
発売日:1980年11月26日
ジャンル:ニューウェイヴ、ポップ・ロック、ディスコ、レゲエ、ラップ、アート・ポップ、ジャズ・ポップ、パンク以後のクロスオーバー・ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Europa
- 2. Live It Up
- 3. Here’s Looking at You
- 4. The Tide Is High
- 5. Angels on the Balcony
- 6. Go Through It
- 7. Do the Dark
- 8. Rapture
- 9. Faces
- 10. T-Birds
- 11. Walk Like Me
- 12. Follow Me
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Blondie『Parallel Lines』
- 2. Blondie『Eat to the Beat』
- 3. The Clash『Sandinista!』
- 4. Talking Heads『Remain in Light』
- 5. Tom Tom Club『Tom Tom Club』
- 関連レビュー
概要
ブロンディの5作目のスタジオ・アルバム『Autoamerican』は、彼らのディスコグラフィの中でも特に野心的で、ジャンル横断性の強い作品である。1976年のデビュー作『Blondie』でニューヨーク・パンク/ニューウェイヴ・シーンから登場したブロンディは、1960年代ガール・グループ、ガレージ・ロック、パンク、B級映画的なイメージを混ぜ合わせた独自のポップ感覚を示した。その後、『Plastic Letters』を経て、1978年の『Parallel Lines』で「Heart of Glass」を大ヒットさせ、パンク以後のバンドがディスコ、ポップ、ロックを自在に横断できることを証明した。1979年の『Eat to the Beat』では、より幅広いニューウェイヴ・ポップへ進み、ブロンディはクラブ、ラジオ、ロック・リスナーを同時に巻き込む存在となった。
『Autoamerican』は、その流れをさらに大胆に拡張したアルバムである。ここでブロンディは、単にニューウェイヴやパワーポップの枠内にとどまらず、レゲエ、ラップ、ラテン、ジャズ、映画音楽、オーケストラル・ポップ、ミュージカル的な演出までを取り込んでいる。結果として、本作は統一されたロック・アルバムというより、アメリカの都市文化、ラジオ、ナイトクラブ、映画、テレビ、移民文化、ストリート・カルチャーが一枚の中で交差するコラージュのような作品になった。
タイトルの『Autoamerican』は非常に示唆的である。「Auto」は自動車、自動化、機械、自己を意味し、「American」はアメリカ的なものを指す。つまりこのタイトルには、自動車社会、機械化された現代生活、移動する都市文化、消費社会、アメリカ的な混合性が重なっている。ブロンディはニューヨークのバンドでありながら、本作ではより広い「アメリカ」という記号を扱っている。ただし、それは伝統的なアメリカーナではない。ここで描かれるアメリカは、カントリーやフォークの大地ではなく、ラジオから流れる異なるジャンル、タクシー、クラブ、テレビ、移民のリズム、都市の速度、メディアに媒介された欲望でできている。
本作の代表曲は、レゲエの「The Tide Is High」と、ラップを大々的に取り入れた「Rapture」である。「The Tide Is High」は、ジャマイカのグループ、ザ・パラゴンズの楽曲をカバーしたもので、ブロンディのバージョンではカリブ的な軽さとポップな洗練が結びついている。一方「Rapture」は、ヒップホップがまだメインストリーム・ポップに十分浸透していなかった時期に、ラップを取り入れて全米チャートの頂点に立った歴史的な楽曲である。この二曲だけでも、『Autoamerican』が当時のポップ・ミュージックにおいてどれほど越境的な作品だったかが分かる。
