発売日: 2015年9月11日(UK)
ジャンル: ポップ、R&B、アダルト・コンテンポラリー、ソウル
概要
『I Am』は、Leona Lewisがレーベル移籍(SycoからIsland Recordsへ)後に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、アーティストとしての独立と内面の確立を高らかに宣言した“自己証明のアルバム”である。
タイトル「I Am(私はここにいる)」は、自己肯定、アイデンティティ、精神的解放といったテーマを象徴しており、Leonaにとって本作は“声の力”ではなく“意思の力”を前面に押し出した最初の作品とも言える。
本作ではToby Gad(Beyoncé、John Legend)やWayne Wilkinsなどのプロデューサーが参加し、ピアノ主導のミッドテンポ、オーケストラ的なスケール、控えめなビートメイクなど、シンプルながら深く響く構成が際立つ。
内容的にも過去の恋愛、業界との決別、未来への展望などを包み隠さず表現しており、“Leona Lewisという人間の本質”に触れるようなパーソナルな傑作である。
全曲レビュー
Thunder
「私の雷は、あなたの静けさでは止められない」――別れを経てなお、力強く生きる姿を描いたオープニング・ナンバー。
アップテンポのビートに乗せた決意表明的な歌詞と、鋭くも美しいボーカルが心を打つ。
Fire Under My Feet
ゴスペル調のクラップとソウルフルなピアノが印象的なシングル曲。
“心に火を灯して歩いていく”というメッセージがリズムと一体化し、自己再生のパワーを感じさせる。
I Am
アルバムのタイトル曲にして精神的中核。
穏やかなストリングスとピアノが広がる中、「私は誰かの影ではなく、自分自身である」と静かに力強く歌う。
過去との決別と未来への希望を織り込んだ名バラード。
Ladders
人生の浮き沈み、そして“登り続けること”の意味をメタファーで描いたミッドバラード。
楽器構成はシンプルながら、Leonaのボーカルが高低差とダイナミクスで心の動きを描き出す。
You Knew Me When
「あなたが知っていた私はもういない」と歌う、成熟した別れの歌。
淡々とした旋律の中に、冷静な痛みと再出発への静かな情熱が込められている。
I Got You
信頼と献身の美しさをテーマにした、温かなラブソング。
本作の中では比較的オーソドックスなポップ構成で、バラード一辺倒にならない流れをつくっている。
Power
エレクトロニックな質感を取り入れた実験的なトラック。
「私は弱くない」というメッセージを、エネルギッシュなサウンドとともに表現する。
Another Love Song
60年代ポップスへのオマージュを感じさせる軽快な曲調。
リズミカルで明るいメロディの裏に、“繰り返す愛の物語”に対する皮肉も漂う。
Thank You
Leona流の“失恋ソングの逆説”。
「あなたが去ったことで私は強くなれた」と歌うリリックは、レーベルとの別れとも重なり、感謝と解放の二重性を持つ。
Thick Skin
外からの攻撃や誤解に耐える“心の鎧”をテーマにした楽曲。
繊細なピアノとコーラスが、Leonaの孤独と強さを際立たせる。
The Essence of Me
「私はすべての経験の結晶」と歌う、自己肯定のバラード。
人生の断片がすべて現在の“私”をつくっているという穏やかな受容が感じられる。
I Am(Acoustic)【Deluxe Edition】
タイトル曲のアコースティック・バージョン。
装飾を外したことで、Leonaの声そのものの説得力が浮かび上がる。
総評
『I Am』は、Leona Lewisが“誰かに歌わされている”存在から、“自分の言葉で生きるアーティスト”へと変貌を遂げた証明であり、“自己肯定と癒し”のために作られた静かな抵抗のアルバムである。
過剰な演出や壮大なプロダクションはなく、むしろ控えめで丁寧な構成により、Leonaの声とメッセージが正面から伝わる。
本作で描かれているのは、別れ、挫折、不安、そして再生――つまり“人生の中で誰もが通る感情の階段”である。
しかしそれは悲しみを嘆くのではなく、「私はそれでもここにいる」=“I Am”という宣言で前を向く姿である。
バラード中心ながら決して停滞せず、各曲が異なる角度からLeonaの“今”を映し出しており、聴き終えた後には心が穏やかに整えられる。
『I Am』は、失った人の心に優しく手を添えるようなアルバムであり、同時にアーティストLeona Lewisの再出発点として、静かに深い輝きを放っている。
おすすめアルバム(5枚)
- Birdy / Beautiful Lies
ピアノを基調にした内省的ポップ。Leonaの静かな強さと共鳴。 - Alicia Keys / Here
社会的意識と自己肯定をテーマにした作品。『I Am』の精神性と重なる。 - Emeli Sandé / Long Live the Angels
ゴスペル、ソウルの要素を背景に、心の傷と癒しを描いたアルバム。 - Christina Perri / Head or Heart
恋愛と自我の揺らぎを、繊細なボーカルで描く。Leonaと似た感情表現が特徴。 - Jess Glynne / I Cry When I Laugh
ポップでありながら、自己受容と再起をテーマに据えた現代的なソウル・ポップ。
歌詞の深読みと文化的背景
『I Am』のリリックは、Leona Lewisが自身の経験――レーベルとの軋轢、キャリアの再構築、過去の恋愛――を通して培ってきた**“静かな自己革命”**を物語っている。
「Thunder」や「Fire Under My Feet」では、感情的な爆発ではなく、抑制の中に潜む決意が描かれており、「Thank You」や「Thick Skin」では、痛みから生まれる成長が主題となっている。
これらのメッセージは、2010年代中盤の“メンタルヘルスと自己肯定”が重視される文化的背景とも重なっており、Leonaの作品がリスナーの心の風景に静かに寄り添うことを可能にしている。
『I Am』は、人生に傷ついた人のための再起の音楽であり、Leona Lewis自身が“歌うことで存在を証明する”という芸術的信念を、もっとも明確な形で提示したアルバムなのである。
コメント