
発売日:2017年12月15日
ジャンル:オルタナティヴ・ヒップホップ、ファンク、エレクトロ、ロック、R&B、ポップ、実験的ダンス・ミュージック
概要
N.E.R.Dの5作目となる『No One Ever Really Dies』は、Pharrell Williams、Chad Hugo、Shay Haleyによるグループが、2010年代後半の政治的・社会的緊張を背景に、ファンク、ヒップホップ、ロック、エレクトロ、ポップを混在させながら作り上げた、極めてエネルギッシュで混沌としたアルバムである。N.E.R.Dという名前自体が「No-one Ever Really Dies」の略であり、本作のタイトルはグループ名の意味を改めて前面に押し出している。つまりこのアルバムは、単なる復帰作や新作というだけでなく、N.E.R.Dというプロジェクトの理念を再提示する作品でもある。
N.E.R.Dは、The Neptunesとして1990年代末から2000年代にかけてポップ、R&B、ヒップホップのサウンドを大きく変えたPharrell WilliamsとChad Hugoを中心に、Shay Haleyを加えたグループである。The Neptunesがプロデューサー・チームとして、Britney Spears、Clipse、Justin Timberlake、Snoop Dogg、Kelis、Nelly、Jay-Zなどに革新的なビートを提供した一方、N.E.R.Dは彼ら自身のバンド的な表現の場として機能してきた。ヒップホップのビート、ロックの衝動、ファンクの身体性、スケート・カルチャーやストリートの自由さを組み合わせることで、従来のジャンル分類からはみ出す音楽を作ってきた。
デビュー作『In Search Of…』では、The Neptunes的なミニマルなビートをロック・バンド編成で再構築し、2000年代初頭のオルタナティヴ・ポップ/ヒップホップに大きな影響を与えた。『Fly or Die』では、よりロックとサイケデリックな要素を拡張し、『Seeing Sounds』ではリズムと色彩感覚をさらに押し広げた。2010年の『Nothing』以降、しばらくアルバムとしての活動は途切れていたが、2017年に登場した『No One Ever Really Dies』は、N.E.R.Dが再び時代の中心的な不安と騒音に反応した作品である。
本作の特徴は、ゲスト陣の豪華さと、その配置の大胆さにある。Rihanna、André 3000、Kendrick Lamar、M.I.A.、Future、Gucci Mane、Wale、Ed Sheeranといった、ジャンルも世代も異なるアーティストが参加している。しかし本作は、単なるスター客演の寄せ集めではない。それぞれのゲストは、N.E.R.Dが作り出す不安定で騒がしい音空間の中に投げ込まれ、普段とは異なる役割を担う。特にRihannaがラップを披露する「Lemon」、Kendrick Lamarが政治的緊張を増幅させる「Don’t Don’t Do It!」と「Kites」、André 3000が長大で複雑なヴァースを展開する「Rollinem 7’s」は、本作の強い個性を形作っている。
2017年という時代背景も重要である。アメリカでは政治的分断、人種差別、警察暴力、移民問題、ポピュリズム、SNSによる世論の過熱が日常化し、ポップ・ミュージックもその緊張から無縁ではいられなかった。『No One Ever Really Dies』は、そうした状況を正面から整然と分析するアルバムではない。むしろ、混乱した社会のノイズ、怒り、享楽、恐怖、抵抗、情報過多を、そのまま音楽の構造に取り込んでいる。ビートはしばしば過剰で、音は詰め込まれ、曲の展開は予測不能である。これは単なる乱雑さではなく、時代の落ち着かなさを音で表現する方法である。