ただし、本作の価値はヒット曲だけではない。アルバム冒頭の「Europa」は、語りとオーケストラルな音響を使って、ブロンディが単なるシングル・バンドではなく、コンセプチュアルなアルバム構成にも関心を持っていたことを示す。「Here’s Looking at You」はジャズ・スタンダード風の洒脱なポップであり、「Faces」はナイトクラブの退廃を思わせる。「Go Through It」や「T-Birds」はロックンロール的なエネルギーを保ちつつ、「Live It Up」ではディスコ/ファンクのグルーヴが現れる。アルバム全体は、ジャンルの見本市でありながら、デボラ・ハリーの声とブロンディの都市的な視線によって一つに束ねられている。
デボラ・ハリーの存在は、本作でも決定的である。彼女の声は、ガール・グループ的な甘さ、パンク的な冷たさ、ディスコの妖艶さ、レゲエの軽さ、ラップに近い語りのリズム、ジャズ・シンガー的な演技性を曲ごとに使い分ける。ブロンディのジャンル横断は、単にバンドが異なる音楽を演奏しているだけではない。デボラ・ハリーがそれぞれのスタイルに応じて異なるペルソナをまとい、ポップ・カルチャーの中の女性像を演じ分けることで成立している。
『Autoamerican』は、パンクから生まれたバンドがポップ・ミュージックのあらゆる形式を吸収し、1980年代的なクロスオーバーへ向かった作品である。後のマドンナ、ノー・ダウト、ゴリラズ、ポップとヒップホップの融合、ニューウェイヴ以後のダンス・ロックなどを考えると、本作の先見性は大きい。ジャンルを純粋に守るのではなく、都市の中で出会う音を自由に組み合わせる。その姿勢こそが『Autoamerican』の本質である。
全曲レビュー
1. Europa
「Europa」は、アルバムの冒頭を飾るインストゥルメンタル/語りの要素を持つ導入曲であり、『Autoamerican』が通常のニューウェイヴ・ポップ・アルバムとは異なる構想を持っていることを最初に示す。オーケストラルな響き、ドラマティックな展開、そして語りの挿入によって、曲は映画のオープニングのように機能する。
音楽的には、ブロンディのパンク的な出自からはかなり遠い。ギター・ロックの即効性ではなく、シンフォニックで演劇的な雰囲気が重視されている。これは、バンドが『Parallel Lines』以降に得た商業的成功を背景に、より大きなポップ・アート的構成へ踏み出したことを示している。
タイトルの「Europa」は、ヨーロッパという地理的・文化的イメージを喚起する。ブロンディはアメリカのバンドでありながら、ここでは大西洋を越えた文化的な視線を導入している。『Autoamerican』というタイトルが示すアメリカ性は、閉じた国民的アイデンティティではなく、ヨーロッパ、カリブ、ラテン、アフリカ系ストリート文化などを取り込む混合的なものとして提示される。
「Europa」は単独のポップ・ソングとして聴く曲ではない。むしろ、アルバム全体の入り口として、聴き手をブロンディの作る架空の都市空間へ誘導する役割を持つ。ここから本作は、ロック・クラブ、カリブ海、ブロードウェイ、ディスコ、ストリート、映画館を行き来する旅へ入っていく。
2. Live It Up
「Live It Up」は、アルバム序盤に置かれたディスコ/ファンク色の強い楽曲である。タイトルは「人生を楽しめ」「派手にやれ」といった意味を持ち、ナイトライフ、快楽、クラブ的な高揚を想起させる。『Parallel Lines』の「Heart of Glass」でディスコを取り入れたブロンディは、この曲でもダンス・ミュージックの身体性をニューウェイヴ的なセンスで再構成している。
音楽的には、ベースラインとリズムが重要である。ギター中心のロックというより、グルーヴの上に声と装飾が乗る構造になっている。デボラ・ハリーのヴォーカルは、ロック的な力強さよりも、クラブの空気を漂うようなクールさを持つ。サウンドには華やかさがあるが、ブロンディらしい軽い皮肉も残っている。
