
発売日:2021年2月4日
ジャンル:Experimental / Ambient / Indie Rock / Jazz
概要
40:42は、Vampire Weekendが2019年の4thアルバムFather of the Bride収録曲「2021」を素材として制作した、2曲・合計40分42秒の実験的EPである。原曲「2021」は約2分という短い楽曲だったが、本作ではSam GendelとGooseという性格の異なる二組にその素材を委ね、それぞれが20分21秒の長尺曲へと再構築している。タイトルの「40:42」は20分21秒×2という総演奏時間そのものを示し、楽曲名にも各アーティスト名と「2021」が組み込まれている。
原曲は、細野晴臣が1984年に無印良品のために制作した音源をサンプリングしながら、Ezra Koenigの簡潔なヴォーカルと反復的な構成によって、未来への距離感を静かに描いた曲だった。Father of the Brideにおいても、フォーク、ソフトロック、電子音楽などが交錯する大作の中の小さな間奏曲に近い位置を占めている。その極端な簡潔さを逆転させ、一曲を20分以上へ引き延ばすという発想が40:42の出発点となった。
Sam Gendelはジャズを基盤としながらアンビエントや電子音響へ接近するサックス奏者/作曲家であり、Gooseは即興演奏を軸とするアメリカのジャム・バンドである。したがって本作は通常のリミックス盤とは異なり、既存の録音を編集してダンス・トラック化するのではなく、作曲素材そのものを別の演奏文化へ移植する試みに近い。Vampire Weekendのポップ・ソングを、ミニマリズム、ジャズ、アンビエント、ジャム・バンドという異なる時間感覚から読み替えた作品である。
全曲レビュー
1. 2021 (in the Space Between Two Pieces of Wood) – Sam Gendel
Sam Gendel版は、「2021」のメロディを長時間の音響空間へ溶かしていく。原曲で明瞭だったポップ・ソングの輪郭は後景へ退き、木質的な打音や呼吸を感じさせるサックス、断片的な旋律が緩やかに配置される。タイトルの「Space Between Two Pieces of Wood」という言葉通り、演奏そのもの以上に音と音の「間」が構成要素として機能している。
20分を超える長さにもかかわらず、通常のロック的な起承転結はほとんど作られない。反復されるモチーフが少しずつ形を変え、ある瞬間には原曲の旋律を思わせながら、次の瞬間には環境音に近い抽象性へ戻っていく。ジャズの即興性は前面に押し出されるのではなく、音色の変化や呼吸の揺れとして現れるため、演奏者の技巧を聴かせるというより、時間の流れそのものを変形させるようなアプローチになっている。
原曲の歌詞では「2021」という未来の年が、具体的な出来事を語らないまま反復されていた。2019年に発表された時点では未来だったその数字を、2021年の作品で実際に演奏することによって、言葉の意味も変化する。Gendel版では歌詞による物語が希薄になる分、「未来だった時間が現在になり、やがて過去へ変わる」という感覚が、20分21秒という人工的に設定された長さそのものから浮かび上がる。
サウンドはアンビエントに接近しているが、完全な背景音楽ではない。不規則な響きや突然現れるフレーズが注意を引き戻し、聴き手は反復の内部にある細かな差異を追うことになる。数分のポップ・ソングを拡張するのではなく、その中心に残された空白を拡大したような演奏であり、「2021」がもともと持っていた未完成感や余白を極端な形で可視化している。
2. 2021 (January 5th, to be exact) – Goose
Goose版は同じ20分21秒でも、Sam Gendel版とは正反対の方法で時間を埋めていく。こちらではバンド演奏の推進力が中心となり、「2021」の簡潔なモチーフを出発点として、ギター、ベース、ドラム、キーボードが徐々に即興的な展開へ入っていく。原曲の静かな電子的質感は、ライヴ・バンド特有の身体的なグルーヴへ置き換えられる。
Gooseが属するジャム・バンド文化では、短い楽曲構造を長時間の即興へ展開し、反復の中から演奏の方向を変えていくことが基本的な語法となる。この曲でも、ヴァースとコーラスを明確に繰り返すポップ形式より、一定のフレーズを足場としてセクション間を移動していく感覚が強い。リズム隊が安定した脈動を保つことで、ギターやキーボードはより自由に音色とフレーズを変化させられる。
Gendel版が音の「空白」を拡張したのに対し、Goose版は演奏者同士の応答によって時間を前へ進める。特定の瞬間を目指してドラマティックに盛り上げるというより、同じ素材が演奏の相互作用によって別の景色へ移っていく過程を聴かせる構成である。Vampire Weekendがもともと持っていたアフロポップやファンクへの関心とも遠い関係ではなく、リズムを固定的な伴奏ではなく、曲そのものを変形させる装置として扱う発想が強調される。
