終わりを受け入れる覚悟と穏やかな決意が感じられる。コーエンの声が、まるで最後の別れを告げるように響く。 - If I Didn’t Have Your Love
ピアノとシンプルなメロディーが特徴の愛のバラード。歌詞では、愛が人生においていかに重要であるかを詩的に語る。優しく温かみのある楽曲で、アルバム全体の中で安らぎを感じさせる瞬間を提供する。 - Traveling Light
放浪と孤独をテーマにした楽曲。アコースティックギターと穏やかなリズムが、どこか民族音楽的な響きを持つ。旅路の果てにある静かな悟りが感じられる一曲だ。 - It Seemed the Better Way
宗教的な疑問と後悔がテーマの曲。ダークで瞑想的なメロディーとコーエンの深い声が、信仰と現実の間で揺れる心情を表現している。 - Steer Your Way
アルバムの中でも特に強烈なメッセージ性を持つ楽曲で、人生の旅路とそこに伴う選択を描写している。バイオリンが楽曲に哀愁を加え、リスナーに深い余韻を残す。 - String Reprise / Treaty
「Treaty」のインストゥルメンタルを基調にした美しいフィナーレ。ストリングスの柔らかな響きが、アルバム全体のテーマである和解と受容を穏やかに締めくくる。
アルバム総評
『You Want It Darker』は、レナード・コーエンの最期のメッセージとして聴く者の心に深く刻まれる作品だ。死を目前にした彼が、恐れることなくそれを受け入れる姿勢は、畏敬の念さえ抱かせる。宗教的なモチーフや人生の深い洞察を散りばめた歌詞は、リスナーに多くの問いを投げかける一方で、不思議な安らぎを与えてくれる。音楽的には極めて簡素だが、それがかえって歌詞の深みを際立たせており、詩人としてのコーエンの真骨頂を感じる一枚である。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
Blackstar by David Bowie
同じくリリース後に他界したデヴィッド・ボウイによる遺作。ジャズやアートロックを取り入れたサウンドと、死生観を深く掘り下げた歌詞が共通する。
Carrie & Lowell by Sufjan Stevens
愛と喪失をテーマにした繊細なフォークアルバム。静謐なサウンドと内省的な歌詞が『You Want It Darker』と響き合う。
Skeleton Tree by Nick Cave & The Bad Seeds
Nick Caveが深い喪失感を経て制作したアルバムで、死と再生をテーマにしている。重厚な感情表現と簡素なアレンジが似通っている。
No Treasure But Hope by Tindersticks
ミニマルなサウンドと詩的な歌詞が特徴のアルバム。内省的な雰囲気と抑制された感情がコーエン作品と共通する。
Sea Change by Beck
愛の喪失をテーマにしたエモーショナルなアルバム。ストリングスやアコースティックのアレンジが、コーエンの後期作品と共鳴する。
コメント