歌詞では、夜を楽しみ、日常の制約から一時的に離れる感覚が歌われる。ただし、これは単純な享楽ではない。ブロンディにおけるナイトライフは、常に演技やイメージ消費と結びついている。楽しむことは、本当の自分を解放する行為であると同時に、別の自分を演じる行為でもある。
「Live It Up」は、『Autoamerican』がロック・アルバムではなく、都市のダンス・カルチャーを取り込んだポップ作品であることを明確に示す。ブロンディはパンクの出身でありながら、ダンスフロアを拒まなかった。その柔軟性が、本作の大きな魅力である。
3. Here’s Looking at You
「Here’s Looking at You」は、ジャズ・ポップやクラシックなショービズの雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは映画『カサブランカ』の有名な台詞を連想させ、古いハリウッド映画、バー、煙草の煙、夜の視線といったイメージを呼び起こす。ブロンディの映画的な美学が強く表れた一曲である。
音楽的には、ロックの粗さは控えめで、むしろジャズ・スタンダード風の洒脱なコード感やホーン的な雰囲気が前面に出る。デボラ・ハリーはここで、パンク・フロントウーマンというより、古い映画の中のクラブ歌手のように振る舞う。彼女の歌声には、甘さ、距離感、少しの退廃が混ざっている。
歌詞では、見ること、見られること、視線の交換が中心となる。ブロンディにおいて視覚性は非常に重要である。デボラ・ハリーは視線の対象であると同時に、その視線を自覚的に操作する存在でもある。この曲でも、ロマンティックな台詞のような表面の下に、見られる女性が自分のイメージを支配する感覚がある。
「Here’s Looking at You」は、『Autoamerican』のジャンル横断性を示すだけでなく、ブロンディがポップ・カルチャーの記憶をどのように引用するかを示す曲である。古い映画のロマンスをそのまま再現するのではなく、ニューウェイヴ以後のクールな距離感で再演している。
4. The Tide Is High
「The Tide Is High」は、『Autoamerican』を代表するヒット曲であり、ブロンディのジャンル越境能力を最も分かりやすく示す楽曲の一つである。オリジナルはジャマイカのグループ、ザ・パラゴンズによるロックステディ/レゲエの楽曲で、ブロンディはそれを1980年のポップ・シングルとして大きく再構成した。
音楽的には、レゲエ/ロックステディのゆったりしたリズムを基盤にしながら、ポップとして非常に洗練されている。明るく揺れるリズム、軽いホーン、柔らかなコーラス、デボラ・ハリーの涼しげなヴォーカルが組み合わさり、曲全体に開放感を与える。ブロンディのバージョンでは、カリブ的なリズムがニューウェイヴ・ポップの透明なサウンドと結びついている。
歌詞では、恋愛における粘り強さが歌われる。潮が高くても、語り手は諦めない。相手を手に入れるまで待つという内容だが、デボラ・ハリーの歌唱によって、執着よりも軽やかな自信として響く。彼女は熱烈に訴えるのではなく、余裕を持って相手を見つめている。
この曲の重要性は、ブロンディがレゲエを単なる異国趣味としてではなく、ポップの中心へ持ち込んだ点にある。もちろん、その取り込み方には商業的な翻訳があるが、パンク/ニューウェイヴ・バンドがジャマイカ音楽と接続する流れの中で、ブロンディのアプローチは非常に大衆的な成功を収めた。
「The Tide Is High」は、ブロンディの柔軟性とデボラ・ハリーの声の魅力が最も自然に結びついた名曲である。重く主張するのではなく、軽く揺れながらジャンルの壁を越えていく。その軽さが、ブロンディの強さである。
5. Angels on the Balcony
「Angels on the Balcony」は、アルバムの中でも比較的ストレートなニューウェイヴ・ポップ/ロックとして響く楽曲である。タイトルは「バルコニーの天使たち」を意味し、都市の建物、夜の窓、上から見下ろす存在、映画的な視点を連想させる。ブロンディらしい視覚的なイメージが強い曲である。
