発売日: 2002年10月15日
ジャンル: ポップ、アコースティックロック、オルタナティブ・ポップ
概要
『Waiting for My Rocket to Come』は、Jason Mrazが2002年に発表したメジャーデビューアルバムであり、ユーモラスなリリックと高い即興性を特徴とするアコースティック・ポップの代表作である。
カリフォルニアを拠点に活動していたMrazは、地元のライブシーンを通じて人気を高め、同アルバムによって一躍全国区へと躍り出た。
作品タイトルの「ロケットを待つ」という比喩には、自身のキャリアのブレイクスルーを待ち望む気持ちが込められており、実際にそのロケットは「The Remedy (I Won’t Worry)」というスマッシュヒットとともに到来した。
この時代、John MayerやJack Johnsonといったアコースティック・シンガーソングライターが台頭しており、Jason Mrazもまたその潮流の一角を担っていたが、彼の音楽にはより多くのジャズ的要素、ラップ的リズム、スキャットの要素が混在している点が独特である。
このアルバムは、アコースティック・ポップというジャンルにおいて、テクニカルなボーカルと詩的でありながらユーモアを忘れない歌詞表現の可能性を提示した作品として記憶されている。
全曲レビュー
You and I Both
軽快なアコースティックギターと滑らかなスキャットが印象的な、アルバム冒頭を飾る楽曲。
別れた恋人への思いを回想する内容で、「言葉にすればするほど伝わらない」というテーマが込められている。
Mraz特有の口語的な言い回しが、聴き手との距離を縮める導入曲となっている。
I’ll Do Anything
軽やかなファンクとポップが混ざり合ったサウンド。
「君のためなら何でもする」という直球の愛の表現を、過剰なセンチメンタリズムに陥らず、ユーモアとリズムで彩っている。
ステージ上での即興性を想起させる構成も興味深い。
The Remedy (I Won’t Worry)
アルバムの中心曲にして、Mrazの名を広めた大ヒット曲。
友人のガン闘病をテーマにしながらも、「心配しない」というフレーズで希望を語る構成がユニークである。
メジャーコードを基調とした明るいメロディと、コーラスの高揚感が印象的な応援歌的楽曲。
Who Needs Shelter
環境や物質的な豊かさよりも内面的な充足を優先すべきだという、現代的な哲学を描いた曲。
スティールパンの音色やパーカッションの使い方から、レゲエ的な軽やかさを感じさせる。
Curbside Prophet
自己紹介的な内容で、Mrazの語り口の妙が光るラップ調のトラック。
アメリカ南部の街角の風景を彷彿とさせる語りが印象的で、ライヴの定番曲としても人気が高い。
「即興芸術家としてのJason Mraz」を象徴する楽曲である。
Sleep All Day
音数を抑えたルーズなリズムが特徴的な、都会的なチル感をもつトラック。
一日中眠って過ごすという怠惰を肯定するかのような内容だが、その裏には現代人の疲弊した心への癒しの視点があるようにも思える。
Too Much Food
「食べ過ぎ」に見立てて、欲望や満足感について語る風刺的な歌。
ファンクベースのグルーヴと、早口気味のヴォーカルが絶妙に絡む構成で、ライヴでのパフォーマンスを意識している点がうかがえる。
Absolutely Zero
アルバム内でも特にメロウで、切ないバラード。
終わった恋に対する無力感や虚無を、ピアノとストリングスのシンプルな伴奏とともに歌い上げる。
アルバムの中で唯一、深い静けさと孤独を描くトーンが異質であり、作品全体の構成における「転」の役割を果たす。
On Love, In Sadness
愛と悲しみという表裏一体の感情を、エネルギッシュなアコースティックサウンドで描いた楽曲。
この曲においても、言葉遊びとリズミカルなアプローチが印象的で、聴き応えがある。
No Stopping Us
躍動感あふれるポジティブなトラックで、若者らしい無敵感を歌う。
「僕たちを止めるものは何もない」というメッセージには、当時のMraz自身の状況とも重なるリアリティがある。
バックには軽快なブラスやストンプ的リズムが敷かれており、ライヴ映えする一曲。
The Boy’s Gone
別れを受け入れる瞬間を淡々と綴ったクロージングトラック。
過剰な感情表現を避け、静かにフェードアウトするような構成が、アルバム全体の余韻を深めている。
総評
『Waiting for My Rocket to Come』は、Jason Mrazというアーティストのポテンシャルを最大限に引き出し、ポップ・ロックの文脈に“即興性”と“語り”を持ち込んだ先駆的作品である。
彼の声の柔軟さ、滑舌の良さ、そして何よりも「言葉を操るセンス」がこのアルバム全体に脈打っており、ラジオやカフェ、路上ライヴといったあらゆる空間にフィットする普遍性と親密さが同居している。
多くの楽曲は明るく軽快でありながら、歌詞の中では病、別れ、孤独、欲望といったテーマにも触れられており、そこには単なる“爽やかさ”に収まらない深さがある。
また、即興的な語り口はアルバム全体を通じて一貫しており、聴き手との距離を縮め、まるで隣で語られているような親近感を生む。
このアルバムは、Jason Mrazが「語り部」としての才能をどれだけ備えているかを示す証明であり、ポップの枠を拡張する一手だったと言える。
これから音楽の道を進む若者にとっての希望の象徴でもあり、「ロケットを待ち続けるすべての人々」に贈られた作品でもあるのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- John Mayer / Room for Squares
同じ2000年代初頭に登場したシンガーソングライターで、アコースティックとポップの融合が近い。 - Jack Johnson / Brushfire Fairytales
よりリラックスしたサウンドと自然志向のリリックが特徴。Mrazの軽やかさとは別方向で共感性が高い。 - Ben Harper / Diamonds on the Inside
ソウルやフォークの要素を取り入れたアコースティック作品で、メッセージ性も強い。 - Norah Jones / Come Away with Me
ジャズ寄りの柔らかなサウンドで、2002年という同時代の空気を共有する。 - Train / Drops of Jupiter
ポップ・ロックの中に抒情性と宇宙的比喩を盛り込んだ歌詞が、Mrazの世界観と重なる。
制作の裏側（Behind the Scenes）
本作はサンディエゴを拠点としたインディーシーンで磨かれた演奏技術とライブ感覚が基礎となっている。
プロデューサーはJohn Alagíaで、彼はDave Matthews BandやJohn Mayerの作品にも関わっており、その経験がMrazのポップセンスを開花させる後押しとなった。
アルバムのサウンドは決してスタジオで完璧に練られたというより、ライブハウスで生まれたフレーズや空気感をそのまま持ち込んだようなラフさが魅力であり、それが「等身大の語り手」としての彼の印象を強くしている。
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