Pharrell Williamsは、2010年代に「Happy」の世界的ヒットによって、明るく洗練されたポップ・アイコンとして広く認識された。しかし『No One Ever Really Dies』におけるPharrellは、そのイメージから大きく離れ、より挑発的で、攻撃的で、不穏な表現へ戻っている。高い声、奇妙なフック、掛け声、リズムへの執着、反復される言葉は、N.E.R.D初期からの特徴であるが、本作ではそれが政治的な苛立ちと結びついている。Chad Hugoの持つ音響的な奇妙さ、Shay Haleyのバンド的な存在感も加わり、アルバム全体は非常に立体的で、落ち着きのないサウンドになっている。
本作は、ヒップホップのアルバムでありながら、一般的なラップ・アルバムとは大きく異なる。ロックでもあり、ファンクでもあり、ダンス・ミュージックでもあり、パンク的な衝動も持つ。N.E.R.Dの音楽は、常にジャンルの境界を曖昧にしてきたが、『No One Ever Really Dies』ではその姿勢がさらに先鋭化している。整ったアルバムというより、抗議デモ、クラブ、ストリート、SNS、パーティー、暴動、ニュース映像が同時に流れ込んでくるような作品である。
全曲レビュー
1. Lemon feat. Rihanna
「Lemon」は、本作の幕開けを飾る強烈な楽曲であり、N.E.R.Dの復帰を広く印象づけたシングルである。最大の話題は、Rihannaが歌ではなくラップを披露している点である。彼女のヴァースは、冷たく、余裕があり、挑発的で、楽曲全体の緊張感を一気に引き上げている。PharrellのフックとRihannaのラップが交差することで、曲は通常のポップ・ソングの構造を超え、ストリートの掛け合いのような生々しさを持つ。
サウンドは非常にミニマルでありながら、強い圧力を持っている。乾いたビート、うねるベース、反復される声、鋭いパーカッションが組み合わされ、身体を直接揺さぶる。The Neptunes以来の特徴である、少ない音数で強烈なグルーヴを作る技術がここでも発揮されている。ただし、2000年代のNeptunesサウンドよりも、音の質感はさらに荒く、攻撃的である。
歌詞では、成功、富、視線、自己主張、社会の不均衡が断片的に扱われる。「Lemon」というタイトルは一見軽く、ポップな響きを持つが、曲の中身は甘くない。Rihannaのラップには、女性アーティストがポップ・スターとして消費される視線を逆手に取り、自ら支配的な語り手となる力がある。彼女は客演でありながら、曲の中心を奪うほどの存在感を持つ。
「Lemon」は、本作全体の方向性を端的に示している。ポップでありながら不穏、踊れるが攻撃的、スター性がありながらストリートの荒さを持つ。この曲によって、N.E.R.Dは単なる懐古的な復活ではなく、2017年の騒がしい空気に即した形で戻ってきたことを示した。
2. Deep Down Body Thurst
「Deep Down Body Thurst」は、タイトルからして身体性を強く打ち出した楽曲である。「body thrust」という言葉には、身体を突き動かす衝動、ダンス、性的エネルギー、攻撃性が含まれる。しかし、曲は単なるパーティー・トラックではなく、社会的な不安や政治的な怒りを身体の動きと結びつけるように構成されている。
サウンドは、ファンクとロックとヒップホップが混ざったN.E.R.Dらしいものになっている。リズムは跳ね、ベースは太く、ヴォーカルは断片的に飛び交う。Pharrellの高い声は、メロディを滑らかに歌うというより、ビートの中で叫びや信号のように機能する。曲全体には、デモの群衆とクラブの熱気が同時に存在するような感覚がある。
歌詞では、現代社会の混乱や政治的緊張が示唆される。身体を動かすことは、ここでは単なる娯楽ではなく、抑圧されたエネルギーを解放する行為でもある。N.E.R.Dの音楽において、ダンスはしばしば逃避と抵抗の両方を意味する。この曲でも、踊ることは現実から目を背ける行為であると同時に、現実に対して身体で反応する行為である。
「Deep Down Body Thurst」は、本作の中心的なテーマである「混乱した世界の中で身体はどう反応するのか」を示す楽曲である。歌詞だけでなく、リズムそのものが政治的な苛立ちを帯びている点が重要である。
3. Voila feat. Gucci Mane and Wale
