発売日: 2021年2月12日
ジャンル: R&B、ソウル、アーバン・ポップ、ゴスペル
概要
『On Earth, and in Heaven』は、Robin Thickeが2021年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、彼の音楽キャリアと私生活において“喪失”と“再生”を象徴する最もスピリチュアルで成熟した作品である。
本作は、彼が愛する人々──父アラン・シック、師的存在アンドレ・ハレル、そして亡き友人たち──に捧げたパーソナルなアルバムであり、そのタイトルが示すように、「この世とあの世」の両方に思いを馳せながら紡がれている。
サウンド面では、R&B、ゴスペル、アコースティックソウル、ファンクを取り入れながら、あくまでThickeの“声”と“感情”が主軸に据えられている。
一時のセンセーショナルな時期(『Blurred Lines』『Paula』)を経て、ここでのThickeは静かに自らを見つめ直し、「愛と許しの力」を誠実に伝えている。
“音楽で人を癒す”という本来のソウルミュージックの本質が、彼の等身大の表現として立ち上がる1枚である。
全曲レビュー
Lucky Star
アルバムの幕開けを飾るスムースなR&Bナンバー。
亡き父に捧げられたこの楽曲では、星となった愛する存在が、いまでも自分を導いてくれているという感謝が込められている。
温かく包み込むようなコーラスが印象的。
Beautiful
柔らかいピアノと穏やかなグルーヴに乗せて、「人生は痛みもあるが、美しい」と歌うバラード。
彼のファルセットが穏やかに希望を語りかける。
Grow Old With You
結婚や家族をテーマにした、誠実な愛の宣言。
「君と老いることが僕の夢だった」と歌う、愛と人生の時間をテーマにした佳曲。
The Things You Do
ソウルフルでミッドテンポなグルーヴが心地よいラブソング。
シンプルな言葉で恋人への感謝を綴り、演奏も控えめながらエモーショナル。
Out of My Mind
喪失感と自己反省が交錯するミッド・バラード。
愛する人を失ったあと、自分の過ちと向き合う内省的なトーン。
That’s What Love Can Do
本作でもっともゴスペル的な楽曲のひとつ。
「愛があれば、人は変われる」という信念をストレートに伝える、救済と希望のアンセム。
コーラスが高揚感を引き上げ、リスナーの心にも光を届ける。
Look Easy
ゆったりとしたファンク調のナンバーで、困難の中でも前向きに生きようとする姿勢が描かれる。
「僕は簡単に見せてるけど、本当は必死なんだ」という率直な言葉が胸に響く。
Take Me Higher
Pharrell Williamsとの共作。
ダンサブルなファンク・チューンで、アルバムの中では異彩を放つハイテンポトラック。
感情の浄化を“高みへ連れていく”という比喩で表現。
Forever My Love
家族への感謝と深い愛情を歌う美しいバラード。
「永遠に君を愛している」という普遍的なメッセージを、シンプルな構成で届けてくる。
Ain’t No Hat 4 That(New Version)
過去作のセルフカバー。
「バカなことに帽子は似合わない」という皮肉と愛嬌を込めた曲で、過去を笑い飛ばすような軽さが加わっている。
総評
『On Earth, and in Heaven』は、Robin Thickeがスターという立場を超えて、“人間としての声”を紡いだアルバムである。
ここには派手な演出も、過度なフェティッシュもない。
代わりにあるのは、喪失と再生の物語、そして「愛する人に何を伝えたいか」という根源的な問いへの答えだ。
Thickeのボーカルは過去作以上に柔らかく、敬虔で、説得力がある。
ファルセットの使い方も洗練され、メロディとリリックに一貫した誠実さが宿る。
全体としてアルバムは内省的でスロウだが、それが「静かなる救済」をもたらしている。
キャリアのなかで最も控えめで、最も正直な作品。
Robin Thickeの“声”が、音楽としてではなく祈りとして響く――そんな一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
- John Legend / Bigger Love
個人と社会の愛を歌った2020年代型のソウル。成熟した表現が共通。 - Leon Bridges / Good Thing
レトロと現代感の融合。優しい語り口とサウンドの包容力が共鳴。 - Anthony Hamilton / What I’m Feelin’
人生と信仰、家族愛を等身大で描く現代ソウルの傑作。 - India.Arie / Worthy
癒しと再生をテーマにしたスピリチュアルなR&B作品。 - Alicia Keys / Here
自己探求と社会意識が融合した、静かな力強さを持つアルバム。
歌詞の深読みと文化的背景
『On Earth, and in Heaven』の歌詞は、Robin Thickeの個人的な喪失体験を軸に、「愛とは何か」「赦すとはどういうことか」「記憶はどう心に残るのか」といったテーマを深く掘り下げている。
特に「Lucky Star」や「Forever My Love」では、故人との“つながりの持続”が、宗教や哲学を超えた普遍的感情として描かれる。
一方で、「Look Easy」や「Take Me Higher」は、自分が強くあろうとしながらも、心の中では脆く悩む姿が描かれており、弱さを見せることの勇気がテーマになっている。
この作品は、グラミーやチャートではなく、“人生の深部”に触れるアルバムであり、誰かを失ったすべての人に向けて歌われている。
Robin Thickeはこの作品で、“音楽を通して人を癒すこと”の本質に立ち返った。
それは、彼がようやく「声だけで語ることができるようになった」証拠でもある。
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