
1. 歌詞の概要
Seven Seasは、Echo & the Bunnymenが1984年に発表した楽曲である。4作目のアルバムOcean Rainに収録され、同作からの3枚目のシングルとして1984年7月6日にリリースされた。作詞・作曲はWill Sergeant、Ian McCulloch、Les Pattinson、Pete de Freitas。UKシングルチャートでは最高16位、アイルランドでは最高10位を記録している。(Wikipedia)
この曲で歌われるのは、海を越えるような高揚と、世界の奇妙さを受け入れる感覚である。
ただし、それは単純な旅の歌ではない。
七つの海を渡るというタイトルの響きには、大航海時代のような広がりがある。
けれど、歌詞の中で描かれる世界は、もっとシュールで、もっと言葉遊びに満ちている。
悲しむ心を指で刺す。
世界を青く塗る。
原始人が歌う。
鳩を押しやり、ライオンやトラのようなイメージが現れる。
普通の意味では、筋が通っていない。
でも、Echo & the Bunnymenの曲としては、この曖昧さこそが魅力である。
Seven Seasは、Ocean Rainの中でも特に開放感のある曲だ。
The Killing Moonが宿命の月明かりを浴びた曲だとすれば、Silverは銀色の反射光の曲だった。
そしてSeven Seasは、その光を受けて、海へ出る曲である。
テンポは軽く、メロディは晴れやかだ。
ギターはきらめき、ストリングスは波のように広がる。
Ian McCullochの声は、相変わらず少し芝居がかっていて、どこか尊大で、けれど妙にロマンティックである。
この曲には、Echo & the Bunnymenの暗さだけではない魅力が出ている。
彼らはしばしばポストパンク、ネオ・サイケデリア、ゴシック的な影とともに語られる。
しかしSeven Seasでは、そうした影をまといながらも、空が開いている。
青い世界。
波の上の光。
皮肉と祝祭。
ナンセンスと美しさ。
それらが一つになっている。
Ocean Rainは、1984年5月4日にKorovaからリリースされたアルバムで、パリ、バース、リヴァプールなどで録音され、35人編成のオーケストラを用いたことでも知られる。同作はUKアルバムチャートで最高4位を記録し、The Killing Moon、Silver、Seven Seasを含む作品として長く評価されている。(Wikipedia)
Seven Seasは、そのOcean Rainの中で、暗い海を少し明るくしてくれる曲である。
しかし、明るいだけではない。
この曲の明るさには、どこか変な笑いが混ざっている。
世界は意味不明だ。
でも、その意味不明さを青く塗ってしまえばいい。
悲しい心も、歌えば少し変わるかもしれない。
そんな、奇妙に前向きな曲なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Seven Seasが生まれたOcean Rain期のEcho & the Bunnymenは、バンドとしてひとつの頂点にいた。
デビュー作Crocodilesでは、鋭いポストパンクの緊張を鳴らした。
Heaven Up Hereでは、より暗く、内省的で、霧の深い音へ向かった。
Porcupineでは、冷たく硬いギターと不安定な世界観をさらに押し広げた。
そしてOcean Rainでは、彼らはストリングスを大胆に取り入れ、より壮大でロマンティックな方向へ舵を切った。
これは、ただ音を豪華にしたという話ではない。
バンドの美学そのものが変化している。
それまでのEcho & the Bunnymenは、暗い森や冷たい石壁の中で鳴っているような音を持っていた。
Ocean Rainでは、そこに海と月とオーケストラが加わる。
つまり、閉じた暗さから、開けた神話性へ向かったのだ。
Seven Seasは、その変化を最もポップに示す曲のひとつである。
Louderのニューウェイヴ/ポストパンク名盤紹介では、Ocean Rainが大胆にthe greatest album ever madeと宣伝されたことに触れつつ、Seven SeasやCrystal Daysを、Bunnymenの壮大な美学をポップに凝縮した曲として評価している。(Louder)
まさにその通りで、Seven SeasはEcho & the Bunnymenの大仰なロマンティシズムを、3分台のポップ・ソングに整えた曲である。