音楽的には、明るいギターとメロディアスな構成が中心で、過度なジャンル実験よりも楽曲としてのまとまりが前面に出る。『Autoamerican』の中では、前後のレゲエやジャズ的な曲に比べて、ブロンディのポップ・ロック・バンドとしての本筋に近い位置にある。
歌詞では、都市の夜と幻想的な存在が重なる。バルコニーにいる天使というイメージは、現実の街並みの中に突然現れる幻のようである。ブロンディはこのように、都市の具体的な場所をポップで少し非現実的なイメージへ変換することがうまい。
「Angels on the Balcony」は、アルバムの多様なジャンルの間で、ブロンディの核となるメロディ・センスを確認させる曲である。大きなヒット曲ではないが、『Autoamerican』が単なる実験の集合ではなく、しっかりとしたポップ・ソングを基盤にしていることを示している。
6. Go Through It
「Go Through It」は、前向きな推進力を持つロック・ナンバーであり、アルバム中盤にエネルギーを与える楽曲である。タイトルは「それをやり抜け」「通り抜けろ」といった意味を持ち、困難や混乱の中を進む感覚を示している。『Autoamerican』の中では、比較的ロック・バンドとしてのブロンディが見える曲である。
音楽的には、ギターとリズムがしっかりと曲を牽引し、テンポも軽快である。デボラ・ハリーの歌唱は、クールでありながら力強い。曲にはパワーポップ的な明快さがあり、ブロンディの初期から続くキャッチーなロック感覚が保たれている。
歌詞では、何かを乗り越え、前へ進む姿勢が歌われる。これは大きな社会的メッセージというより、都市生活の中での小さな決意のように響く。ブロンディの歌詞はしばしば軽く見えるが、その軽さの中には、現代的なサバイバル感覚がある。楽しみ、演じ、移動しながら、それでも進むしかない。
「Go Through It」は、『Autoamerican』の中でアルバムの重心をロック側へ戻す役割を持つ。実験的なジャンル横断の中でも、ブロンディが本質的に優れたポップ・ロック・バンドであることを示す一曲である。
7. Do the Dark
「Do the Dark」は、タイトルからしてダンスと闇を結びつけた楽曲である。「暗闇を踊れ」とも読めるこの言葉は、ナイトクラブ、秘密の遊び、都市の裏側、危険な快楽を想起させる。ブロンディの音楽において、夜は単なる時間帯ではなく、別の人格や欲望が現れる場所である。
音楽的には、ディスコ/ファンク的なリズムとニューウェイヴの冷たい質感が結びついている。ベースとビートが身体を動かす一方で、サウンド全体には少し機械的で暗い雰囲気がある。デボラ・ハリーの声も、挑発的でありながら距離を保っている。
歌詞では、暗い場所で踊ること、秘密の行為、夜の変身が描かれる。これは「Live It Up」の明るい享楽よりも、もう少し影を帯びたナイトライフである。踊ることは解放であると同時に、危険な領域に入ることでもある。
「Do the Dark」は、『Autoamerican』の都市的な夜の感覚をよく示す楽曲である。ブロンディはダンス・ミュージックを単なる陽気な娯楽として扱わず、イメージ、演技、欲望、匿名性と結びつける。暗闇の中で何者かになること。その感覚が、この曲の中心にある。
8. Rapture
「Rapture」は、『Autoamerican』最大の歴史的意義を持つ楽曲の一つであり、ブロンディの代表曲でもある。ニューウェイヴ、ディスコ、ファンク、そしてラップを融合したこの曲は、ヒップホップがまだポップ・チャートの中心に進出する前の段階で、ラップをメインストリームへ紹介する役割を果たした。デボラ・ハリーによるラップ部分は、今日の感覚では素朴に聞こえるかもしれないが、1980年当時の文脈では極めて先進的だった。
音楽的には、ゆったりしたファンク/ディスコのグルーヴが基盤である。ベースラインは滑らかで、ギターは軽く刻み、全体に都会的な余裕がある。前半はメロディアスなポップ・ソングとして進み、後半でデボラ・ハリーがラップへ移行する。この構造自体が、ジャンルの境界を越えていくブロンディの姿勢を象徴している。