「Voila」は、Gucci ManeとWaleをフィーチャーした楽曲であり、本作の中では比較的陽性のエネルギーを持つ。タイトルの「Voila」は、何かを提示する時の言葉であり、成功や変身、成果を誇示するニュアンスを含む。N.E.R.Dらしい奇妙なビートの上で、ゲスト陣がそれぞれのスタイルを展開する。
サウンドは軽快だが、単純に滑らかではない。リズムは細かく跳ね、音の配置にはN.E.R.D特有のずれがある。通常のトラップやポップ・ラップのビートとは違い、グルーヴが少し斜めに進むような感覚があり、そこにアルバム全体の実験性が表れている。
Gucci Maneは、復帰後の落ち着きと余裕を感じさせるヴァースを展開し、Waleはより言葉数の多いラップで曲にアクセントを加える。Pharrellのフックは明るいが、どこか奇妙な軽さがあり、曲全体をポップにまとめながらも、完全には予測可能なものにしない。
歌詞の中心には、成功、自己実現、見せつけることの快感がある。ただし本作の文脈では、その成功も単純な勝利ではない。社会が混乱する中で、個人が何かを成し遂げ、それを「見ろ」と提示することには、祝祭と虚勢の両方がある。「Voila」は、重いテーマが多いアルバムの中で、成功の快楽とその不安定さを同時に響かせる楽曲である。
4. 1000 feat. Future
「1000」は、Futureをフィーチャーした、アルバム中でも特に攻撃的で騒然とした楽曲である。タイトルの「1000」は、規模、過剰、量の増幅を示す数字として機能している。曲自体も、音数、エネルギー、声、ビートの圧力が過剰に詰め込まれており、N.E.R.Dの混沌とした側面が強く出ている。
Futureの参加は非常に効果的である。彼のオートチューンを通した声は、メロディとラップの境界を曖昧にし、曲に不気味な浮遊感を与える。Futureは2010年代トラップの中心的存在であり、彼の声が入ることで、N.E.R.Dの実験的ファンクは現代のヒップホップの暗い感覚と接続される。
サウンドは荒く、緊張感がある。ビートは暴力的で、反復されるフレーズは聴き手を圧迫する。ここには、従来のポップな心地よさは少ない。むしろ、過剰な情報、過剰な欲望、過剰な刺激にさらされる現代の感覚がそのまま音になっている。
歌詞では、金、力、速度、成功、危険が断片的に描かれる。数字としての「1000」は、単なる多さだけでなく、限度を超えることを示している。N.E.R.Dはこの曲で、現代ヒップホップの誇示的な言語を取り込みながら、それを不安定で過密な音響へ変換している。「1000」は、快楽と暴力が分かちがたく結びついた本作の重要曲である。
5. Don’t Don’t Do It! feat. Kendrick Lamar
「Don’t Don’t Do It!」は、本作の中でも最も政治的な重みを持つ楽曲のひとつである。Kendrick Lamarをフィーチャーしたこの曲は、警察暴力、とりわけ黒人が警察に殺害される現実を背景にしている。タイトルの「Don’t Don’t Do It!」は、誰かが危険な状況に向かうのを止めようとする切迫した叫びのように響く。
曲の着想には、警察による黒人男性の射殺事件が関係しているとされ、歌詞全体には、日常の一瞬が死に変わるアメリカ社会の不条理が刻まれている。N.E.R.Dはこのテーマを、重苦しいバラードとしてではなく、跳ねるようなビートと混乱したフックの中で表現する。ここが重要である。現実の暴力は、静かに語られるだけでなく、突然の混乱、叫び、反復として体感される。
Kendrick Lamarのヴァースは、曲に強い緊張を与える。彼は『DAMN.』でも暴力、信仰、アメリカの偽善を扱っていたが、ここでもその鋭さが発揮される。Kendrickのラップは、個人的な怒りと社会的な批判を同時に含み、曲のテーマを一段深いものにしている。
サウンドは、明るく跳ねる要素を持ちながら、内容は極めて重い。この矛盾は、N.E.R.Dらしい表現である。彼らは社会問題をストレートな説教として提示するのではなく、踊れる音楽の中に暴力の恐怖を埋め込む。その結果、聴き手は楽しさと不快感を同時に感じる。「Don’t Don’t Do It!」は、本作の政治的核心を担う楽曲である。