曲自体は非常に聴きやすい。
メロディも明快で、リズムも軽い。
シングルとして機能するだけのポップな輪郭がある。
しかし、歌詞はかなり変だ。
Echo & the Bunnymenの歌詞は、しばしば意味をまっすぐには渡さない。
Ian McCullochは、言葉の響き、イメージの飛躍、皮肉な言い回し、少し不遜な比喩を好む。
Seven Seasも、物語を説明する歌ではない。
むしろ、イメージが波のように次々と押し寄せる。
悲しみ、青、原始人、鳩、ライオン、トラ、七つの海。
それらは現実の風景というより、頭の中のカラフルな幻灯のように流れていく。
Ocean Rainの制作背景を考えると、この曲の広がりはより納得できる。アルバムは1983年から1984年にかけて制作され、初期のセッションやライブ披露を経て、パリでのオーケストラ録音を含む形で完成した。Ocean RainにはThe Killing Moon、Silver、Seven Seasという3枚のシングルが含まれ、Echo & the Bunnymenが1枚のアルバムから3枚以上のシングルを出した初めての例でもあった。(Wikipedia)
この時期の彼らは、自分たちの世界観を大きく見せることに迷いがなかった。
小さなインディー・バンドの美学ではない。
もっと劇的で、もっと過剰で、もっと美しくしようとしている。
Seven Seasの明るさは、その自信から来ている。
ただし、そこには少し照れ隠しのようなナンセンスもある。
あまりに美しいものを真正面から歌うと、甘くなりすぎる。
だから、言葉を少しひねる。
変なイメージを混ぜる。
冗談のようなフレーズを入れる。
Echo & the Bunnymenのポップは、いつも少し斜めを向いている。
Seven Seasは、その斜めの明るさがとても魅力的な曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞全文は権利保護のため掲載しない。ここでは、楽曲の主題を示す短い部分のみ引用する。歌詞はDorkなどの歌詞掲載ページで確認できる。(Dork)
Paint the whole world blue
和訳:
世界をまるごと青く塗ってしまえ
この一節は、Seven Seasの感覚をよく表している。
青は、海の色であり、空の色であり、憂鬱の色でもある。
英語でblueは、悲しみや憂鬱も意味する。
つまり、この言葉は二重に響く。
世界を青く塗る。
それは、世界を海と空の色に変えることでもある。
同時に、世界全体を憂鬱に染めることでもある。
しかしSeven Seasでは、その青が暗く沈みすぎない。
むしろ、青は開放の色でもある。
海へ出る色。
遠くへ行く色。
いまいる場所から離れて、七つの海へ向かう色。
この二重性が、Echo & the Bunnymenらしい。
悲しみを消すのではない。
悲しみごと世界を美しく塗り替える。
それが、この曲の青なのだ。
引用部分の著作権は作詞・作曲者および権利者に帰属する。ここでの引用は批評・解説を目的とした最小限の使用である。
4. 歌詞の考察
Seven Seasの歌詞は、はっきりしたストーリーを持たない。
これは、ある恋人との関係の歌なのか。
人生の高揚を歌っているのか。
世界の不条理を笑っているのか。
それとも、ただ言葉の響きを楽しんでいるのか。
おそらく、その全部である。
Echo & the Bunnymenの歌詞は、しばしば意味の断片を散らす。
聴き手はそれを拾いながら、自分なりの海図を作ることになる。
Seven Seasでは、まず悲しむ心が出てくる。
その心を、好きな指で刺すようなイメージがある。
これはかなり乱暴で、少しコミカルでもある。
悲しみに優しく触れるのではない。
刺す。
痛みを癒すために、あえて痛みを与えるような感じがある。
そのあと、世界を青く塗る。
涙の痛みを止める。
原始人が歌う。
ここで曲は、個人の悲しみから、奇妙な世界全体へ広がっていく。
悲しい心。
青い世界。
原始人の歌。
これらは論理的にはつながらない。
でも、感覚としてはつながる。
人が悲しいとき、世界の色が変わる。
涙が痛いとき、遠くから意味の分からない歌が聞こえるように感じることがある。
文明的な言葉ではなく、もっと古い、人間以前の声のようなものが聞こえる。
