1. 歌詞の概要
「Good Books（グッド・ブックス）」は、Lola Youngが2023年にリリースした楽曲であり、恋愛の終わりにおける「正しさ」と「記憶の書き換え」をテーマにした、皮肉と痛みの入り混じったソウルフルなナンバーである。
タイトルの「Good Books」とは、直訳すると「良書」だが、この曲では「good books with God（神の帳簿に良しとされる）」という英語的な比喩表現に基づいている。つまり、誰かの記憶の中で“良い人”として残るか、“許される存在”として処理されるか――そうした曖昧で不公平な“別れの処理のされ方”に対して、語り手は怒りと戸惑いを抱えているのだ。
恋人との関係が終わり、相手は自分を「過去のひとつのエピソード」として忘れていく。それも、自分に都合の良い解釈で。“あなたは悪くなかった”“全部私のせい”――そんな偽りの美談に仕立てられることほど、屈辱的で、傷つくことはない。この楽曲では、そうした“善人ヅラ”の別れ方に対する静かな怒りが、ビートの上に言葉としてぶつけられていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Good Books」は、Lola Youngのアルバム『My Mind Wanders and Sometimes Leaves Completely』（2023年）に収録されており、これまでの彼女の作品と比べても一層、辛辣でアイロニカルな視点が際立っている楽曲である。
Lola Youngは、ソウル、R&B、ジャズ、オルタナティブの要素を取り入れながら、自身の心情を直接的に表現するスタイルで知られており、「Good Books」でもその特性が鮮やかに発揮されている。彼女の歌詞は、誰もが感じたことのある痛みを題材にしながらも、その語り方に“知性”と“鋭さ”がある。
本作では、過去の恋愛を「終わったこと」として葬ることの不条理さ――特に、自分を悪者にせず立ち去る側の“無意識の加害性”にスポットが当てられており、まさに“記憶の権力”を問い直すような作品となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I guess I’m not in your good books no more
もう、あなたの“良き記憶”には私はいないのねYou told your friends it’s all my fault
あなたは友達に言ったの、「全部あの子のせいだ」ってYou’ll forgive me just to make yourself feel better
自分の気を楽にするために、私を“許す”ふりをするのねBut I remember everything
でも私は、全部を覚えてる
出典: Genius Lyrics – Good Books by Lola Young
4. 歌詞の考察
この曲の語り手は、自分が「正しく扱われなかった」ことに対して強い不満と怒りを抱いている。しかしそれは感情的な爆発ではなく、どこか醒めた視点から描かれている。冷静だからこそ、怒りは深く、痛みは根強い。
特に鋭いのは、「You’ll forgive me just to make yourself feel better（あなたは、自分の気が済むように私を許すだけ）」という一節。これは、謝罪や許しという行為が、必ずしも“相手のため”ではなく“自分の精神の安定”のために行われているという皮肉である。
つまり、相手は“良い人”でいようとしているが、そのために語り手の存在や感情は軽んじられているのだ。
また、「But I remember everything（でも私は、全部覚えている）」という終盤の言葉には、過去の真実に対する強い執着と、忘れることができないことの辛さが滲んでいる。それは復讐心ではない。ただ、自分の存在をなかったことにされることへの静かな拒絶なのだ。
このように、「Good Books」は記憶と語りの不平等性――すなわち、“物語を誰が支配するか”というテーマを根底に持った楽曲である。恋愛において、別れたあとに語られる物語は、往々にして片方の視点で完結する。そのとき、もう一方の視点は“悪役”にされたり、“物語の外”に追いやられる。その構図への違和感と痛みを、Lola Youngはこの楽曲で鮮やかに暴き出している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- People You Know by Selena Gomez
一度は愛し合った相手が、まるで他人になってしまう切なさを歌った楽曲。 - Tyrant by Kali Uchis feat. Jorja Smith
恋愛の主導権と力の不均衡を、美しいサウンドに包んで表現。 - Normal Girl by SZA
“理想の女性像”を押しつけられることへの抵抗と、自意識の混乱。 - White Flag by Dido
“諦めたふり”をしながらも、内面ではまだ戦っている姿勢を描く名曲。 -
Jealous by Labrinth
感情の奥底でくすぶる憎しみと、抑えきれない想いの共存を丁寧に描いたバラード。
6. 記憶の「所有権」をめぐる感情の抗議歌
「Good Books」は、Lola Youngというアーティストの成熟と鋭さを改めて印象づける一曲である。彼女はここで、恋愛という個人的な経験の中に、“記憶”という非常に普遍的な主題を見出している。そして、その記憶が「誰の手で語られるか」によって、どれほど人間の尊厳が変わってしまうかを、見事に提示してみせた。
誰かがあなたのことを“都合のいいように”忘れていくとき、自分の中に残るのは“記憶の欠片”ではなく、“無視された痛み”なのかもしれない。
Lola Youngはこの曲で、「その痛みを無視しない」という姿勢を、鮮明な言葉とソウルフルな声で提示している。
「Good Books」は、音楽という形を借りて、“語られなかった側”の真実にスポットを当てる、現代的で知的なプロテスト・ソングとも言える。
それは優しくも鋭く、聴く者の心に、見過ごされてきた記憶の重さを、静かに刻んでいく。
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