1. 歌詞の概要
「Stereo」は、Pavement（ペイヴメント）が1997年に発表した5作目のスタジオ・アルバム『Brighten the Corners』の冒頭を飾る楽曲であり、90年代後半のインディーロックの中でもとびきり奇妙で愛すべきアンセムのひとつである。
歌詞は、その一節一節がつながっているようでいてまるで意味を成していないような、不条理な問いと言葉遊びに満ちている。開口一番に飛び出すのは「What about the voice of Geddy Lee? How did it get so high?（ゲディ・リーの声ってなんであんなに高いの？）」というカナダのプログレバンドRushのフロントマンについての唐突な疑問であり、ここからリスナーは既に“意味を求めない領域”へと誘い込まれる。
全体を通して語られるのは、現代における“表現”の不確かさ、アイデンティティの浮遊、そして何より“音の中で漂う存在”としての自分自身の姿である。タイトルの「Stereo」は、そのまま音楽の再生方式としてのステレオを指すだけでなく、あらゆるものが二重写しになって見える現代的な視覚や聴覚のメタファーとしても読み解ける。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Brighten the Corners』は、それまでのPavementのローファイで崩れた音像とは異なり、より整った録音と構成によって“音楽的に成熟した姿”を見せたアルバムである。しかしそれは決して「大人しくなった」という意味ではない。むしろ「Stereo」に象徴されるように、より洗練された技術のなかに“破綻を抱えた意識”を押し込めるという、実験性と脱構築の試みが強まっている。
スティーヴン・マルクマスはこの時期、歌詞において「意味そのもの」を戯画化し、リスナーが“意味を読み取ろうとする行為”を揶揄していたとも言われる。例えば「Stereo」では、“聴くこと”そのものが主題になっており、ヴォーカル、ナレーション、ナンセンスな質問、そして突然のメタ的な語りなどが混在している。これは「誰が語っているのか」「何を語っているのか」という問いに対して、明確な答えを拒否する姿勢でもある。
また、この曲はシングルとしてもリリースされ、ミュージックビデオも制作された。そこでは白いスーツを着たマルクマスが抽象的な空間の中で歌い踊る姿が映し出され、音楽の中にある“意味の空洞”と、それを乗り越える身体性のようなものが強調されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Stereo」の印象的な一節を抜粋し、和訳を添えて紹介する。
What about the voice of Geddy Lee?
ゲディ・リーの声ってどうなんだ？How did it get so high?
あんなに高い声、どうやって出してるの？I wonder if he speaks like an ordinary guy
普通に話すときも、あの声なのかな？(I know him, and he does)
（俺、知ってるよ。普通に喋ってるよ）And you’re my fact-checkin’ cuz
お前は俺の“事実確認係”ってとこかI’m not what I used to be
俺はもう昔の俺じゃないんだAnd you, you’re just a stereo
で、お前はただのステレオにすぎない
出典：Genius – Pavement “Stereo”
4. 歌詞の考察
「Stereo」の世界観は、言語が“語るため”ではなく“音として鳴るため”に存在しているような不思議なバランス感覚で成立している。Rushのゲディ・リーをネタにしたような冒頭のくだりに代表されるように、真面目に問いかけているようで、すぐに茶化される。語り手が本気かどうかも分からない。だからこそ、ここでは“意味”よりも“響き”が先に立ってくる。
「And you, you’re just a stereo」というラインは、リスナーが“ただ音を受け取る装置”に過ぎないという、ある種のニヒリズムを表しているが、同時にそれは“音を通じてしか伝わらないものがある”という信頼の裏返しでもある。これはPavementというバンドが一貫して持ち続けてきた態度──「言葉は信用できないが、音楽は正直だ」という矛盾した信条の表れだろう。
また、「I’m not what I used to be」というフレーズは、Pavement自身の変化を意識しているようにも見える。『Slanted and Enchanted』のころの壊れかけた美しさとは異なり、『Brighten the Corners』の彼らは整然としている。しかしその変化は“裏切り”ではなく、“進化”として肯定されている。
「Stereo」は、そうした彼らの現在地を宣言するマニフェストであり、同時に「わけがわからないからこそ最高」という、90年代インディーロックの精神を最も濃厚に表現した作品でもある。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shady Lane by Pavement
同アルバム収録のメロディアスな一曲。日常と幻想が交錯する詩が魅力。 - Cut Your Hair by Pavement
商業主義とロックスター像への皮肉が詰まった代表的ナンバー。 - Silence Kit by Pavement
無音と騒音のあいだで揺れる、“鳴らさないこと”の表現が秀逸な楽曲。 - Loretta’s Scars by Pavement
より初期の、ローファイ感と詩の破片がきらめく名曲。 - Unfair by Pavement
カリフォルニアをめぐる風刺と爆発的なビートが印象的なロックチューン。
6. 声にならない声と、言葉にならない感情のために
「Stereo」は、Pavementというバンドの“最も自由な瞬間”を捉えた楽曲である。
それはロックの様式や文脈に縛られず、メッセージにこだわらず、ただ音の流れと感覚のゆらぎの中で“存在すること”を祝福している。
スティーヴン・マルクマスの歌詞は、常に“意味を逃れようとする言葉”だった。だがその言葉は、逃れながらも何かを強く伝えてしまう。意味を拒みながらも、何度もリスナーの心に残ってしまう。
「Stereo」は、そんな“言葉にならない感情”のための、完璧なポストモダン・ポップソングである。何も分からないけれど、なんだか分かる。
その曖昧さのなかに、美しさがある──
まさにそれが、Pavementというバンドが最も得意とした表現形式なのだ。
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