Seven Seasの歌詞は、そういう感情の変化をナンセンスなイメージで表しているようにも思える。
曲の中で特に重要なのは、やはり海である。
七つの海という言葉は、世界中の海を意味する古い表現でもある。
それは、地理的な広がりだけでなく、冒険や征服、旅、未知への憧れを含んでいる。
しかしEcho & the BunnymenのSeven Seasは、海を勇壮な冒険の舞台としてだけ描かない。
もっと夢っぽく、もっと色彩的だ。
七つの海を渡るというより、七つの海が頭の中に広がる。
現実の地図ではなく、感情の地図である。
Ocean Rainというアルバムにおいて、海は非常に大きなモチーフだ。
アルバム・ジャケットには、青く照らされた海の洞窟の中で小舟に乗るメンバーの姿が写っている。
このイメージは、Ocean Rain全体の音楽にぴったり合っている。
閉じた洞窟と開けた海。
暗さと光。
漂流と航海。
神秘とポップ。
Seven Seasは、その中で最も外洋へ向かう曲のように聞こえる。
The Killing Moonでは、運命に支配されるような感覚がある。
Silverでは、自分自身の救いを銀色の光の中で見つける感覚がある。
Seven Seasでは、そこからさらに外へ出る。
悲しみを青に変え、世界を海のように広げる。
この曲のポップさは、ただ明るいからではない。
悲しみを変換しているから明るいのだ。
それは、Bunnymen流の希望である。
彼らの希望は、素直ではない。
無邪気でもない。
皮肉やシュールな言葉を通してしか出てこない。
でも、そのぶん味がある。
サウンド面では、Will Sergeantのギターが大きな役割を果たしている。
彼のギターは、メロディを前面に押し出すというより、曲の周囲に光の縁取りを作る。
Seven Seasでは、そのギターが水面の反射のように聞こえる。
Les Pattinsonのベースは、曲をしっかり前へ進める。
Pete de Freitasのドラムは軽やかで、波のリズムのように推進力を与える。
そこへストリングスが加わり、曲の空間が一気に広がる。
Ian McCullochの声は、相変わらず独特だ。
彼の歌には、少し鼻にかかった響きと、演劇的な身振りがある。
彼は言葉を日常会話のようには歌わない。
どこか自分自身を神話の語り手のように扱う。
それが苦手な人もいるかもしれない。
だが、Seven Seasのような曲では、この大げささが必要である。
世界を青く塗る。
七つの海を歌う。
そんな言葉は、小さく歌うと嘘くさくなる。
McCullochは、それを堂々と歌う。
だから成立する。
この曲の面白さは、サウンドは非常に開放的なのに、歌詞はかなり奇妙なところにある。
晴れた空の下で、少し変な夢を見ているような感じだ。
Echo & the Bunnymenは、いつもポップの中に異物を入れる。
Seven Seasでも、メロディはキャッチーで、ストリングスは美しく、全体は軽快だ。
しかし言葉はどこかズレている。
このズレが、曲を長く聴けるものにしている。
普通の明るいポップ・ソングなら、数回聴けば意味が分かって終わるかもしれない。
だがSeven Seasは、聴くたびに少し違う色を見せる。
青が悲しみに聞こえる日もある。
海の開放感に聞こえる日もある。
ただの言葉遊びに聞こえる日もある。
生きることの変な喜びに聞こえる日もある。
その揺れが、この曲の魅力なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Silver by Echo & the Bunnymen
同じOcean Rainからのシングルで、Seven Seasと並んでアルバムの光の側面を担う曲である。Silverが銀色の光をまとった自己救済の歌なら、Seven Seasは青い海へ向かう開放の歌だ。どちらもEcho & the Bunnymenのポップでロマンティックな魅力がよく出ている。
- The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
Ocean Rain最大の代表曲。Seven Seasの明るさとは対照的に、こちらは月と宿命に包まれた暗く壮大な曲である。Ocean Rain期のBunnymenを理解するなら、Seven SeasとThe Killing Moonは必ず対で聴きたい。
