
発売日: 1991年
ジャンル: オルタナティブロック、ポストハードコア、ノイズロック、インディーロック
概要
『Fillet Show』は、イリノイ州シャンペーン出身のバンドHUMが1991年に自主レーベルからリリースしたデビュー・アルバムであり、後に“宇宙的轟音美”で知られる彼らの、より粗くノイジーでパンク色の強い出発点を記録した作品である。
本作においては、後年の『You’d Prefer an Astronaut』(1995)や『Downward Is Heavenward』(1998)に見られるスペースロック的要素はまだ影を潜めており、むしろハードコア・パンクやSST系ノイズロックの影響を色濃く残した、荒削りで暴力的なギターロックが前面に出ている。
フロントマンのマット・タルボットはまだ荒々しく叫び、ギターは重厚というよりは不安定で神経質な歪みを伴っており、“シューゲイザー的浮遊感”よりも“ミッドウェスタン・エモの原型的爆発”といった感触が強い。
全体を通してコンセプチュアルな統一性は薄く、感情と衝動のドキュメントとしての意義が大きいアルバムである。
全曲レビュー
※収録曲は一部未流通であり、正式な曲順に関しては音源や再発バージョンにより異なる。
1. Iron Clad Lou
アルバムの幕開けを飾る、疾走感と混沌に満ちたノイズ・パンク。
政治的かつ皮肉な歌詞が、初期HUMの怒りと皮肉を象徴する。
2. Puppets
シンプルなコードと反復的な構成が際立つミドルテンポ。
“Puppets”というモチーフは、コントロールされる個人と社会構造の関係性を浮き彫りにしている。
3. Scraper
ベース主導のグルーヴとスラッジ的な重厚さが際立つナンバー。
後年の轟音美の萌芽が感じられる1曲。
4. Hello Kitty
一見ポップなタイトルに反して、不協和なギターと破壊的ドラムが暴れまわるカオティックなトラック。
タイトルとサウンドの乖離が不穏なユーモアを醸す。
5. Shovel
スロウコア的な展開とインダストリアルな響きを持った異色曲。
“掘り返す”という行為が、過去や感情の掘削として表現されているようにも思える。
6. Earth Down
リリックの断片性とサウンドの激しさが融合した本作随一のエモーショナル・ナンバー。
後の『Electra 2000』への橋渡しのような楽曲。
総評
『Fillet Show』は、HUMがのちに到達する宇宙的音響詩の前段階として、“地上”での葛藤と怒りに満ちた青写真のような作品である。
音像はまだ粗く、メロディの輪郭もあいまいだが、そのぶん切迫した感情がむき出しのまま提示されており、オルタナティブ・ロック初期の“混沌の美”を見事に体現している。
この時点での彼らは、静けさと轟音の“間”ではなく、あくまで“爆音による主張”を選んでおり、そこに90年代アメリカ中西部の気配と社会的不安が色濃く反映されている。
おすすめアルバム
- Dinosaur Jr. / Bug
轟音と感情の直結という点で、初期HUMと思想的に近い。 - Slint / Tweez
ポストハードコアとノイズの未整理な融合として共鳴。 - Fugazi / Repeater
DIY精神と反抗性の強さにおいて思想的連続性がある。 - Drive Like Jehu / Yank Crime
カオティックな構成と激しい音像のモデルケース。 - Sonic Youth / Sister
ノイズとポストパンクの交差点における形式破壊の美学。
歌詞の深読みと文化的背景
『Fillet Show』の歌詞には、社会批評、内面の分裂、皮肉と不条理が織り込まれており、感情的にも政治的にも“怒りの発露”としてのロックが鳴っている。
のちに“宇宙へ向かう”彼らは、まずこの作品で“社会の底と自己の奥底を掘る”ことから始めたのだ。
このアルバムは、荒削りであることそのものが意義であり、表現としての誠実さを孕んだ“ローファイな誓い”なのである。
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