1. 歌詞の概要
「Smoke（スモーク）」は、スウェーデンのオルタナティブ・バンド Whale（ホエール）が1995年にリリースした唯一のアルバム『We Care』に収録された楽曲であり、感情の残り火と曖昧な現実を“煙”というイメージに投影した、内省的かつ妖しい雰囲気を纏った1曲である。
この曲の主題は明快なストーリーにあるのではなく、むしろ断片的な感情の描写にある。煙はここで、記憶、別れ、嘘、そして欲望が交錯する場所を象徴しており、それらが視界を曇らせ、真実を見えなくするものとして表現されている。
語り手は煙の中に身を置きながら、消えゆく何かを手放しきれずに漂い続けている。
Cia Berg（シア・バーグ）のヴォーカルは、まるで煙のようにくゆりながら空間を漂い、時に呟き、時に囁きかける。Whaleにしては抑制されたアレンジだが、その分、サウンドの中にある不穏な静けさがリスナーの内側にしみ込んでくる。
2. 歌詞のバックグラウンド
アルバム『We Care』における「Smoke」は、あの強烈なデビュー曲「Hobo Humpin’ Slobo Babe」や、攻撃的な「Kickin’」とは対照的に、テンポを落とし、内面的な空気感に焦点を当てた異色のトラックである。
Whaleはジャンル横断的な音楽性を持つバンドとして知られたが、この曲ではそのミクスチャー性がグランジ的憂鬱とダウンテンポなトリップホップ感覚へと向けられており、1990年代半ばに拡大していた“音で気分を描く”潮流にも共振している。
また、“煙”というモチーフは、この時代における曖昧なアイデンティティ、逃げ場所としての薬物文化、メディアの虚像性など、多くの層で読み解ける象徴であるため、シンプルでありながら含意に富む構造となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Smoke」から印象的なラインをいくつか抜粋し、和訳を添える。
“There’s smoke in the room / But I can’t find the fire”
「部屋には煙が漂ってるのに / 火はどこにも見当たらない」
“You say you love me / But your words taste like ash”
「君は“愛してる”って言うけど / その言葉は灰みたいに味気ない」
“I try to breathe / But the air is lying”
「息をしようとしても / 空気そのものが嘘をついてる」
“We disappear / In the haze we made”
「私たちは消えていく / 自分たちで作り出したもやの中に」
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Whale – Smoke Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「Smoke」の中で描かれる情景は、明確なストーリーというよりも、“情緒の景観”に近い。
煙は、過去の出来事、言葉にできなかった感情、語られなかった真実など、意識の周縁に漂うものたちのメタファーとして登場する。
“煙があるのに火は見えない”という矛盾は、傷の原因が見えないままに痛みだけが残るような恋愛や人間関係の不条理を象徴している。
また、“言葉が灰の味”という表現には、言葉の虚無性と、すでに燃え尽きてしまった関係性の残骸が感じられる。
最も美しく、そして恐ろしいのは、最終行の「We disappear in the haze we made（自分たちで作り出したもやの中に私たちは消えていく）」という一節。
ここでは、自分たちの曖昧さ、誤解、逃避によって生まれた曇りが、最終的には自分たち自身を飲み込んでしまうという、冷たくも詩的な結末が暗示されている。
We Are ScientistsやGarbage、Portisheadなどの同時代バンドと比較しても、この曲は**Whale独特の“ユーモアを排除した、純粋な陰影”**として際立っており、実験的な楽曲群のなかで異彩を放っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Glory Box by Portishead
性と自己決定をめぐる曖昧な感情を、スモーキーなビートで描いた名作。 - Shadowplay by Joy Division
光と闇、欲望と虚無が交差する薄明のポストパンク。 - Only Happy When It Rains by Garbage
悲しみの中でしか満たされない自分を、毒とユーモアで包んだオルタナティブの傑作。 - Black Milk by Massive Attack
濃密な感情とぼやけた輪郭の中に揺れる“自己”を描いたアブストラクトなトラック。 - Play Dead by Björk
感情の麻痺と再生を、壮大かつミニマルに描いた不穏なバラード。
6. “燃えないままに、すべてが煙になった”
「Smoke」は、感情が言葉にならないとき、人はどうやって“終わり”を知るのかという問いを内包した、極めて静かで強烈な曲である。
Whaleはこの曲で、グルーヴや挑発、パロディといった武器を封じ、曖昧で痛みを伴う“残響”だけを響かせた。
その音像はまるで、火が消えたあとの空間に残る、焦げた匂いのようであり、記憶の奥でじんわりと消えない情景のようでもある。
“炎”がないからこそ、煙はいつまでも消えずに漂い続ける。
そして、私たちはその煙のなかで、何かを思い出そうとしながら、ぼんやりと立ち尽くしているのかもしれない。
Whaleというバンドの内省的な一面を象徴するこの楽曲は、今なお聴く者の胸にじんわりと広がる――まるで、消えない煙のように。
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