
発売日:2014年3月3日
ジャンル:Indie Rock / Alternative Rock / Indie Pop
概要
We Are Scientistsの5作目のスタジオ・アルバム TV en Français は、2014年に発表された作品である。キース・マレーとクリス・ケインを中心とするバンドは、2005年の With Love and Squalor で鋭いギター、踊れるリズム、強いサビを組み合わせたインディー・ロックを確立した。その後は作品ごとにシンセサイザーやポップ寄りのアレンジも取り入れたが、本作ではギター・バンドとしての直接的な感触を改めて前面に出している。
プロデュースはChris Coadyが担当。Yeah Yeah YeahsやBeach Houseなどを手掛けてきた彼のもとで、ギターは輪郭を保ちながら厚みを増し、リズム隊にもライブ演奏に近い力強さがある。ただし初期の性急なダンス・ロックへ単純に戻ったわけではない。「Return the Favor」や「Don’t Blow It」のようにテンポを落とした曲も配置され、マレーのメロディには以前より落ち着いた陰影が加わった。
歌詞では恋愛や人間関係が中心となるが、幸福な関係を正面から描くことは少ない。相手との距離を測ったり、自分の判断を疑ったり、すでに問題があると分かっていながら関係を続けたりする語りが多く、バンド特有の皮肉な言葉遣いも残されている。勢いだけで曲を成立させず、30代に入ったバンドらしい疲労や迷いまでポップなメロディへ組み込んだアルバムである。
全曲レビュー
1. 「What You Do Best」
ギターが大きく鳴るイントロから、We Are Scientistsらしい速さと明快さをすぐに提示する。ヴァースではマレーの歌を中心に比較的すっきり進み、サビに入ると複数のギターが広がって音の面積が一気に大きくなる。タイトルは相手の長所を褒める言葉にも見えるが、歌い方には苛立ちが混ざり、単純な賛辞には聞こえない。アルバムが初期のギター中心の感覚を取り戻したことを示す、機能的なオープニングである。
2. 「Dumb Luck」
軽快なテンポに対して、歌詞には自分の選択を完全には信用できないような感覚がある。「運が悪かった」で片づけようとする態度にも自己弁護めいた響きがあり、明るいメロディとのずれが面白い。ドラムは細かな装飾より一定の推進力を優先し、ギターも短いフレーズを重ねて曲を前へ運ぶ。深刻な状況を必要以上に重く歌わないところに、このバンドのポップ感覚がよく出ている。
3. 「Make It Easy」
題名とは反対に、人間関係を簡単に処理できないもどかしさが曲の中心にある。ヴァースは音数を抑えてマレーの声に場所を譲り、サビではギターとコーラスを重ねて感情の幅を広げるため、静と動の差がはっきりしている。メロディには初期作品ほどの切迫感より余裕があり、それがかえって歌詞の諦めや迷いを強調する。勢いだけではない本作の作曲を分かりやすく示す一曲だ。
4. 「Sprinkles」
硬く刻むギターと跳ねるようなリズムが絡み、アルバム前半でも特に身体的な推進力が強い。ギターを壁のように重ねるのではなく、短い音をリズムの隙間へ置くことで、ベースとドラムの動きまで聞こえやすくしている。マレーのボーカルも長く音を伸ばすより言葉を素早く処理し、演奏の細かなアクセントへ合わせていく。インディー・ロックとダンス・ロックの境界にいた初期の感覚を成熟した演奏で再訪している。
5. 「Courage」
勢いのあるタイトルとは裏腹に、歌詞が扱うのは自信に満ちた勇気というより、不安を抱えた状態で行動する難しさである。ギターは太いコードを中心に鳴り、サビではマレーの高めの声と重なることで明るさと切迫感を同時に作る。感情を劇的に爆発させるのではなく、迷いを抱えたまま前進するようなメロディになっている点が特徴だ。アルバムの恋愛観にある不安定さが、簡潔なロック・ソングへまとまっている。
6. 「Overreacting」
タイトル通り、感情が必要以上に膨らんでしまう状態を扱いながら、演奏そのものはかなり統制されている。ヴァースではギターを細かく刻み、サビへ向けて音を増やすことで、抑えていた感情が徐々に表へ出る構造を作る。マレーの歌唱にも焦りがあるが、叫ぶところまで行かず、あくまでポップなメロディの中へ収めている。内容の混乱と演奏の整理された形が対照的だからこそ、曲の焦燥感が分かりやすい。
7. 「Return the Favor」
ここでテンポを落とし、アルバムの流れを大きく変える。ギターの音数を減らした空間のあるアレンジによって、マレーの声とメロディが普段以上に前へ出る。相手との間で何を与え、何を返してもらうのかという関係の不均衡を思わせる歌詞も、速い演奏で包まないため言葉の重さが残る。前半の短く勢いのある曲が続いたあとに置かれることで、本作が持つ落ち着いた側面をはっきり見せる転換点になっている。
8. 「Slow Down」