6. ESP
「ESP」は、超感覚的知覚を意味する言葉であり、直感、予感、見えない情報の受信を連想させる楽曲である。本作全体が、ニュース、SNS、社会不安、身体の衝動、集団心理のような見えない力に満ちていることを考えると、このタイトルは非常に象徴的である。
サウンドは、N.E.R.Dらしいファンクの身体性とエレクトロの奇妙さが混ざっている。リズムは軽快だが、音色にはどこか不穏な感覚がある。曲は過度に重くならず、むしろ踊れる要素を持つが、その奥には落ち着かない空気が漂っている。
歌詞では、直感的に何かを感じ取ること、他者の意図や社会の流れを先に察知することが示唆される。現代社会では、情報は常に流れているが、その意味を正確に理解することは難しい。人々はニュースやSNSの断片から、危険や流行や敵意を直感的に読み取ろうとする。「ESP」は、そうした情報過多の時代の感覚を音楽化している。
この曲は、アルバムの中で大きなシングル的存在ではないが、N.E.R.Dの持つ神経質なファンク感覚をよく示している。見えないものに反応する身体、予感によって動くリズム、理屈より先に鳴るビート。そうした要素が、この曲の中心にある。
7. Lightning Fire Magic Prayer
「Lightning Fire Magic Prayer」は、タイトルからして儀式的で、自然現象と霊性が結びついた楽曲である。雷、火、魔法、祈りという言葉が並ぶことで、曲は単なるポップやヒップホップを超えた、呪術的な雰囲気を持つ。本作の中でも特にサウンドの変化が大きく、N.E.R.Dの実験性が強く表れた楽曲である。
曲は長めの構成を持ち、前半と後半で印象が変化する。ビートは儀式的で、反復される声やリズムがトランス的な効果を生む。N.E.R.Dはここで、クラブ・ミュージック、ファンク、祈り、サイケデリックな感覚を混ぜ合わせている。音楽はただ聴くものではなく、身体と精神を変化させる儀式のように機能する。
歌詞では、破壊と再生、力、祈り、超自然的なイメージが交錯する。現代社会の混乱に対して、合理的な言葉だけでは対応できないという感覚がある。雷や火は破壊の象徴であると同時に、浄化や変化の象徴でもある。祈りは救いを求める行為であり、魔法は現実を変えたいという願望を示す。
「Lightning Fire Magic Prayer」は、本作の中でも特に抽象的で、ジャンル分類が難しい曲である。しかし、その難しさこそがN.E.R.Dらしさである。社会的な怒りを直接語る曲がある一方で、この曲のように、音とリズムによって混乱した世界を呪術的に処理しようとする楽曲もある。本作の精神的な深部を担う重要曲である。
8. Rollinem 7’s feat. André 3000
「Rollinem 7’s」は、André 3000をフィーチャーした楽曲であり、本作の中でも特に言葉の密度と奇妙なグルーヴが際立つ。André 3000はOutKast以降、ヒップホップにおける最も独創的なラッパーの一人として評価されており、この曲でもその予測不能なフロウと比喩の豊かさが強烈な存在感を放っている。
サウンドは、N.E.R.Dらしいファンクの歪みとヒップホップのビート感が混ざったものになっている。リズムは直線的ではなく、声がビートの上を自由に跳ねる余地を持つ。これはAndré 3000のラップと非常に相性がよく、彼のヴァースは曲の中でほとんど別次元のように展開する。
タイトルの「Rollinem 7’s」は、サイコロ、賭け、運、ストリートの遊び、危険な偶然を連想させる。数字の7は幸運の象徴でもあり、ギャンブルや運命の感覚と結びつく。曲全体には、現代社会を生きることの賭けのような感覚が漂っている。成功も失敗も、技術だけでなく運やタイミングに左右される。
André 3000のヴァースは、ユーモア、哲学、自己認識、社会観察が複雑に入り混じっている。彼のラップは、単なる客演の華やかさではなく、曲全体を知的に拡張する役割を持つ。N.E.R.Dの混沌とした音空間に、彼の言葉が加わることで、楽曲はさらに多層的になる。「Rollinem 7’s」は、本作の中でもラップ表現の面で特に重要な曲である。