- Ocean Rain by Echo & the Bunnymen
アルバムのラストを飾るタイトル曲。ストリングスとIan McCullochの歌が、海と雨のイメージをドラマティックに広げる。Seven Seasが外へ漕ぎ出す曲なら、Ocean Rainは夜の海の深みに沈む曲である。
- Bring on the Dancing Horses by Echo & the Bunnymen
1985年のシングルで、Echo & the Bunnymenのポップな美学がさらに洗練された楽曲である。Seven Seasのメロディアスな魅力が好きなら、この曲の流麗な80年代的輝きも響くはずだ。
- The Cutter by Echo & the Bunnymen
1983年のPorcupine収録曲で、より鋭く、冷たいBunnymenを味わえる代表曲である。Seven Seasの明るさとは違うが、Ian McCullochの声、Will Sergeantのギター、バンドの緊張感を知るには重要な一曲である。
6. 青く塗られた世界を航海する、Ocean Rainの開放的な名曲
Seven Seasは、Echo & the Bunnymenの中でも非常に聴きやすい曲である。
メロディは明るい。
テンポは軽い。
ストリングスは美しい。
シングルとしてもよくできている。
しかし、ただの明るい曲ではない。
この曲の中には、Echo & the Bunnymen特有のひねりがしっかりある。
言葉は少し変だ。
イメージは飛ぶ。
歌い方は大げさで、どこか皮肉っぽい。
海の開放感の中にも、青い憂鬱が混ざっている。
この混ざり方が、Seven Seasを特別にしている。
Echo & the Bunnymenの魅力は、暗さとポップさを分けないところにある。
暗い曲は徹底的に暗いが、明るい曲にも影がある。
逆に、暗い曲の中にも美しい光がある。
Seven Seasでは、その光が比較的強く出ている。
世界を青く塗る。
その青は、空であり、海であり、憂鬱でもある。
この三つが同時に鳴っている。
だから、この曲は気分によって違って聞こえる。
晴れた日に聴けば、海へ向かう曲になる。
落ち込んだ日に聴けば、悲しみを色に変える曲になる。
夜に聴けば、Ocean Rainの青い洞窟の中で波音を聞いているような曲になる。
1984年の英国ロックにおいて、Ocean Rainはかなり独自の位置にある。
ポストパンクの鋭さを保ちながら、オーケストラを取り入れ、ロマンティックなスケールへ向かった作品だった。
その中でSeven Seasは、アルバムの壮麗な美学を最も軽やかに聴かせる曲のひとつである。
The Killing Moonが深い夜なら、Seven Seasは夜明け前の海である。
まだ太陽は昇りきっていない。
でも、水平線が少し明るい。
波の上に青い光が広がっている。
この曲には、そういう時間が流れている。
UKチャートで最高16位という成績も、当時のEcho & the Bunnymenのポップ・バンドとしての存在感を示している。(Wikipedia) 彼らはただのカルト・バンドではなかった。
暗く、詩的で、気難しい部分を持ちながら、きちんとシングルとして届く曲も作れるバンドだった。
Seven Seasは、その証明である。
ただし、商業的なポップさに完全に寄っているわけではない。
ここが大事だ。
Echo & the Bunnymenは、聴きやすくなっても、自分たちの奇妙さを捨てない。
歌詞のナンセンスな手触り、McCullochの気取った声、Sergeantのきらめきながら冷たいギター。
そうしたものが残っているから、曲はただの80年代ポップにならない。
Seven Seas by Echo & the Bunnymenは、青い世界を航海するような開放感と、言葉の奇妙な揺らぎが同居した名曲である。
七つの海という大きな言葉を使いながら、曲は勝利の航海ではなく、感情の色を変える旅として響く。
悲しみを消すのではない。
世界を青く塗り替える。
その青の中に、海も、空も、涙も、希望もある。
Echo & the Bunnymenは、そのすべてを3分少しのポップ・ソングに閉じ込めた。
だからSeven Seasは、今も軽やかに、そして少し不思議に光っている。

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