タイトルに反して、完全に速度を落とす曲ではない。むしろ前へ進もうとする演奏と、それを制御しようとする言葉の間に摩擦が生まれている。ギターは明るい響きを保ちながら一定のパターンを繰り返し、リズム隊がその下で曲を押し続けるため、立ち止まりたいのに止まれないような感覚がある。We Are Scientistsが得意とする、言葉の意味と音楽の運動を少しずらす作り方が生きた曲である。
9. 「Don’t Blow It」
後半で再び速度を抑え、失敗する可能性を意識した慎重な空気へ移る。ヴァースではボーカルの周囲に広い空間を残し、ギターも強く押し出さず、サビで初めて音が大きく開いていく。題名の「台無しにするな」という言葉は相手への忠告にも、自分自身への言い聞かせにも聞こえ、その曖昧さが曲の緊張を保っている。大きなサビを持ちながら爽快感だけに着地しないところが、本作後半の特徴である。
10. 「Take an Arrow」
終曲では、アルバムを通して繰り返されてきた関係の摩擦や自己疑念を、比較的落ち着いたテンションで受け止める。ギターは激しく押し切るより響きの広がりを生かし、リズムも余白を残すため、マレーのメロディが自然に浮かび上がる。傷を引き受けることを連想させるタイトルにも、単純な自己犠牲とは言い切れない苦みがある。派手な解決を用意せず、少し疲れた余韻を残して終わる構成がアルバムの内容によく合っている。
総評
TV en Français は、We Are Scientistsが初期のギター・ロックへ戻りながら、単なる原点回帰にはしなかった作品である。ギター、ベース、ドラムの輪郭は明確で、「Sprinkles」のような曲には With Love and Squalor に通じる俊敏さもある。しかしアルバム全体ではテンポを落とす場面が以前より重要になり、ギターの音量を上げることだけで起伏を作らず、余白やメロディの変化によって曲ごとの差を生んでいる。
Chris Coadyによるプロダクションも、この方向に合っている。楽器は十分に太く録られているが、過度に音を詰め込まず、ギターが大きくなる場面でもリズム隊やボーカルの位置が分かる。結果としてライブ感のあるロック・アルバムでありながら、細部まで整理されたポップ作品としても成立した。初期の性急さをそのまま再現するのではなく、演奏の力をどこで抑え、どこで解放するかを意識している。
歌詞とサウンドの関係にも成熟が見える。ここで描かれる人間関係には誤解、迷い、過剰反応、失敗への恐れが付きまとい、語り手が正しい答えを持っているとは限らない。その不安を暗い音楽で直接表現するのではなく、覚えやすいメロディや軽快なリズムへ乗せることで、深刻さとユーモアの両方を残している。マレーの少し乾いた歌声はその距離感に適しており、感情を大げさに演じなくても歌詞の居心地の悪さが伝わる。
デビュー期ほど一曲ごとの即効性を追求した作品ではないため、最初の数回では似たテンポやギターの質感が続くように感じる部分もある。その代わり、前半の勢いから「Return the Favor」以降の余白を生かした曲へ進む流れには、アルバムとして聴くことで分かる起伏がある。TV en Français はWe Are Scientistsの方法を作り直した作品というより、すでに持っていた強みを年齢と経験に合わせて調整した一枚だ。鋭いギターと大きなサビという基本形を守りながら、その間にためらいや疲労まで入れられるようになったことが、本作の一番大きな変化である。
おすすめアルバム
With Love and Squalor by We Are Scientists
2005年の代表作。鋭く刻むギターと踊れるリズムをより速く、直接的に鳴らしており、TV en Français と比べることで、同じ基本要素を30代のバンドがどう落ち着かせたかが見えてくる。
Brain Thrust Mastery by We Are Scientists
シンセや広がりのあるアレンジを増やした2008年作。ギター中心の TV en Français とは表面の音が異なる一方、メロディを最優先する作曲姿勢は共通しており、バンドの振れ幅が分かりやすい。
Room on Fire by The Strokes
簡潔なギター・フレーズを組み合わせ、余計な装飾を避けながら強いメロディを作る点で接点がある。The Strokesの方が演奏を乾いた質感に絞っており、We Are Scientistsの開放的なサビとの違いも明確だ。
Antics by Interpol
2000年代ニューヨーク周辺のギター・ロックという背景を共有しながら、より暗く反復的なリズムを追求した作品。TV en Français の明るいメロディと比較すると、似た楽器編成から生まれる感情の違いがよく分かる。
More Adventurous by Rilo Kiley
インディー・ロックを土台にしながら、ギターの勢いだけに頼らずメロディと人間関係の細かな感情を重視した作品。サウンドは異なるが、親しみやすいポップソングの中へ迷いや皮肉を自然に入れる点で TV en Français と響き合う。

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