アルバムレビュー：Lucy by Candlebox

発売日: 1995年10月3日
ジャンル: オルタナティブロック、グランジ、ポストグランジ、ハードロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Lucy』は、Candleboxが1995年に発表した2枚目のスタジオ・アルバムであり、大成功を収めたデビュー作から一転して、よりダークで実験的かつパーソナルな方向へと舵を切った、深化と挑戦の記録である。

前作『Candlebox』（1993）が400万枚以上を売り上げ、“ポップ寄りグランジ”という立ち位置で急速にスターダムを駆け上がったのに対し、本作は商業主義的な成功に対する自己疑念や、音楽業界へのフラストレーション、内省的な衝動を前面に押し出した作品となっている。
タイトル『Lucy』は具体的な人物像ではなく、“不在の理想”や“追い求める幻影”のような象徴として機能しており、全体的に比喩的で曖昧な言語表現が増しているのも特徴。

プロダクションはヘヴィで分厚く、アレンジはより不安定で生々しい。
その結果として、“売れること”よりも“伝えること”を優先した、不器用だが真摯なCandleboxの核心が刻まれた作品となっている。

全曲レビュー

1. Simple Lessons

鋭いギターリフと変則的なリズムが印象的なオープニング。
“単純な教訓”というタイトルとは裏腹に、何が正しいか分からないまま歳を重ねてしまった感覚が、エネルギッシュかつ不安定なサウンドで描かれる。

2. Drowned

音の波に沈むような感覚を誘う、サイケデリックなグランジ・トラック。
タイトル通り、“溺れる”ことがテーマで、自己喪失と逃避願望が交錯する。

3. Lucy

アルバムタイトルを冠する本作の中心曲。
“ルーシー”という名が比喩するものは明かされないが、追いかけても届かない理想像や愛の不在を象徴しているように感じられる。
悲しみを纏ったメロディと、ケヴィン・マーティンの渾身のボーカルが胸を打つ。

4. Become (To Tell)

変拍子と緊張感のあるギターが構築する、不穏な音空間。
“伝えるために、何かにならなければならない”という葛藤が込められたタイトル。
アーティストとしての存在意義に向き合うような曲でもある。

5. Understanding

比較的ストレートなロックバラード。
タイトル通り“理解”を求める楽曲だが、その裏には“誰にも分かってもらえない”という諦めの感情が潜んでいる。
本作の中ではキャッチーな部類に入るが、トーンはやはり暗め。

6. Crooked Halo

“曲がった後光”という象徴的なタイトルが示す通り、神聖さや純粋さを失った存在への哀惜を描く。
グランジにしては異例のスローファンク調で、音数を減らしたアレンジが逆に緊張感を高めている。

7. Bothered

荒涼としたアコースティック・ギターから始まる、アルバム中でもっとも内省的なバラード。
感情を押し殺したような静けさと、徐々に高まるエモーションの対比が見事。

8. Butterfly

タイトルとは裏腹に、軽やかさよりも儚さや壊れやすさが強調されたナンバー。
ギターのエフェクトとマイナー調の進行が、不安定な心理状態を音で表現している。

9. It’s Amazing

本作のなかでも比較的ダイナミックで明るめの楽曲。
“素晴らしいことだ”と歌いながらも、その実、皮肉や虚しさが行間から滲み出るという、Candleboxらしい二重構造。

10. Vulgar Before Me

非常に重く、ダークで実験的なナンバー。
不協和音を交えた演奏と、内にこもるようなボーカル。
“お前が現れる前に世界はもっと汚れていた”という逆説的メッセージが耳に残る。

11. Butterfly Reprise

“Butterfly”の再構成的インストゥルメンタル。
本作の陰影と未練を総括するような、不安げで漂うようなサウンドが印象的。

総評

『Lucy』は、Candleboxというバンドが一度“自分たちの影”を見つめた結果生まれた、深く誠実で、商業的ではないが芸術的に意義深い作品である。
デビュー作のような即効性やキャッチーさは減退しているが、その代わりに得たものは、グランジという様式を越えて“人間の曖昧さ”や“語れなかった感情”を音にする力である。

「成功のあとに沈黙しなかった」Candleboxの意志と、「それでも作り続けること」を選んだ美学が、本作には濃密に刻まれている。
その誠実さこそが、リスナーの心にじわじわと届く“後追いで評価される名作”たる所以なのだ。