
1. 歌詞の概要
「After Hours(アフター・アワーズ)」は、アメリカのインディー・ロックバンド We Are Scientists(ウィー・アー・サイエンティスツ)が2008年にリリースした2ndアルバム『Brain Thrust Mastery』のリード・シングルであり、夜が更けたあとの曖昧な感情、恋愛と現実の狭間に漂う心の葛藤を、ポップでメロディアスなサウンドに乗せて描いた名曲である。
タイトルの「After Hours」とは、文字通り“営業時間外”――つまり、日常が終わったあとの時間を意味するが、この曲ではその“アフターアワーズ”が感情が解き放たれ、心の本音が表に出る時間帯として描かれている。
語り手は、恋人との関係が終わりかけていることをうすうす感じながら、それでも「このままでもいいんじゃないか」と思ってしまうような、怠惰で甘い錯覚に浸っている。
この曲は、別れを切り出すでもなく、復縁を迫るでもない。むしろその中間地点のもどかしさと、そこに生まれる心地よさの危うさが歌われている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「After Hours」は2008年にリリースされたアルバム『Brain Thrust Mastery』の先行シングルとして発表され、UKチャートでは初のトップ20入りを果たした。
バンドにとって商業的な成功だけでなく、音楽的にもより洗練されたサウンドへの移行を印象づけた楽曲であり、前作『With Love and Squalor』に見られた鋭利なポストパンク感から一歩進んだ、エレガントでメロディックなポップロック路線の代表例となった。
この曲は映画『Nick and Norah’s Infinite Playlist(邦題:きみがくれた未来)』の挿入歌としても使用され、より広いリスナー層にアピールするきっかけとなった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、歌詞の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。
“Said our goodbyes / My eyes already wide”
「別れの言葉を交わしたけど / 僕の目はもう冴えていた」
“We’ve got nowhere to go / But at least we’ve got tonight”
「行くあてもないけど / 今夜はまだある」
“It’s always after hours when I think of what I said”
「いつも決まって、“営業時間外”になってから / 自分が言ったことを思い返してしまう」
“And I hope it’s not too late / For us to make it right”
「今さらでも間に合うといいんだけど / すべてをやり直せるなら」
歌詞全文はこちら:
We Are Scientists – After Hours Lyrics | Genius
4. 歌詞の考察
「After Hours」が描いているのは、恋の終わりに差しかかった夜の時間に漂う、言い訳のような優しさと、すれ違いの感傷である。
“営業時間外”という言葉は、比喩的に「心のガードが下がる時間」を示しており、語り手はその時間帯に、ようやく自分の本音に向き合おうとする。
しかしそれは、はっきりとした行動を起こすわけでもなく、ただ頭の中で何度も“あの言葉”を反芻し、後悔し、でもまだ何も変えられないという無力さと愛着の混在した感情なのである。
「今夜だけでも一緒にいられたら」と願う気持ちは、本当に相手のことを想ってのことなのか、それともただ孤独が怖いのか。
この問いに対する答えは提示されないが、それがむしろ現実的で、曖昧な感情にこそリアルが宿っていると教えてくれる。
この曲は、終電を逃したあとの街、言い訳が通用する夜の空気、やり直したいけどその気力もない心――そうした夜の心象風景そのものを音楽に閉じ込めた作品である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Reptilia by The Strokes
愛と衝動、誤解とプライドがぶつかり合う関係性のカオスを、鋭利なギターリフで描く。 - Young Folks by Peter Bjorn and John
曖昧な関係にある男女の“会話のリズム”がそのままビートになったような軽妙な名曲。 - Heart in a Cage by The Strokes
内にある感情を押し殺しながら、街を彷徨う男の姿を描いた退廃的ラブソング。 - Always Like This by Bombay Bicycle Club
言葉ではなく身体で通じ合おうとする、関係の“停滞と快楽”を優雅に描く。 - Such Great Heights by The Postal Service
遠距離の恋愛を描きつつも、その“機械的な距離感”に妙な愛情を見出す電子詩。
6. “終わりにしないまま朝が来る、その一夜のために”
「After Hours」は、はっきりした終わりや答えを提示しない代わりに、**“その場にとどまり続ける切実さ”**を描いた名曲である。
語り手は誰かに戻ってほしいと願っているのか、それとも、自分自身の弱さと向き合っているのか――そのどちらでもあるように思える。
この曲は、“関係を終わらせる勇気も、つなぎ止める力もない人”にとっての、夜のテーマソングである。
耳にするたびに、その夜の静けさが蘇り、感情がふと揺れる。
恋が壊れてしまった人も、まだ壊したくない人も、そしてその狭間にいる人も――この曲とともに、“誰にも見せられない夜”を過ごしてみてほしい。
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