9. Kites feat. Kendrick Lamar and M.I.A.
「Kites」は、Kendrick LamarとM.I.A.をフィーチャーした楽曲であり、本作の政治的・国際的な視野が最も明確に表れた一曲である。タイトルの「Kites」は凧を意味し、空に浮かぶ自由なもの、国境を越えるもの、あるいは外から監視されるものとして解釈できる。M.I.A.の参加によって、移民、国境、戦争、グローバルな不平等といったテーマがより強く浮かび上がる。
サウンドは、ダンスホール、エレクトロ、ヒップホップ、ワールド・ビート的な要素が混ざった非常にハイブリッドなものになっている。N.E.R.Dの音楽はもともとジャンル横断的だが、この曲ではその姿勢が国際的な政治性と結びつく。リズムは踊れるが、そこには祝祭だけでなく、移動や逃走の緊張もある。
Kendrick Lamarのヴァースは、アメリカ内部の人種的・政治的緊張を持ち込み、M.I.A.は国境を越える視点を加える。M.I.A.は自身の作品で移民、難民、戦争、グローバル資本主義を扱ってきたアーティストであり、この曲でもその存在が大きな意味を持つ。彼女の声は、N.E.R.Dのアメリカ的なストリート感覚を、より広い世界の問題へ接続する。
歌詞では、自由に飛ぶことへの願望と、それを妨げる国家、制度、視線が示唆される。凧は空を飛ぶが、糸につながれている。このイメージは、自由と制約の二重性をよく表している。「Kites」は、アルバムの中でも特にスケールの大きな楽曲であり、本作がアメリカ国内の混乱だけでなく、世界的な移動と不平等を意識していることを示している。
10. Secret Life of Tigers
「Secret Life of Tigers」は、本作の最後を飾る楽曲であり、タイトルからして寓話的で、動物的なイメージを持つ。虎は力、野性、孤独、危険、美しさの象徴である。「Secret Life」という言葉が加わることで、表には見えない本能や欲望、隠された生活がテーマとして浮かび上がる。
サウンドは、アルバムの終曲らしく、どこか奇妙な余韻を残す。N.E.R.Dの音楽におけるファンクの身体性と、サイケデリックな感覚が混ざり、最後まで整然とした結論には向かわない。むしろ、アルバム全体の混乱が静かに別の形へ変化するような印象を与える。
歌詞では、虎の秘密の生活という比喩を通じて、人間の内側にある野性や孤独が示唆される。社会的な役割や文明的な言葉の下には、説明しきれない本能がある。これは、本作全体の身体性ともつながる。N.E.R.Dは、政治や社会問題を扱いながらも、人間を理性的な存在としてだけでは見ない。人間は踊り、怒り、欲望し、逃げ、吠える存在でもある。
終曲として「Secret Life of Tigers」は、明確な救済や結論を提示しない。むしろ、アルバム全体を通じて鳴らされてきた混乱、怒り、快楽、抵抗の奥に、まだ言語化されていない野性が残っていることを示す。『No One Ever Really Dies』は、最後まで整えられたメッセージに収束しない。その不完全さが、作品の生々しさにつながっている。
総評
『No One Ever Really Dies』は、N.E.R.Dのディスコグラフィの中でも特に政治的で、騒がしく、過密なアルバムである。『In Search Of…』がロックとヒップホップの境界を壊し、『Fly or Die』がバンド的な広がりを追求し、『Seeing Sounds』がリズムと感覚の爆発を描いた作品だとすれば、本作はそれらの要素を2017年の社会不安の中へ投げ込んだ作品である。
本作の最大の特徴は、整然としたメッセージよりも、混乱そのものを音楽化している点にある。警察暴力、人種問題、移民、成功、欲望、身体、祈り、スター性、抵抗。これらのテーマは、一つの明確な主張へ整理されるのではなく、次々に衝突する。ビートは跳ね、声は重なり、ゲストは入れ替わり、曲の展開はしばしば予測不能である。この過剰さは、現代社会の情報量と緊張を反映している。
N.E.R.Dの音楽は、常にジャンルをまたいできた。本作でも、ヒップホップ、ファンク、ロック、エレクトロ、ダンスホール、ポップ、R&Bが混ざっている。ただし、その混ざり方は滑らかな融合ではない。むしろ、異なる音がぶつかり合い、摩擦を起こすことでエネルギーを生む。これは、The Neptunesとしての洗練されたプロデュースとは異なる、N.E.R.Dならではの荒々しい魅力である。
ゲスト陣の使い方も非常に重要である。Rihannaは「Lemon」でポップ・スターの枠を超えたラップの存在感を示し、Kendrick Lamarは「Don’t Don’t Do It!」と「Kites」で政治的緊張を引き上げる。M.I.A.は国境や移民のテーマを持ち込み、André 3000は「Rollinem 7’s」で言葉の複雑さと自由さを加える。Futureや Gucci Mane、Waleも、それぞれ現代ヒップホップの異なる感覚を持ち込んでいる。これらの客演は単なる装飾ではなく、アルバム全体を多声的なものにしている。