「January 5th, to be exact」という副題は、抽象的な数字だった「2021」を具体的な一日にまで限定する。原曲では遠い未来の記号だった年が、ここでは演奏が行われる現実の時間と結びつく。20分21秒という厳密な枠の中で自由な即興を行う構造も興味深く、時間を正確に計測する数字と、その内部で予測不能に変化していく演奏が対照を作っている。
終盤までヴァンパイア・ウィークエンドらしい端正なポップ・アレンジへ回帰することはなく、素材はGoose自身の演奏言語へほぼ完全に吸収される。その意味でカヴァーというより、作曲の種だけを共有した別作品に近い。原曲の短さを反転させながら、反復から即興を生み出すジャム・バンドの方法論を明快に示したトラックである。
総評
40:42の特徴は、「2021」という曲を長くしたこと自体ではなく、ポップ・ソングにおける「楽曲の同一性」がどこに存在するのかを二つの異なる演奏から問い直している点にある。メロディ、リズム、歌詞、音色、録音のどれを残せば同じ曲と呼べるのか。本作では原曲を忠実に再現することより、その内部に含まれていた断片的なアイデアを別の方法論へ移すことが優先されている。
Sam Gendelは「2021」を音響と沈黙の関係へ還元し、Gooseは反復可能な演奏素材として捉え直した。前者では時間がほとんど停止したように感じられ、後者では演奏の連鎖によって絶えず更新される。この対照によって、同じ20分21秒という物理的には等しい時間が、音楽的にはまったく異なる速度を持つことが分かる。タイトルと曲尺を数学的に一致させるコンセプトも、単なる遊びではなく、時間そのものを作品の素材として扱う構造に結びついている。
また、本作はFather of the Bride以降のVampire Weekendが示していた音楽的な開放性を極端な形で押し進めた作品でもある。同作ではインディー・ロックという枠を越え、フォーク、カントリー、ジャム・バンド的演奏、電子音楽などへ関心を広げていたが、40:42ではついにバンド自身が中心的な演奏主体である必要さえなくなる。Ezra Koenigの作曲した素材が他者の解釈を通して変質すること自体が作品となっている。
二曲だけで構成され、双方が20分を超えるため、通常のVampire Weekend作品にあるコンパクトなメロディや言葉遊びを期待すると特殊な作品に映るだろう。旋律的な即効性よりも、反復、即興、音色、時間感覚の変化を聴く作品であり、とりわけGendel版は意図的に出来事の密度を抑えている。しかし、その極端さこそ企画の意味でもある。2分弱の原曲が持っていた「まだ何かが続きそうなまま終わる」という性格を、二組が別方向へ徹底的に拡張したことで、原曲そのものにも新しい見方を与えている。
Vampire Weekendの主要アルバムと同列に位置づけるタイプの作品ではなく、ディスコグラフィー上では実験的な枝葉にあたる。それでも、ポップ・ソング、アンビエント、ジャズ、ジャム・バンドの時間構造を一つのコンセプトで結びつけた点は独特である。通常の曲形式より、長尺即興やミニマルな反復がどのように音楽的時間を作るのかに関心を持つリスナーほど、本作の設計を明確に捉えられるだろう。
おすすめアルバム
Father of the Bride by Vampire Weekend
「2021」の原曲を収録する2019年作。フォーク、ソフトロック、電子音楽、ジャム・バンド的な発想まで取り込み、初期三作の緻密なインディー・ポップから音楽的領域を大きく広げた。40:42の実験性を理解するうえで直接的な起点となる。
Notes with Attachments by Pino Palladino & Blake Mills
即興演奏、スタジオ編集、ジャズ、ファンク、アンビエントの境界を曖昧にした2021年作。演奏の細部を積み重ねながら既存ジャンルへ収束しない音響を作る方法は、Sam Gendel版「2021」の感触とも共通する。
Music for Saxofone & Bass Guitar by Sam Gendel & Sam Wilkes
サックスとベースを中心に、ジャズの即興性をアンビエント的な音響へ接続した作品。旋律を明確な主題として提示するより、音色や反復のわずかな変化から時間を形成するSam Gendelの方法論をより直接的に味わえる。
A Live One by Phish
1990年代以降のアメリカにおけるジャム・バンド文化を代表するライヴ作品の一つ。短い作曲素材から長時間の即興へ展開し、バンド内の相互作用そのものを構成へ変えていく方法は、Goose版「2021」を理解する格好の参照点となる。
Haruomi Hosono Presents Making of Non-Standard Music / Making of Monad Music by Haruomi Hosono
「2021」の源流に位置する細野晴臣の1980年代の電子音楽的実験をたどるうえで関連の深い作品。ミニマルな反復、機械的な音色、環境音楽への接近といった発想を通じて、Vampire Weekendが原曲で参照した日本の電子音楽史へ視野を広げられる。

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