歌詞では、クラブ、ストリート、宇宙人、食べられる男、ファブ・ファイヴ・フレディやグランドマスター・フラッシュへの言及など、ヒップホップ初期のニューヨーク・カルチャーがポップに引用される。ブロンディは、ダウンタウンのアート/パンク・シーンと、アップタウンのヒップホップ文化の接点にいたバンドであり、この曲はその文化的交流を反映している。
「Rapture」の重要性は、単にラップを取り入れたことだけではない。ブロンディはここで、ポップ音楽が都市の異なるコミュニティの音を接続する媒体になり得ることを示した。もちろん、ヒップホップの本質を完全に表現した曲ではない。しかし、メインストリームの聴衆にラップという表現を意識させた点で、歴史的な意味は大きい。
この曲は、ブロンディの雑食性、都市感覚、メディア的な鋭さが最もよく表れた作品である。パンクから出発したバンドが、ディスコを経てラップへ接続する。その移動の軽やかさこそ、『Autoamerican』の核心である。
9. Faces
「Faces」は、アルバムの中でも特にムーディーで、ジャズ・クラブ的な雰囲気を持つ楽曲である。タイトルは「顔たち」を意味し、都市の夜に出会う無数の人々、仮面、表情、匿名性を連想させる。ブロンディの音楽における「見る/見られる」テーマが、ここでも重要である。
音楽的には、ゆったりしたテンポ、ジャズ的なコード感、暗いバーのような空気が特徴である。デボラ・ハリーのヴォーカルは、ここでは非常に演劇的で、ナイトクラブの歌手のように響く。『Autoamerican』が単なるポップ・ヒット集ではなく、都市の夜を舞台にしたアルバムであることを強く感じさせる。
歌詞では、顔が移り変わり、誰が本当の姿なのか分からなくなる感覚が描かれる。都市では、人々は自分を演じ、他者を眺め、また見られる。顔はアイデンティティであると同時に、仮面でもある。デボラ・ハリー自身がポップ・アイコンとして「顔」を持つ存在だったことを考えると、この曲には自己言及的な響きもある。
「Faces」は、アルバムの中で派手なヒット性はないが、ブロンディのアート・ポップ的な側面を示す重要曲である。都市の表面に浮かぶ無数の顔。その裏にある孤独と演技を、静かに描いている。
10. T-Birds
「T-Birds」は、自動車文化とロックンロールの結びつきを感じさせる楽曲である。タイトルはフォード・サンダーバードを連想させ、アメリカ的な車、速度、若者文化、1950年代的なロックンロールの記憶が重なる。『Autoamerican』というタイトルが持つ自動車的なアメリカ像と直結する曲である。
音楽的には、比較的ストレートなロックンロール寄りのサウンドで、アルバムの中では軽快なアクセントになっている。ブロンディはここで、ディスコやラップ、レゲエだけでなく、古典的なアメリカン・ロックの記号も引用している。だが、それは純粋な懐古ではなく、ニューウェイヴ的な軽さで再演されている。
歌詞では、車や移動、スタイルとしてのアメリカン・カルチャーが描かれる。車は単なる移動手段ではなく、若さ、自由、性的魅力、消費文化の象徴である。ブロンディはそのイメージを、少し漫画的に、少し皮肉を込めて扱う。
「T-Birds」は、アルバム全体のタイトルにも通じる、機械化されたアメリカのポップ・イメージを担う曲である。自動車、ラジオ、道路、都市。ブロンディのアメリカは、土着的なフォークのアメリカではなく、メディアと機械で作られた光沢のあるアメリカである。
11. Walk Like Me
「Walk Like Me」は、自己模倣、スタイル、身体の動き、アイデンティティをテーマにした楽曲として聴ける。タイトルは「私のように歩け」という意味であり、ブロンディが常に扱ってきたファッション、ポーズ、見られ方、演技性の問題と深く関わっている。
音楽的には、ニューウェイヴらしい硬質なリズムとギターが中心で、アルバムの中ではロック寄りの緊張感を持つ。デボラ・ハリーの声は、命令するようでもあり、挑発するようでもある。曲全体には、身体の動きそのものをスタイルとして提示する感覚がある。
