
発売日: 1973年10月
ジャンル: ルーツ・ロック、R&B、ロックンロール、アメリカーナ
概要
『Moondog Matinee』は、The Band が1973年に発表した6作目のアルバムであり、
全編カバー曲 で構成された、彼らのディスコグラフィーの中でも異色の作品である。
当時の The Band は、ツアー疲れ、創作の行き詰まり、メンバー間の摩耗など、精神的にも肉体的にも厳しい状態にあった。
特に Robbie Robertson はソングライティングの重責に疲弊しており、バンド全体が“自分たちを構築してきたルーツへ立ち返りたい”という気持ちを強めていた。
その結果生まれたのが、
1950年代〜60年代の古典的R&Bやドゥーワップ、ロックンロールを中心に選曲した“原点回帰のカバー集”
『Moondog Matinee』である。
The Band のメンバー全員が愛してやまなかった音楽を再解釈することで、
精神的に疲弊したバンドが“音楽の喜び”を取り戻そうとしたアルバムともいえる。
本作で注目すべきは、単なるカバーではなく、
The Band ならではのアーシーな質感、深いグルーヴ、3ボーカルのリレーが、
オリジナル曲以上の魅力を生んでいることだ。
Rick Danko、Levon Helm、Richard Manuel の三者三様の声は、古典的楽曲に新たな生命を吹き込み、
Garth Hudson のオルガンとRobbie Robertson のギターが“古き良きアメリカの日常”を鮮やかに浮かび上がらせる。
“創作疲れを癒すための作品”という文脈はあるものの、
結果として本作は、
The Band の演奏力・歌唱力・アレンジセンスがもっとも素直に楽しめるアルバム
となっている。
全曲レビュー
1曲目:Ain’t Got No Home
クラレンス “フロッグマン” ヘンリーの名曲を、Levon の軽快なドラムと Rick の柔らかい歌声で再構築。
The Band の得意とする“田舎のダンスホール感”が全面に出た、最高に楽しいオープニング。
2曲目:Holy Cow
ニューオーリンズ系R&Bの名曲。
Garth Hudson のオルガンが極上で、南部の陽気な空気と古い酒場の香りが漂う。
Richard Manuel の哀愁漂う声が楽曲をより深いものにしている。
3曲目:Share Your Love (With Me)
ソウルフルなバラードで、Rick Danko の優しいファルセットが光る。
彼の“泣き笑いする声”は、オリジナルの情熱をより温かく人間的なものへと変換している。
4曲目:Mystery Train
エルヴィスでもお馴染みのロカビリー名曲を、The Band がアーシーなロックに昇華。
Robbie のギターが躍動し、Levon の土臭い歌声が曲を原点へ連れ戻す。
本作のハイライトのひとつ。
5曲目:Third Man Theme
映画『第三の男』のテーマ曲を、Garth Hudson の鍵盤芸術で大胆に再解釈したインスト曲。
原曲の哀愁に、The Band 特有の“アメリカーナの広がり”が加わった独特のアレンジ。
6曲目:Promised Land
Chuck Berry の王道ロックンロールを、Levon のドライブ感ある歌唱でカバー。
バンド全員がリラックスして演奏している様子が伝わり、純粋なエネルギーが溢れる。
7曲目:The Great Pretender
The Platters のドゥーワップ名曲を、Richard Manuel が幽玄なほど美しく歌い上げる。
“儚さ”が彼の声の最大の魅力であり、原曲のロマンをより深い悲哀へと変えている。
8曲目:I’m Ready
ブルースの名曲を、泥臭いバンドサウンドで再構築した王道アメリカン・ロック。
Levon のドラミングと Robbie のギターが抜群に噛み合う。
9曲目:Saved
ゴスペル曲をゴキゲンなロックに変換。
女性コーラスと Richard のソウルフルな歌声が高揚感を生み、アルバム終盤の盛り上がりを支える。
10曲目:A Change Is Gonna Come
サム・クックの名曲を、Rick Danko が丁寧に歌い上げる。
本作で最もスピリチュアルな瞬間であり、アルバムを静かで崇高な余韻で締めくくる。
総評
『Moondog Matinee』は、The Band にとっての “原点の棚を開ける時間” のような作品である。
オリジナルの創作から一度離れ、
彼らが育ってきた50年代〜60年代の音楽に身を委ねることで、
バンドは再び“演奏する喜び”を取り戻している。
本作には、
- Levon Helm の泥臭さ
- Rick Danko の温もり
- Richard Manuel の儚さ
- Garth Hudson の魔術的な鍵盤
- Robbie Robertson のしなやかなギター
これら The Band のすべての魅力 が凝縮されている。
創作疲れを癒すためのカバー集でありながら、
結果として The Band の本質をもっとも自然に味わえる作品になったのは、
彼らが“自分たちのルーツを愛している”という揺るぎない事実があるからだ。
“バンドが音楽と再び恋をする瞬間”を記録した、静かな名盤である。
おすすめアルバム(5枚)
- The Band / The Band (1969)
The Band の核を知るための必聴盤。ルーツ感と物語性の頂点。 - Music from Big Pink / The Band (1968)
ルーツロックの始動点。本作の“源流”となる音楽愛が詰まっている。 - Stage Fright / The Band (1970)
内省的テーマと濃厚な演奏が味わえる、70年代の必聴作。 - Moondance / Van Morrison (1970)
R&B/ソウル/ルーツの影響が近く、精神性にも共通点のある作品。 - Northern Lights – Southern Cross / The Band (1975)
成熟期の華やかさと深みが共存する名盤。『Moondog Matinee』後の創造力回復を感じられる。



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