発売日: 2020年6月19日
ジャンル: レゲエ、ポップ、ソウル
概要
『Look for the Good』は、Jason Mrazが2020年に発表した7作目のスタジオアルバムであり、そのキャリアにおいて最も明確に「レゲエ」に焦点を当てた作品である。
パンデミックと分断が世界を覆う中、Mrazは「善きものを探す」というシンプルながら深いメッセージを掲げ、レゲエを通じて“癒し”と“希望”を届けようとした。
この作品は、ポップスターの枠を超えて“社会と向き合う芸術家”としての彼の姿勢を色濃く反映しており、音楽的にも精神的にも新たなフェーズに踏み込んだアルバムと位置づけられる。
バンド編成には本格的なレゲエミュージシャンが参加し、ドラムやホーン、オルガンのリズムとグルーヴが、従来のMraz作品とは一線を画す土着性と躍動感を生み出している。
アルバムの収益をBLM運動や農業支援に寄付することを発表していたことからも、単なる音楽作品ではなく、“意志ある表現”としてリリースされたことがわかる。
全曲レビュー
Look for the Good
アルバムのタイトル曲にしてオープニングナンバー。
「世界の中に善きものを見つけよう」というメッセージを、温かみのあるホーンとレイドバックしたリズムに乗せて届ける。
Mrazの優しいボーカルが、まるで朝の日差しのように心を照らす。
Make Love
ストレートで力強いメッセージ・ソング。
「愛を語るのではなく、実践せよ」というリリックは、現代社会への批評と希望の表明でもある。
レゲエのリズムに加えてゴスペル的なコーラスが加わり、説得力と高揚感を生む。
My Kind
リラクシングなレゲエの波に揺られながら、「自分にとっての理想の人」を賛美するラブソング。
軽やかなホーンアレンジと、口ずさみたくなるようなメロディラインが魅力的で、恋愛の幸福感が全身に広がる。
Good Old Daze
過去の幸福な日々を回想しながら、今この瞬間を肯定する楽曲。
ノスタルジーと前向きさを同居させたMrazらしい歌詞が、温かくも切ない。
You Do You (feat. Tiffany Haddish)
コメディアンであり俳優のティファニー・ハディッシュをフィーチャーした異色のコラボ曲。
「あなたはあなたのままでいい」という自己肯定をテーマに、ユーモアとレゲエビートが融合している。
語り口のテンポ感とラップ的な構成がユニークな存在感を放つ。
Wise Woman
女性たちへの敬意と称賛を込めた曲。
「賢き女性」に導かれるような人生観が描かれており、ジェンダーへの新たなまなざしが感じられる。
柔らかいテンポとスウィートな歌詞が、耳にも心にも優しい。
Take the Music
音楽そのものの力を讃える、スピリチュアルなメッセージ・ソング。
「音楽は言葉よりも先に心を動かす」という信念が全編に込められ、Mrazの“音楽への信仰”を垣間見せる1曲。
Time Out (feat. Sister Carol)
レゲエ界のレジェンドSister Carolを招いた、本格派のルーツ・レゲエナンバー。
ジャマイカン・パトワと英語のコール&レスポンスが展開され、アルバムの中でも最もダンサブルかつ伝統色の強い楽曲。
メッセージとしても、立ち止まること=「タイムアウト」の重要性が示されている。
DJ FM AM JJASON
架空のラジオ番組を模したインタールード的トラック。
ファンキーなアレンジと架空DJの語りで遊び心を添え、アルバムに彩りと緩急を与える。
Hearing Double
恋人の声がいつまでも耳に残るという“幻想”を描いた甘くメロウなナンバー。
幻想的なコードと浮遊感のあるコーラスが、現実と夢の境界を揺らすような余韻を持つ。
The Minute I Heard of Love
人生のどんな瞬間にも「愛を知ったこと」が色を与えるという美しいメッセージ。
ミニマルなギターとコーラスが静かに寄り添い、アルバム終盤に静けさと安らぎをもたらす。
Gratitude
ラストを飾るのは、「感謝」を主題にした祈りのような楽曲。
大仰な展開を避け、穏やかに、しかし確かに心に残る終わり方が印象的である。
「ありがとう」を伝えるという最も基本的な行為が、音楽として豊かに響く。
総評
『Look for the Good』は、Jason Mrazのキャリアにおいて最も「政治的」であり、同時に最も「霊的」なアルバムでもある。
レゲエというジャンルを選んだことは偶然ではなく、1970年代以降、ボブ・マーリーらが示した「音楽=社会的メッセージの媒体」という思想を継承する意図が明確に込められている。
ここで語られる“愛”は、恋人同士のものだけでなく、人間全体、自然、宇宙にまで広がる包摂的な視野を持つ。
また、“ポップ”というジャンルの軽やかさを保持しながらも、思想性のあるレゲエサウンドと融合させることで、聴きやすさと深さの両立を成し遂げている。
Jason Mrazはこの作品を通して、「善きものを見る」という選択を聴き手に委ねる。
それは逃避ではなく、抵抗であり、再構築の第一歩なのだ。
不安定な世界のなかで、「希望の力」としての音楽がまだ機能することを、このアルバムは静かに、しかし力強く証明している。
おすすめアルバム(5枚)
- Michael Franti & Spearhead / All Rebel Rockers
レゲエとポジティブな社会メッセージを融合したスタイルが共通。 - Ziggy Marley / Love Is My Religion
愛と平和を軸にした現代レゲエの代表作で、テーマ性が近い。 - Ben Harper / Lifeline
ソウルフルな歌声とスピリチュアルな視点がMrazの本作と重なる。 - Trevor Hall / Kala
レゲエのリズムとマインドフルな哲学が交差する作品。 - Nahko and Medicine for the People / HOKA
ネイティブの精神性と社会批評が合わさった現代フォーク・レゲエの良作。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Look for the Good』は、Jason Mrazの農園があるカリフォルニアの自宅スタジオでレコーディングされた。
プロデューサーにはレゲエ界の重要人物Michael Goldwasser(Easy Star All-Stars)を迎え、本格的なルーツ・レゲエサウンドを構築。
特に注目すべきは、ライブ録音を主体とし、できる限り自然なグルーヴを保つことを意識した点にある。
また、このアルバムの収益は全額を非営利団体に寄付すると発表され、アーティストとしての“行動”が音楽と一体化した稀有な例ともなっている。
Mrazにとってこの作品は、ただの音楽ではなく、“善き意志の発露”なのである。
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