歌詞では、誰かのように歩くこと、つまり外見や態度を模倣することが扱われる。ポップ・カルチャーにおいて、歩き方、服装、声、表情はアイデンティティを作る重要な要素である。ブロンディは、内面の真実よりも、表面のスタイルが人を作ることをよく理解していた。
「Walk Like Me」は、ブロンディの自己意識の強さを示す曲である。デボラ・ハリーは単に見られるアイコンではなく、他者に模倣されるイメージを自覚的に作り出す存在だった。この曲は、そのスタイルの政治性を軽快なニューウェイヴとして表現している。
12. Follow Me
アルバムの最後を飾る「Follow Me」は、ミュージカル『Camelot』由来の楽曲であり、『Autoamerican』の中でも特に異色の終曲である。ブロンディがこの曲を取り上げたことは、本作のジャンル横断性がロック、ディスコ、レゲエ、ラップだけでなく、ブロードウェイ的な音楽劇にまで及んでいることを示している。
音楽的には、壮麗でロマンティックな雰囲気があり、デボラ・ハリーはここでポップ・シンガーというより、舞台女優のように歌う。アルバム冒頭の「Europa」と呼応するように、終曲でも演劇的で映画的なムードが強調される。これにより、アルバム全体は一種の都市的なショーとして閉じられる。
歌詞では、誰かに自分についてくるよう呼びかける。これは恋愛的な誘いであると同時に、幻想の世界へ導く声でもある。『Autoamerican』の最後にこの曲が置かれることで、ブロンディが作り出した多ジャンルの都市空間が、夢や舞台の世界へ回収されるように感じられる。
「Follow Me」は、ロック・アルバムの終曲としてはかなり大胆である。だが、『Autoamerican』という作品の性格を考えれば自然でもある。このアルバムは、ジャンルの純粋性を守る作品ではなく、ポップ・カルチャーのあらゆる断片をブロンディ流に演じ直す作品だからである。終曲にミュージカルを置くことで、その演劇性は最後まで徹底されている。
総評
『Autoamerican』は、ブロンディのキャリアの中でも最もジャンル横断的で、同時に最も評価が分かれやすい作品である。『Parallel Lines』のような完璧なパワーポップ/ニューウェイヴのまとまりを期待すると、本作は散漫に聞こえるかもしれない。しかし、その散漫さこそが『Autoamerican』の本質である。このアルバムは、一つのジャンルに統一されることを拒み、1980年前後の都市ポップ・カルチャーの混線状態をそのまま作品化している。
本作の最大の魅力は、ブロンディがポップ・ミュージックを固定された形式ではなく、都市の中で流通する音の集合として捉えている点にある。レゲエ、ラップ、ディスコ、ジャズ、ロックンロール、ミュージカル、映画音楽。これらは、本作の中で完全に均質化されるわけではない。むしろ、それぞれが少し不自然に並び、そのズレによってアルバムの個性が生まれている。
「The Tide Is High」と「Rapture」は、本作の歴史的価値を決定づける楽曲である。前者はジャマイカ音楽をニューウェイヴ・ポップの文脈へ持ち込み、後者はラップをメインストリームのポップ・チャートへ接続した。どちらも、今日の視点から見ると文化的翻訳や商業化の問題を含むが、それでも1980年時点でのブロンディの開かれた感覚と、ニューヨークの多文化的な音楽環境を反映した重要な実践であることは間違いない。
デボラ・ハリーの声とペルソナは、本作を一つにまとめる最大の要素である。彼女は曲ごとに異なる役を演じる。レゲエ・ポップの余裕ある女性、ラップを語るダウンタウンの観察者、ジャズ・クラブの歌手、ニューウェイヴのクールなアイコン、ミュージカルのヒロイン。これらの姿は一貫した内面の告白ではなく、ポップ・カルチャーの中の女性像を自在に着替える演劇的な表現である。
