
発売日: 2023年6月16日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ストーナーロック、ダーク・アートロック
概要
『In Times New Roman…』は、Queens of the Stone Age(QOTSA)が2023年に発表した8作目のスタジオアルバムである。
『Villains』(2017)から6年ぶり、ジョシュ・オムの人生に深い影を落とした病、離婚裁判、仲間の死など激動の時期を経て作られた本作は、
“QOTSA の中でも最も暗く、最も生々しい作品”
として捉えられている。
前作『Villains』が軽やかでダンサブルな方向へ進んだのに対し、
本作は完全にその逆。
砂利道を擦るようなギター、重く沈んだテンション、乾いたユーモアと苦味。
痛み・怒り・虚無・皮肉が混じり合った、
荒野の夜に立ち尽くすようなロック
が広がっている。
また、Dave Grohl や Mark Lanegan らの参加がない一方で、
長年の相棒であるトロイ・ヴァン・リューウェンやディーン・フェルティータが強く関わり、
“現在の QOTSA の骨格”
がより明確に浮かび上がっている点も特徴的である。
音像は荒々しいが、構築性は極めて精巧。
カオスの中で整然としたリフが循環し、
QOTSA らしい“ミニマル構造の美学”は健在どころか、むしろ深まっている。
全曲レビュー
1曲目:Obscenery
冷徹で鋭いギターと粘着質のグルーヴが交差するオープナー。
“露骨な光景(Obscene+Scenery)”という造語が示すように、混沌と厭世観が渦巻く。
QOTSA のディープゾーンへ一気に引きずり込む強烈な導入。
2曲目:Paper Machete
攻撃的でスピーディなロックナンバー。
痛烈な皮肉が込められた歌詞は、社会から個人の関係性まで幅広い読みが可能。
オム特有のカラッと乾いた怒りが炸裂する。
3曲目:Negative Space
空虚をテーマにした、暗く浮遊感のあるトラック。
“負の空間”に飲み込まれるようなメロディと、ゆらめくシンセが相互に響き合う。
気怠さと美しさが同居する名曲。
4曲目:Time & Place
重量感のあるリフがじわじわと迫るスローミドル。
存在の不安や居場所の喪失を暗示する詞が深く刺さる。
アルバムの中でも特に“時間の重み”を感じる一曲。
5曲目:Made to Parade
マーチのようなリズムで進む、皮肉に満ちたロック。
“行進させられるような人生”というテーマが、現代への批評として鋭く響く。
6曲目:Carnavoyeur
本作の代表曲のひとつ。
ダークポップなムード、艶やかなメロディ、退廃的な浮遊感。
“Carnivore(肉食者)”と“Voyeur(覗き見する者)”の混成語が意味する二重性を巧みに音に落とし込んでいる。
7曲目:What the Peephole Say
無機質なリフと攻撃的なボーカルが炸裂する短めの一発。
扉の隙間から覗くような奇妙な視点が、タイトルの通りの不安を演出。
8曲目:Sicily
地中海の情景を思わせつつ、どこか退廃的で湿った空気を帯びた異色曲。
暗い旅路の途中で見る幻影のような美しいアレンジが光る。
9曲目:Emotion Sickness
本作の核となる重要曲。
“感情の病”というタイトル通り、痛み・依存・崩壊がテーマにある。
サビの高揚感が胸を締めつけ、アルバム全体を象徴する深い情緒を持つ。
10曲目:Straight Jacket Fitting
10分近いラストを飾る大作。
静けさ、爆発、反復、崩壊を繰り返す構造が圧巻で、
まるで精神が拘束具に締め付けられていくような感覚を描く。
QOTSA 史上でも特にドラマティックなクロージングである。
総評
『In Times New Roman…』は、
Queens of the Stone Age の“最もパーソナルで、最も深い闇を持ったアルバム”
と言える。
その魅力は、
- 荒々しさと緻密さの融合
- 乾いたヘヴィネス
- 夜の砂漠のような孤独感
- 痛みと皮肉の混ざった歌詞
- 反復グルーヴの魔力
- ダークポップの新しい実験
といった複数の要素が、有機的に結びついている点にある。
前作『Villains』のダンスロック路線から一転し、
本作は再び深い影や苦味へと降りていく。
しかしそれは後退ではなく、
“成熟した者が自らの闇と向き合う音”
としての進化である。
QOTSA は、ストーナーの文脈から派生したバンドでありながら、
20年以上にわたってロックの“形”を更新し続けてきた。
『In Times New Roman…』はその中でも、
“静かな激情”と“暗闇の美学”が極まった作品
として重要な位置を占める。
おすすめアルバム(5枚)
- …Like Clockwork / Queens of the Stone Age
深い情緒と痛みの系譜として本作とつながる最も重要な比較対象。 - Lullabies to Paralyze / QOTSA
暗い美学と童話的影の源流。 - Villains / QOTSA
“踊れる QOTSA”との対比で本作の重さが際立つ。 - Mark Lanegan / Bubblegum
退廃と痛みの美学が共振する近縁作。 - Nine Inch Nails / Hesitation Marks
苦味と電子的退廃とポップ性が同居するという点で好相性。
歌詞の深読みと文化的背景
本作の歌詞は、
- 痛み
- 喪失
- 感情の不安定さ
- 世界の不条理
- 自己崩壊と再生
といったテーマが核となっている。
特に「Emotion Sickness」「Straight Jacket Fitting」では、
精神の揺らぎと自己の分裂
がダイレクトに描かれており、ジョシュ・オム自身の人生経験と重なる部分が多い。
2020年代初頭は、世界的に不安定な時代であり、
その影は本作の乾いた暴力性・孤独感・皮肉の中に反映されている。
ロックが細分化し、多様化する中で、
QOTSA は “古くて新しいヘヴィロックの姿” を提示しており、
その存在感は依然として揺るぎない。



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