
発売日: 2009年5月12日
ジャンル: オルタナティブロック、ポップロック、アメリカーナ
概要
『Paper Empire』は、Better Than Ezraが2009年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、“再構築されたバンド”としての第一歩を示す、再起と継続の意思表明的作品である。
本作は、長年バンドを支えたドラマーTravis McNabbの脱退後初のアルバムであり、新ドラマーMichael Jerome(元-Blind Boys of Alabama、John Caleなど)が加入。これによりサウンドのグルーヴ感が一新された。また、プロデュースには前作に引き続きWarren HuartとKevin Griffin自身が参加し、より精緻なポッププロダクションと温もりあるアメリカーナ的要素が融合している。
タイトルの“Paper Empire(紙の帝国)”は、儚くも構築され続ける現代社会や、感情の仮初の城を象徴するものとして読める。作品全体には“壊れそうな希望”と“再生への祈り”が静かに通奏低音として流れている。
全曲レビュー
1. Absolutely Still
しなやかなピアノとギターの絡みが美しいオープニング。
実はVal Emmichとの共作曲であり、静寂と情熱が共存する叙情的なナンバー。
「Absolutely still」は“もう何も騒がない”=心の平穏と諦念の象徴。
2. Just One Day
日常の中で起こるささやかな奇跡を描いた、爽快なポップロック。
ギターのカッティングと軽快なリズムが心地よく、ライヴ映えする一曲。
3. The Loveless
ややダークでブルージーな曲調が新境地を感じさせる。
“愛を喪った者たち”という言葉が、2000年代の疲弊した人間関係を写し取る。
4. All In
緩やかなギターアルペジオと、語りかけるようなヴォーカル。
「すべてを賭ける」というポジティブな決意を歌いながらも、その裏にある不安と覚悟が滲む。
5. Black Light
タイトル通り“ブラックライト”のように、見えなかったものが浮かび上がる比喩を中心にした歌詞。
ミステリアスでクールなトーンがアルバムに陰影を与える。
6. Fit
エレクトロニカ的なタッチを加えた実験的トラック。
「君にぴったりの場所は、まだ見つかっていない」という現代的な“居場所の不安”がテーマ。
7. Hell No!
タイトルの通り、拒絶と反骨の精神が炸裂するファストナンバー。
パワーポップ調のアレンジにユーモアが加わり、聴いていてスカッとする。
8. Absolutely Still (Acoustic)
1曲目のアコースティック・バージョン。
原曲とはまた異なる、より親密な響きを持ち、リリックがよりダイレクトに届く構成。
9. Just One Day (Acoustic)
アコースティック・ヴァージョン第2弾。
こちらも優しく包み込むような雰囲気で、アルバムのテーマ性に再解釈を与える。
10. Turn Up the Bright Lights
前向きで高揚感のあるポップロック。
暗い時代の中で「もっと光を」と訴えかける、非常に今的なメッセージを含む曲。
11. Wounded
「傷を抱えたままでもいい」という受容の歌。
穏やかなリズムと慈しみに満ちたリリックが、アルバム後半の“癒し”として機能。
12. Hey Love
ラストトラックにふさわしい、穏やかなラブソング。
“愛”を呼びかけるというより、“愛よ、戻ってきてくれ”という語り口が印象的で、諦めと希望のあわいにある一曲。
総評
『Paper Empire』は、Better Than Ezraが長年の活動のなかで培ってきたソングライティングの円熟と、変化に向き合う柔軟さを見事に融合させたアルバムである。
実験に傾倒しすぎることもなく、かといって安全牌に収まるわけでもない——そんな“ちょうどよい冒険”を成功させている。
歌詞には日常的な視点と詩的な内省が共存し、現代に生きるリスナーの小さな感情や躊躇を拾い上げてくれる。
そして音の質感は、フォーク的でもあり、ポップ的でもあり、時にエレクトロニカ的でもあるという、多面的な魅力を持っている。
Better Than Ezraが“大声で自己主張しないこと”を美徳にしてきたバンドであることを、改めて認識させてくれる静かな力作である。
おすすめアルバム
- Snow Patrol / Eyes Open
エモーショナルなポップロックと詩的なリリックの好例。 - Augustana / Can’t Love, Can’t Hurt
アメリカーナとポップが交差するメロディ重視の一枚。 - Switchfoot / Nothing Is Sound
社会的メッセージとロックの躍動を共存させたバランス感。 - Keane / Under the Iron Sea
ダークでエレガントなポップロックの世界観が通じる。 - Athlete / Tourist
日常の風景と繊細な感情を音にしたUKインディーの名作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Paper Empire』の歌詞は、2000年代後半のアメリカの“崩れかけた秩序”と、個人の感情の立て直しというテーマが交錯している。
リーマンショックの影が社会に漂い、情報過多と不安の時代にあって、Better Than Ezraは派手な主張ではなく、“小さな人間の言葉”を丁寧に綴った。
“紙の帝国”とは壊れやすく、火にも水にも弱い。
だが、その儚さこそが人間らしさであり、そのなかで築かれる関係こそが、最もリアルな感情なのかもしれない。
『Paper Empire』は、そうした時代の中で生きるあなたに、「それでいいんだ」と語りかけるアルバムである。
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