この演技性は、ブロンディがパンクから出発しながら、なぜ単なるロック・バンドに収まらなかったのかを説明している。彼らにとって重要だったのは、ロックの真正性よりも、イメージ、引用、変身、スタイルだった。『Autoamerican』は、その姿勢が最も大胆に表れた作品である。パンクの「本物らしさ」から離れ、むしろ人工性、混合性、メディア性を前面に出している。
一方で、本作には危うさもある。ジャンルの取り込み方は時に表層的で、アルバム全体の統一感は前作群より弱い。また、ラップやレゲエをポップ市場へ持ち込む過程には、白人ニューウェイヴ・バンドによる文化的翻訳という複雑な問題も伴う。しかし、ブロンディの強みは、そうした混線を避けず、むしろポップの場で可視化した点にある。『Autoamerican』は、完全に整理された名盤ではなく、時代の変化を敏感に受け止めた過渡期のアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、ブロンディを「Heart of Glass」や「Call Me」のバンドとしてだけでなく、1980年代以降のクロスオーバー・ポップを先取りした存在として理解するうえで重要である。現在では、ポップ、ヒップホップ、レゲエ、ダンス、ロックが混ざることは珍しくない。しかし1980年当時、その混合をメジャーなポップ・アルバムとして提示したことには大きな意味があった。
『Autoamerican』は、ブロンディがニューヨーク・パンクの出自から、世界的なポップ・カルチャーの交差点へ到達した作品である。完成度よりも冒険性、統一感よりも混合性、真剣さよりもスタイルの変化が重要なアルバムである。レゲエ、ラップ、ディスコ、ジャズ、ミュージカルを一枚の中で行き来するこの作品は、1980年代ポップの多様化を予告した、ブロンディならではの大胆なクロスオーバー・アルバムである。
おすすめアルバム
1. Blondie『Parallel Lines』
1978年発表。ブロンディの代表作であり、パンク以後のニューウェイヴ、パワーポップ、ディスコを高い完成度で融合した名盤である。「Heart of Glass」「One Way or Another」「Sunday Girl」などを収録。『Autoamerican』の冒険性に対して、こちらは楽曲の完成度とアルバムのまとまりが際立つ。
2. Blondie『Eat to the Beat』
1979年発表。『Parallel Lines』の成功を受け、パワーポップ、ニューウェイヴ、レゲエ風味、ロックをさらに広げた作品である。「Dreaming」「Atomic」「Union City Blue」などを収録。『Autoamerican』へ向かう前段階として、ブロンディのジャンル拡張が進む過程を確認できる。
3. The Clash『Sandinista!』
1980年発表。パンクを出発点に、レゲエ、ダブ、ファンク、ラップ、ワールド・ミュージック的要素を大胆に取り込んだ三枚組の大作である。『Autoamerican』と同年に発表され、パンク以後のバンドがジャンル横断へ向かった重要な例として関連性が高い。
4. Talking Heads『Remain in Light』
1980年発表。ニューウェイヴ、アフロビート、ファンク、ポリリズム、スタジオ編集を融合した革新的な作品である。ブロンディとは方法論が異なるが、1980年前後のニューヨーク周辺のバンドがロックの外部のリズムを取り込み、新しいポップの形を作ろうとしていたことを理解するうえで重要である。
5. Tom Tom Club『Tom Tom Club』
1981年発表。トーキング・ヘッズのティナ・ウェイマスとクリス・フランツによるサイド・プロジェクトで、ファンク、ディスコ、ヒップホップ初期の感覚、ニューウェイヴの軽さを融合している。「Genius of Love」は後のヒップホップやR&Bにも大きな影響を与えた。『Autoamerican』の「Rapture」に通じる、ニューウェイヴとストリート・カルチャーの接点を理解するうえで関連性が高い。

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