発売日: 2019年8月9日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワーポップ、ブリットロック
概要
『Tallulah』は、Feederが2019年に発表した通算10作目のスタジオ・アルバムであり、バンドが25年以上のキャリアを経たうえでなお、瑞々しいエネルギーとメロディへの情熱を貫くことを証明した作品である。
本作は、前作『All Bright Electric』のヘヴィかつ陰影に満ちたトーンから一転し、より開放的で親しみやすいメロディを軸に構成されている。
その一方で、歌詞の面では成熟した視点から、家族、記憶、孤独、社会への違和感など、多様な感情が織り込まれており、“大人のポップロック”としての深みも併せ持っている。
タイトルの「Tallulah」は、グラント・ニコラスが娘の友人につけたニックネームを由来としており、特定の意味を押しつけず、自由で曖昧な存在としての象徴を担っている。
つまりそれは、時代に左右されず、純粋に響く“名前の音”のようなもの。Feederの音楽そのものが、そうした自由さと輪郭のぼやけた感情の受け皿であることを示唆しているのだ。
全曲レビュー
1. Youth
アルバムの幕開けにふさわしい、疾走感あふれるロック・ナンバー。
“青春”という普遍的なテーマを扱いながらも、回想ではなく“今なおそこにある感覚”として描かれているのが印象的である。
2. Blue Sky Blue
ダブルで青を重ねたタイトルが象徴するように、希望と不安が交錯するミディアムテンポの楽曲。
サビで一気に開けるコード感が心地よく、歌詞のもつセンチメンタルさを引き立てている。
3. Daily Habit
日々繰り返される“習慣”の中に潜む虚しさや依存をテーマにした、タイトなリズムと歪んだギターが印象的な一曲。
Feederのポップセンスとオルタナティヴな骨格がうまく共存している。
4. Fear of Flying
本作の核を担うリードトラック。
“飛ぶことへの恐れ”は、自己解放と成長への恐怖を象徴しており、サウンドもエモーショナルなギターと高揚感のあるメロディで構成される。
キャリアのあるバンドだからこそ歌える成熟した“勇気”の歌である。
5. Rodeo
軽快なビートとカントリー風のニュアンスが入り混じる楽曲。
“ロデオ”は日常の荒波を乗りこなす比喩として用いられ、人生そのものの揺れ動きを描いている。
6. Tallulah
タイトル曲。可憐でミステリアスな名前“タルーラ”が象徴するのは、子ども時代の想像力、無垢な自由、そして守りたいものの記憶。
シンプルながらも温かく、どこか私的な祈りのような楽曲である。
7. Shapes and Sounds
抽象的なタイトルが示すように、感覚的な経験そのものを音に変換したようなナンバー。
中盤で見せるダイナミックな展開が、聴き手の内面をゆっくりと揺らしてくる。
8. Guillotine
政治的・社会的なイメージを喚起させるタイトルだが、実際にはもっとパーソナルな切断や終焉を暗示する内容。
鋭く刻まれるリズムと切迫したボーカルが緊張感を生んでいる。
9. Kite
風に乗って空を舞う“凧”をテーマに、自由と不安定さを描いた美しい楽曲。
メロディは優しく、ギターのアルペジオが空に漂う風景を思わせる。
10. Windmill
少しレトロな響きと共に、時間の循環性や風景の変化を描く一曲。
“風車”という静かな動力装置が、時間の流れを象徴するように響いている。
11. Lonely Hollow Days
孤独な空洞のような日々に寄り添う、内省的でしっとりとしたバラード。
歌詞には家族や過去の記憶がにじみ、誰しもの胸にある“孤独の風景”と共鳴する。
12. Land of the Thousand Wonders
アルバムの終盤に登場する幻想的な一曲。
“千の驚きの国”というファンタジックな世界観が、現実逃避や想像力の解放を象徴する。
13. Final Flame
“最後の炎”というタイトルが示すように、終わりゆくものへの静かな敬意と、そこに宿る美しさを描く楽曲。
淡々としながらも確かな熱を持つ、エンディングにふさわしいナンバーである。
総評
『Tallulah』は、Feederが長いキャリアの中で積み重ねてきた多様な音楽的要素を、温かく、開かれた形で提示したアルバムである。
1990年代のグランジ/ブリットロックから続く彼らの原点を踏まえながらも、本作では過剰なノスタルジーに陥ることなく、ポップロックとしての普遍性と時代性を両立している。
とりわけメロディの力が強く、どの楽曲も耳馴染みがよい一方で、歌詞には確かな体温と深い感情が込められている。
サウンド面では、これまでのような重厚さや破壊的なギターリフよりも、流麗で開放感のあるコード感やリズムが重視され、楽曲全体に明るさと軽やかさが漂っている。
これはバンドが内省を経て得た“赦し”や“安定”のような感情を反映しており、人生の中盤に差しかかったリスナーたちにとって、非常に共鳴度の高い内容となっている。
Feederはこの作品で、“変わらない何か”を鳴らすのではなく、“変わっていく自分たち”をそのまま音にした。
それゆえに『Tallulah』は、優しく、強く、そして誠実なアルバムとして、今後も長く聴き継がれていくことだろう。
おすすめアルバム
- Travis『Everything at Once』
メロディ重視の成熟したUKロックとして、柔らかい感性が共通。 - Teenage Fanclub『Man-Made』
親しみやすさと奥行きのあるメロディが近似。 - Ash『Kablammo!』
勢いとポップネスのバランスがFeederの今作と響き合う。 - Weezer『White Album』
爽やかでノスタルジックなパワーポップという意味での兄弟的作品。 -
Keane『Cause and Effect』
大人の視点から感情を描いたポップロック作品。静かな共感がある。
歌詞の深読みと文化的背景
『Tallulah』における歌詞は、かつての“痛み”や“怒り”から少し距離を置き、より成熟した視点で人生を見つめ直すものとなっている。
とくに「Youth」「Fear of Flying」「Lonely Hollow Days」などでは、喪失や孤独、老いといったテーマが扱われているにもかかわらず、それらが過度に悲観的にはならず、どこか温かい眼差しで包まれているのが特徴だ。
また、アルバム全体に通底するのは、“想像力と記憶”の力である。
タルーラという名前が象徴するように、このアルバムは特定の誰かの物語ではなく、“かつて自分もそうだった何か”を喚起させる。
それは、個々のリスナーの中に眠る物語をそっと揺り起こすような優しい力であり、時代や国境を超えて届く普遍的な詩のようでもある。
このように『Tallulah』は、成熟したロックバンドによる、いま必要とされる“優しい声”として、音楽の持つ意味を静かに、しかし確かに問いかけているのだ。
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