発売日: 2011年3月7日
ジャンル: オルタナティヴロック、アートロック、アメリカーナ、ポストパンク
概要
『Collapse into Now』は、R.E.M.が2011年に発表した15作目にして最終スタジオ・アルバムである。
この作品は、**約30年にわたるキャリアの総括であり、別れの予感と祝福が交差する“ラスト・ステートメント”**となった。
前作『Accelerate』(2008)は、怒りと疾走感に満ちた再起のロックアルバムだった。
それに対して本作は、キャリア全体を見渡すように、過去の音楽的アプローチを織り交ぜながら、静かに自らの幕引きを準備するような作品となっている。
プロデューサーは再びジャックナイフ・リー。録音はベルリン、ナッシュビル、ニューオーリンズなど複数の都市で行われ、
バンドの多面的な音楽性──フォーク、パンク、ドリームポップ、バロック、アメリカーナ、実験音楽──が曲ごとに異なる表情で表れている。
そして発表から半年後の2011年9月、R.E.M.は公式に“解散”を表明。
このアルバムは結果的に、**自らを崇拝することなく、静かに引き際を美しく描いたロックバンドの“最終章”**となった。
全曲レビュー
1. Discoverer
ザラついたギターとシャウト気味のボーカルで始まる、エネルギッシュなオープニング。
“発見者”というタイトル通り、かつての若きR.E.M.の熱量を蘇らせるような曲調。
「New York, New York…」と繰り返すコーラスに、地理的場所と感情の記憶が交差する。
2. All the Best
パンク調のアッパーなトラック。
自嘲的でありながらどこか陽気な歌詞が、“最後の乾杯”のような軽やかさと終末感を同時に伝える。
3. Überlin
淡々としたリズムに乗せて歌われる、日常と移動、そして自己省察の詩。
「I am flying on a star into a meteor tonight」という一節に、今この瞬間のきらめきと消失が込められている。
MVでは俳優アーロン・ジョンソンがベルリンの街を歩く。
4. Oh My Heart
前作『Accelerate』の「Houston」に続く、ニューオーリンズ再生をテーマとした曲。
哀愁あるアコーディオンとホーンが、破壊と回復の物語を丁寧に描く。
5. It Happened Today
マイク・ミルズとエディ・ヴェダー(Pearl Jam)がコーラス参加した、祝祭的なフォーク・アンセム。
終盤は歌詞を持たないハミングが延々と続き、“言葉にならない幸福”の表現として記憶に残る。
6. Every Day Is Yours to Win
優しく静かなバラード。
スタイプの語りかけるような歌い方と、ドリーミーな音像が、日々の小さな肯定をそっと提示する。
7. Mine Smell Like Honey
90年代的なパワーポップとグランジが混ざったようなロックナンバー。
一見無意味なタイトルも、**R.E.M.らしい“記号化された皮肉”**として機能する。
8. Walk It Back
静かな語りとピアノのループが特徴のメランコリックな楽曲。
“言葉を戻すことができたら”という、後悔と記憶の反芻がテーマ。
9. Alligator_Aviator_Autopilot_Antimatter
ピーヴィー・ハーヴェイがゲスト参加した、最も実験的でカオティックなナンバー。
言葉遊びとノイズギターがぶつかり合い、混乱と遊び心の象徴として機能する。
10. That Someone Is You
1分42秒のショートパンク。
『Life’s Rich Pageant』期を彷彿とさせるローファイなテンションで、R.E.M.が最後に“バンド感”を爆発させたような衝動曲。
11. Me, Marlon Brando, Marlon Brando and I
ドローン的なピアノと囁き声で構成された、詩のような楽曲。
“ブランドーと自分”というモチーフは、芸術と自己の鏡像的関係を表す。
12. Blue
パティ・スミスが語りを担当するラストトラック。
音像は『E-Bow the Letter』の続編のようでもあり、終末、再生、言葉の力、空白の美といったテーマが重なる。
ラストには冒頭曲「Discoverer」のリフレインが静かに再登場し、アルバムを円環構造で閉じる。
総評
『Collapse into Now』は、R.E.M.という稀有なバンドが、無理なく、劇的すぎず、しかし確かな方法で“幕を引いた”アルバムである。
怒りや希望、憂鬱や喜び、それらすべてが過去作への参照として織り込まれつつ、
それが懐古ではなく“今、この瞬間”として響く構成となっている。
“加速”した前作と、“沈黙”へ向かう本作。
その対比の中で、『Collapse into Now』は決してドラマチックではないが、極めて詩的で哲学的な別れの言葉を提示した。
そしてその“さりげなさ”こそが、R.E.M.らしさなのだ。
彼らは、燃え尽きることも、解散ツアーをすることもなく、
ただこのアルバムを遺し、静かに姿を消した。
それはまるで、「君たちに残す言葉はもうすべて歌った。あとは歩いてくれ」と言うように。
おすすめアルバム(5枚)
- R.E.M. / Lifes Rich Pageant
“バンドとしての衝動と知性の黄金比”を求めるなら、原点の一つ。 - Wilco / Sky Blue Sky
静かな熟成と内面の対話を描いたアメリカン・ロックの成熟例。 - Pearl Jam / Backspacer
同時代的に“バンドの終わり方”を模索していたUSオルタナの兄弟的存在。 - Nick Cave & The Bad Seeds / Push the Sky Away
語りと余白、美しさと終末感の絶妙なバランスが共通する。 - The National / Trouble Will Find Me
R.E.M.の後を継ぐような、成熟した都市のメランコリック・ロック。
ビジュアルとアートワーク
ジャケットは、アーティストのクリスター・ストロンブリによる、タイポグラフィを中心とした無骨で象徴的なデザイン。
「Collapse Into Now」という言葉自体が、“時間の終点への折りたたみ”を思わせる、哲学的タイトルと一致した視覚表現となっている。
最後の言葉を告げるには、このくらいの距離感と抽象性がちょうどいい。
『Collapse into Now』は、“さよなら”を大声で言わず、“ありがとう”をささやきで残すような音楽である。
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