発売日: 1998年10月6日
ジャンル: オルタナティブロック、カウロック、ポップロック、フォークロック
概要
『Prolonging the Magic』は、Cakeが1998年にリリースした3枚目のスタジオ・アルバムであり、メンバーチェンジを経て“Cakeらしさ”を再定義しながらも、より内省的でメロディアスな方向性を打ち出した過渡的傑作である。
本作は、前作『Fashion Nugget』でバンドの知名度が大きく跳ね上がった後に発表されたものであり、ギタリストGreg Brownの脱退など不安定な状況下で制作された。
しかし結果として、Cakeはさらに多彩で滑らかなアンサンブルと、より繊細でシリアスなリリック表現を獲得することとなる。
最大のヒット曲「Never There」をはじめ、「Let Me Go」「Sheep Go to Heaven」などでは、これまで以上にメロディと構成美を重視したソングライティングが光っており、“アイロニカルな語り口”と“美しい楽曲”の間に生まれる緊張感が本作の核となっている。
全曲レビュー
1. Satan Is My Motor
挑発的なタイトルながら、比喩に満ちたスローロック。
車＝自我／暴走欲求として描かれており、ミニマルなリフと反復が印象的。
内なる衝動をクールに語る、Cake流の“祈り”。
2. Mexico
アコースティックギターとマクリーの声だけで構成されたフォーキーな短編。
逃避行の願望と、現実逃避の滑稽さがにじむ。
3. Never There
本作最大のヒット曲。
“不在の相手”を問い続けるシンプルなリフレインが、切なさと執着のあいだを彷徨うように響く。
ファンクロックとパワーポップの融合が秀逸。
4. Guitar
愛と音楽を絡めたメタ的なラブソング。
ギターが欲望の象徴となり、執着と表現衝動が同時に語られる。
軽快なメロディと裏腹に、リリックは重層的。
5. You Turn the Screws
政治風刺と関係性の支配構造を掛け合わせた皮肉たっぷりのナンバー。
“ネジを締める”というメタファーは、力関係と心理戦の暗喩として響く。
6. Walk on By
Burt Bacharach作の名曲をミニマルかつソリッドに再構築。
マクリーの無感情な歌唱が、“感情を拒む痛み”を浮き彫りにする秀逸なカバー。
7. Sheep Go to Heaven
本作を象徴するユーモラスな哲学ソング。
「羊は天国へ、山羊は地獄へ」という宗教的フレーズを、行動規範と道徳の皮肉として解体。
キャッチーでダンサブルな名曲。
8. When You Sleep
ゆったりとしたテンポのなかに、“無防備な眠り”に対する複雑な感情が描かれる。
愛／恐れ／支配といったテーマが織り交ぜられた繊細な一曲。
9. Hem of Your Garment
聖書の逸話を引用しながら、信仰と欲望の境界線を問いかけるトラック。
攻撃的なギターと切迫感のあるリズムが、宗教的狂気すら感じさせる。
10. Alpha Beta Parking Lot
過去と現在の狭間を漂う、メランコリックなノスタルジア・ソング。
スーパーマーケットの駐車場という具体的で空虚な舞台設定が秀逸。
11. Let Me Go
関係の終焉と解放をクールに歌うアップテンポ・トラック。
“離れることが前進である”という大人の解釈が、軽快なメロディに反してリアル。
12. Cool Blue Reason
青＝冷静＝感情を押し殺した生の象徴として用いられた抽象詩的ナンバー。
テンションの低いグルーヴが、静かな絶望をじわじわと染み込ませる。
13. Where Would I Be?
アルバム最後にふさわしい、内省的かつ少し甘酸っぱいバラード風ナンバー。
“もし君がいなかったら？”という問いは、過去への感謝でもあり、現在の孤独でもある。
総評
『Prolonging the Magic』は、Cakeの作品群の中でも最も内省的で、最も文学的で、最も音楽的に洗練されたアルバムである。
それは“魔法を引き延ばす”というタイトルが示す通り、バンドが90年代後半の“過渡期”に生きることを選んだ音楽的決意の記録でもある。
皮肉やユーモアを封印したわけではないが、それらがより哀しみや迷いと混ざり合う構造になっており、聴くごとに新たな意味を孕む作品となっている。
一見ポップで親しみやすいが、内包する主題はきわめてパーソナルで批評的。
そのギャップこそが、Cakeというバンドの“魔法”なのである。
おすすめアルバム
- Eels / Electro-Shock Blues
ユーモアと深い喪失が共存する、内省的オルタナの名作。 - Wilco / Summerteeth
ポップと不安の混在、90s後半の“静かな混乱”の共通項。 - Beck / Mutations
ミニマルでフォーキーな感覚と、自意識のズレを感じる作風。 - Ben Folds Five / The Unauthorized Biography of Reinhold Messner
ピアノポップの中にある“自虐と大人の傷”。 - They Might Be Giants / Mink Car
ジャンル横断しつつも、どこか孤独で知的なポップセンスが光る。
歌詞の深読みと文化的背景
『Prolonging the Magic』は、ポストグランジ／ポストオルタナの90年代後半という空白の時代に、アイロニカルで静かなレジスタンスを表現したアルバムである。
競争、消費、信仰、恋愛、自己肯定感といった主題が、怒りや絶望ではなく、冷静な語り口とミニマルな編曲によって提示されるという独自の美学がここに結実している。
Cakeは決して声高に主張しない。
だがこのアルバムを通じて、彼らははっきりと“世界の歪さと向き合い続ける姿勢”を見せている。
その誠実さこそが、魔法を引き延ばす唯一の方法なのかもしれない。
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