Pharrell Williamsの存在も、本作では非常に興味深い。彼は2010年代にポップ・カルチャーの明るい顔として広く認識されたが、本作ではそのイメージを裏切るように、より騒がしく、政治的で、身体的な表現へ向かっている。彼の高い声や奇妙なフックは、時に子どものように無邪気であり、時に不気味であり、時に抗議の掛け声のように響く。Chad Hugoのサウンド・デザインは、曲に奇妙な歪みと立体感を与え、Shay Haleyの存在は、N.E.R.Dを単なるPharrellの別名義ではなく、グループとして成立させている。
歌詞面では、本作は直接的な政治批評と、身体的・感覚的な表現が混ざっている。「Don’t Don’t Do It!」のように警察暴力を扱う曲もあれば、「Deep Down Body Thurst」や「1000」のように、身体の衝動や過剰な刺激を前面に出す曲もある。「Kites」では国境や自由の問題が示唆され、「Lightning Fire Magic Prayer」では祈りや儀式の感覚が現れる。これらは一見ばらばらだが、根底には「現代社会の圧力に対して、身体と声はどう反応するのか」という問いがある。
本作は、万人にとって聴きやすいアルバムではない。曲はしばしば騒がしく、展開は荒く、ポップなメロディが長く続くわけでもない。『In Search Of…』のような明確なロック/ヒップホップの融合や、『Fly or Die』のような比較的親しみやすいソングライティングを期待すると、本作の過密さは戸惑いを生む。しかし、その戸惑いこそが『No One Ever Really Dies』の本質でもある。これは安定した時代のアルバムではなく、落ち着かない時代のアルバムである。
日本のリスナーにとって、本作はN.E.R.Dを「Pharrellのバンド」や「The Neptunesの別プロジェクト」としてだけでなく、現代の混乱を音楽的に受け止める実験的なグループとして理解するための重要作である。ヒップホップ、ファンク、ロック、ポップの境界を越えた音楽に関心があるリスナーにとって、本作は非常に刺激的である。また、Kendrick LamarやM.I.A.、André 3000といったアーティストの政治的・言語的表現に関心がある場合にも、本作は多くの接点を持つ。
『No One Ever Really Dies』は、死なないもの、消えないものについてのアルバムである。暴力の記憶、差別への怒り、身体の衝動、音楽の反復、ストリートの声、祈り、抵抗。それらは形を変えて残り続ける。タイトルが示す通り、誰も本当には死なない。声も、記憶も、リズムも、怒りも、どこかで生き続ける。N.E.R.Dはその考えを、整った理論ではなく、過剰なビートと叫びとゲストの声によって表現した。混乱した時代にふさわしい、荒々しくも生命力に満ちたアルバムである。
おすすめアルバム
1. In Search Of… by N.E.R.D
N.E.R.Dのデビュー作であり、グループの基本的な美学を理解するうえで最も重要なアルバム。ヒップホップのビート、ロック・バンドの演奏、ファンクのグルーヴ、スケート・カルチャー的な自由さが結びついている。『No One Ever Really Dies』の混沌としたジャンル横断性の原点を確認できる作品である。
2. Seeing Sounds by N.E.R.D
2008年発表の3作目。タイトル通り、音を視覚や感覚と結びつけるようなカラフルで過剰な作品であり、『No One Ever Really Dies』の騒がしさやリズムの複雑さに通じる。よりポップで遊び心が強いが、N.E.R.Dの身体的なビート感と実験精神を理解するうえで重要である。
3. To Pimp a Butterfly by Kendrick Lamar
Kendrick Lamarの代表作であり、ジャズ、ファンク、ソウル、ヒップホップを融合しながら、黒人文化、アメリカ社会、人種問題、自己葛藤を壮大に描いたアルバム。『No One Ever Really Dies』の政治性やファンク的な身体性と深く響き合う。Kendrickが本作で担う役割を理解するためにも有効な比較対象である。
4. Kala by M.I.A.
M.I.A.の代表作であり、ヒップホップ、ダンスホール、エレクトロ、ワールド・ビート、政治的メッセージを混ぜ合わせた重要作。移民、国境、グローバル資本主義、戦争の影が、踊れるビートの中に埋め込まれている。『No One Ever Really Dies』の国際的・政治的な混沌と強く関連する作品である。
5. Speakerboxxx/The Love Below by OutKast
OutKastによる二枚組の大作で、ヒップホップ、ファンク、ソウル、ロック、ポップ、サイケデリアを自由に横断している。André 3000の実験精神や、ジャンルの境界を壊す姿勢は、N.E.R.Dの音楽とも深く共鳴する。『No One Ever Really Dies』の多彩さやゲスト参加の意味を考えるうえで重要なアルバムである。

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