
発売日: 2009年(Vol.1)/2011年(Vol.2) ※デジタル限定自主リリース
ジャンル: アコースティック・ロック、オルタナティヴ・ポップ、エモ・フォーク
概要
『Pop, Songs & Death』は、Wheatus(ウィータス)が2009年から2011年にかけて2部構成で発表した、
“死とポップソング”をテーマにした異色のEPシリーズである。
Vol.1は『The Lightning EP』(2009年)、Vol.2は『The Jupiter EP』(2011年)という副題を持ち、
どちらも自主レーベルMontauk Mantisを通じてデジタル販売・寄付制DLで公開され、
メジャーとは一線を画すDIYかつ内省的な作品群となっている。
『Too Soon Monsoon』までで一度完成されたアコースティック/オルタナティヴ路線をさらに推し進め、
本シリーズでは**“死”、“別れ”、“喪失”といった深く個人的なテーマ**が繊細に掘り下げられている。
ポップソングの枠を保ちながら、**感情の複雑さと音楽の語り口が見事に一致した、キャリア屈指の“静かな傑作”**と評価されている。
全曲レビュー(Vol.1: The Lightning EP)
1. From Listening to Lightning
シリーズの幕開けにふさわしい静謐なギター・バラード。
“雷の音を聞いていたら、あの夜を思い出した”という冒頭のラインが象徴するように、
記憶と痛みの再生がテーマ。静かなアルペジオが心に染みる。
2. Lemonade (Acoustic)
過去作の名曲「Lemonade」のアコースティック・リワーク。
表面のキャッチーさが剥がれ落ち、“恋愛のビターな後味”がより浮き彫りになる構成。
シンプルなコード進行と囁くような歌声が印象的。
3. Real Girl
穏やかだが毒のあるラブソング。
“本物の女の子はこんなふうに笑ったりしない”というアイロニカルなフレーズが繰り返され、
現実と理想の狭間で揺れる男性の不安定な心理が滲む。
4. You and Your Stupid Guitar
自己嫌悪と他者への妬みが交錯する、極めて個人的な告白のような楽曲。
“お前のギターが俺の居場所を奪った”という歌詞に、音楽への愛と憎しみが同時に込められている。
5. Bridges
失われた友情、過去との決別を描いた感傷的で広がりのあるアコースティック・ナンバー。
“僕らの橋は燃えてしまった”というラインに、再生不可能な関係への儚い祈りが感じられる。
全曲レビュー(Vol.2: The Jupiter EP)
1. Break It Don’t Buy It (Redux)
前作『Too Soon Monsoon』収録曲の新バージョン。
より内省的なアレンジで、軽口だったタイトルが“壊した責任”を強く問いかけるニュアンスに変化している。
ストリングスが加わり、ドラマ性が増している。
2. Fourteen
14歳の頃の初恋と、それが終わった瞬間の記憶を描いた短編映画のような楽曲。
少年期の壊れやすさと純粋さが、驚くほどリアルに描写されている。
ブレンダンの語りかけるようなボーカルが胸を打つ。
3. Only You (Reprise)
シンプルなピアノと囁き声だけで展開する極限まで削ぎ落とされたラブソング。
前作の再演ながら、こちらでは**“永遠に届かない愛”として再定義されている**印象。
孤独をそのまま音にしたような曲。
4. Holiday (For Mr. Black)
死別をテーマにしたレクイエム的バラード。
“ミスター・ブラック”が誰なのかは語られないが、喪失に対する誠実な祈りと静かな愛情が流れている。
シンセとピアノの交錯が美しい。
5. Freedom Song
シリーズの締めくくりは、沈黙と余白に支配された、解放と浄化の歌。
“自由になったんだ、きっとこれは祝福なんだ”というラインが、悲しみの果てにある安らぎを告げる。
コード進行はミニマルながら、情感は非常に深い。
総評
『Pop, Songs & Death』は、Wheatusのブレンダン・ブラウンがポップソングの可能性を最大限まで絞り込んだ結果生まれた、
最もパーソナルで内省的なプロジェクトである。
“ポップと死”という二項対立のもとで、軽やかさと重さ、希望と喪失、ナード的自己認識と人生の不条理を、
極めて静かな方法で語り切っている。
これまでのようなパンキッシュな遊び心は控えめだが、
代わりに浮かび上がるのは、音楽が“悲しみを整える技術”であることの静かな証明である。
おすすめアルバム
- Eels『Electro-Shock Blues』
死と喪失をポップに昇華した、痛切で優しい名盤。 - Ben Gibbard『Former Lives』
感情の細部まで捉えるソロ・ポップの名手。 - Keaton Henson『Dear…』
極限まで静かで内向的なアコースティック作品。 - Bright Eyes『I’m Wide Awake, It’s Morning』
物語と感情の交差点を行くオルタナ・フォーク。 - Sufjan Stevens『Carrie & Lowell』
喪失と再生をめぐる音楽表現の極北。
ファンや評論家の反応
『Pop, Songs & Death』は、一般的な音楽メディアではほとんど語られることのなかった作品である。
しかしファンの間では、「Teenage Dirtbag」だけでは決して語れないWheatusの深層部を知るための重要作として、
今なお密かに愛され続けている。
楽曲の完成度、歌詞の誠実さ、そして何よりも**“届く人にだけ届けばいい”という静かな決意**が、
このアルバムを唯一無二の存在にしている。
『Pop, Songs & Death』は、音を小さくして、心の奥まで届くように設計されたWheatusの魂の断片である。
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