発売日: 2001年8月
ジャンル: ハードロック、オルタナティブ・ロック、ポップロック
概要
『Actual Size』は、ミスター・ビッグが2001年に発表した6枚目のスタジオ・アルバムであり、
エリック・マーティン、ポール・ギルバート、ビリー・シーン、パット・トーピーというオリジナルメンバーで制作された最後の作品である（のちに2009年に再結成）。
前作『Get Over It』（1999）で新ギタリストのリッチー・コッツェンを迎え、ファンクやブルース要素を強めた彼らだったが、
本作ではよりメロディアスでポップな方向へと舵を切った。
同時に、2000年代初頭のオルタナティブ・ロック的な音像やモダンなミキシングを取り入れることで、
“80年代ハードロックの残響”から“21世紀型のメロディックロック”へとアップデートを試みている。
『Actual Size』というタイトルは“ありのままの姿”を意味する。
つまり、本作は彼らが自分たちのテクニックや派手さを一度脱ぎ捨て、
素の感情とメロディで勝負するアルバムなのだ。
リード曲「Shine」がアニメ『Hellsing』のエンディングテーマに起用されたこともあり、
日本では特に人気が高い一作として知られている。
全曲レビュー
1. Lost in America
エッジの効いたギターリフで幕を開ける。
現代社会への疎外感と“自分を見失う感覚”をテーマにしたオープニング。
リッチー・コッツェンのブルージーなギターと、エリック・マーティンのソウルフルな声が絶妙に絡み合う。
ハードロックというより、オルタナティブ寄りのグルーヴロックとして秀逸。
2. Wake Up
リズミカルでファンク調のギターが心地よい。
「目を覚ませ」「変化を恐れるな」というポジティブなメッセージを持つ曲で、
エリックのヴォーカルが軽快に跳ねる。
リッチーの作曲センスが前面に出た、明るく洗練されたサウンド。
3. Shine
アルバムの代表曲にして、日本での人気を決定づけたナンバー。
軽快なリズムとキャッチーなメロディが印象的で、
“苦しみの中でも光を見つけよう”というメッセージが込められている。
リッチーのコーラスとギターのフレーズが楽曲全体を包み込み、
90年代的ポジティブロックの名曲として完成度が高い。
4. Arrow
シンプルなコード進行の中に、哀愁のあるメロディが広がる。
「放たれた矢はもう戻らない」というタイトルどおり、
決断と代償をテーマにした内省的な楽曲。
ミスター・ビッグにしては珍しく、アメリカン・ロック的叙情性が際立つ。
5. Mary Goes Round
ファンク・ブルース色の強いトラック。
ループ感のあるリズムとセクシーなギターリフが特徴で、
リッチー・コッツェンのスタイルが色濃く反映されている。
遊び心のあるコード展開とヴォーカルの掛け合いが心地よい。
6. Suffocation
エリックのシャウトが炸裂するハードなロックナンバー。
息苦しさ（Suffocation）をモチーフに、
現代的な閉塞感と自分自身の葛藤を描く。
サウンドは重く、ギターとベースが絡み合う中でリズム隊の緊張感が光る。
7. One World Away
穏やかなイントロから始まるスピリチュアルなナンバー。
「遠く離れた世界で、同じ夢を見る」というリリックが美しく、
マイナー調のメロディに希望が滲む。
ポップバラードとしての完成度が高く、エリックの表現力が際立つ。
8. I Don’t Want to Be Happy
タイトル通り、皮肉に満ちたミドルテンポ曲。
「幸せなんて演じるものじゃない」というメッセージが痛烈で、
リッチー・コッツェンの哲学的ユーモアが炸裂する。
ビリー・シーンのベースが低音でうねり、陰影を添える。
9. Crawl Over Me
メロディックで力強いラブソング。
サビの高揚感が圧倒的で、ライブ映えする構成。
エリックのヴォーカルとリッチーのギターが熱を帯び、
バンドとしてのアンサンブルが完璧に噛み合う。
10. Cheap Little Thrill
ロックンロール的な軽快さが前面に出たナンバー。
軽いユーモアと哀愁が同居し、
タイトルの“安っぽいスリル”という皮肉が効いている。
音楽的には60〜70年代ロックへの敬意を感じさせる。
11. How Did I Give Myself Away
ピアノとギターが絡むバラード。
自己喪失と愛の代償をテーマに、
マイナーな旋律とハーモニーが深い余韻を残す。
本作でも屈指の情感表現力の高い1曲。
12. Nothing Like It in the World
アルバムのラストを飾る壮大なラブソング。
エリックの歌唱が温かく、リッチーのギターソロは叙情的。
“世界にこんなものは他にない”という愛の肯定が、
アルバムを穏やかな余韻で締めくくる。
総評
『Actual Size』は、ミスター・ビッグのキャリアの中でも最も成熟したポップロック作品である。
かつての超絶技巧やハードロック的派手さを抑え、
メロディと歌心を中心に据えたことで、
より“バンドとしての一体感”と“楽曲としての普遍性”が際立っている。
リッチー・コッツェン加入後の2作目にあたる本作では、
彼の作曲・アレンジ能力が大きくバンドの方向性を左右している。
その結果、従来のハードロックファンからは賛否があったが、
グルーヴとメロディを融合した新生Mr. Big像を提示した点は高く評価されるべきだろう。
エリック・マーティンのヴォーカルはより深みを増し、
ビリー・シーンとパット・トーピーのリズム隊は円熟の域。
ギターの抑制されたトーンと、楽曲ごとの情感の幅が、
バンドの成熟を物語っている。
『Actual Size』は、派手さの裏にある“静かな情熱”を描いたアルバムだ。
それは、華やかなテクニックの時代を越え、
“心のグルーヴ”で聴かせる大人のロックへと進化した証でもある。
おすすめアルバム
- Get Over It / Mr. Big (1999)
リッチー・コッツェン加入後の転換点。ファンクとロックの融合。 - Lean Into It / Mr. Big (1991)
代表曲「To Be With You」を収録。原点的メロディの美学。 - Bump Ahead / Mr. Big (1993)
成熟と哀愁を帯びた中期の名盤。 - Native Tongue / Poison (1993)
コッツェンの作曲センスとギターのルーツを知る上で重要。 - Songs About You / Richie Kotzen (2022)
リッチーのソロキャリアを理解する現代的名作。
制作の裏側
レコーディングはロサンゼルスとナッシュビルで行われ、
プロデューサーにはリッチー・コッツェンとパット・レナード（マドンナ、ボン・ジョヴィなど）が参加。
制作当時、メンバー間では音楽性の違いが表面化しており、
ポップ路線を志向するリッチーと、
従来のハードロックを求めるファンとの間でバランスを模索していた。
結果として生まれたのが、“テクニカルよりもソウルフル”“激しさよりも深み”を重視したサウンド。
エリック・マーティンはこの作品を「一番正直なMr. Big」と評している。
日本では「Shine」のヒットをきっかけにアルバム全体が再評価され、
メロディックロックの円熟形として今なお愛され続けている。
『Actual Size』は、技巧派バンドが人間的な温度を取り戻した、
静かな名盤なのだ。
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