1. 歌詞の概要
「Ask」は、The Smiths(ザ・スミス)が1986年にリリースしたシングルで、翌年のコンピレーションアルバム『Louder Than Bombs』にも収録された作品である。恋愛や欲望、不安と社会的抑圧に対するメッセージが軽快なサウンドに乗せて歌われており、ザ・スミスの中でも比較的明るく、ポジティブなトーンが印象的な一曲である。
歌詞の中核をなすのは、「シャイでいるな」「怖がるな」「ただ尋ねてみればいい」というシンプルで優しい言葉たちだ。特に、「シャイになるくらいなら、死んだほうがマシだよ(Shyness is nice, and shyness can stop you from doing all the things in life you’d like to)」というフレーズは、内気な自分を乗り越えるための応援のようでもあり、同時にモリッシー特有の反語的ユーモアでもある。
全体としては、「人とつながりたい」「でも怖い」「それでも一歩踏み出してみよう」という心の機微を、決して説教臭くなく、むしろ親しみを込めて描いたような曲であり、リスナーの心にそっと寄り添うような存在感を放っている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Ask」は、1986年10月にザ・スミスの新曲としてシングルリリースされ、全英チャートで14位を記録した。ギタリストのジョニー・マーは、本作のレコーディングにあたり、いつものようなリヴァーブやディレイに頼らず、よりクリアで軽快な音作りを目指したという。そこには、より多くのリスナーに届く“開けた”ポップソングを作りたいという意図があった。
この曲の録音には、後にThe Sundaysのボーカルとして知られるカースティ・マッコールがコーラスで参加しており、モリッシーの歌声と交差することで、より優しく親密な響きを生んでいる。
モリッシーの歌詞は一見ラブソングにも思えるが、その根底にあるのは「個人の解放」や「社会的羞恥の克服」といった、ザ・スミス全体のテーマとも連動する普遍的な問題意識である。特に、性や人間関係における“語られなさ”や“ためらい”を打ち破るようにして、語り手は「Ask me, I won’t say no. How could I?(聞いてくれたら、僕は断ったりしないよ。できるわけがない)」と繰り返す。これは、“聞かれたかった誰か”の声であり、同時に“誰かに問いかけたい自分”の声でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的なリリックを抜粋し、和訳を添えて紹介する。
Shyness is nice, and
シャイでいるのは悪いことじゃないShyness can stop you
でもシャイだと、できたはずのことを全部逃してしまうよFrom doing all the things in life you’d like to
人生でやってみたいこと、言ってみたいこと、全部さSo, if there’s something you’d like to try
だから、もし何かやってみたいことがあるならAsk me, I won’t say “no”
聞いてみてよ、僕は断らないからHow could I?
そんなことできるわけないだろ?
出典:Genius – The Smiths “Ask”
4. 歌詞の考察
「Ask」は、モリッシーがこれまでに書いてきた多くの楽曲の中でも、特に“他者との接点”に焦点を当てた数少ないナンバーである。普段は孤独やアイロニーを漂わせながら、“誰もわかってくれない”という叫びを内に抱えた人物像が多いが、この曲の語り手は明確に“つながりたい”という希望を持っている。
その希望は、恋愛に対する欲望としても、友情や共感を求めるものとしても読めるが、いずれにしても“問われること=選ばれること”への強い渇望が垣間見える。
また、「shyness is nice(内気ってのは、まあ素敵なことさ)」という前置きは、自己肯定のようでいて、その直後に「でも、やりたいことを逃すよ」と畳みかけることで、やさしく背中を押す構造になっている。これは、モリッシーが“内向的な若者の代弁者”として多くの人に支持されていた理由そのものでもある。
そして、コーラスに入る「Nature is a language, can’t you read?(自然ってのは言語なんだよ、君には読めないのか?)」という一節では、言葉にならない感情や欲望が、“読まれるべきサイン”として存在していることが暗示されている。つまり、「言葉にする前に、わかってほしい」──そんな矛盾した想いも、この曲のなかには静かに息づいているのだ。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Hand in Glove by The Smiths
孤独の中で見つけた関係性の尊さを描いた、ザ・スミスのデビューシングル。 - Sheila Take a Bow by The Smiths
「さあ立ち上がれ」と背中を押すような、同じく快活なトーンの楽曲。 - Let’s Make Love and Listen to Death From Above by Cansei de Ser Sexy
欲望と躊躇を同時に描いた、ポップで皮肉なアプローチが似た作品。 - Everybody’s Got to Learn Sometime by The Korgis
人との関係における変化と開かれた心を、ミニマルな詩で描いた名バラード。 - Perfect Day by Lou Reed
“普通の日”の中にある感情の深さと、それを誰かと共有することの切実さを歌った傑作。
6. 恥ずかしさを越えて届く、“誰かに聞いてほしい”という願い
「Ask」は、内気で傷つきやすい者たちのための“アンセム”である。そしてそれは、力強く叫ぶものではなく、ささやきのように優しい声で語りかける形をとっている。
ザ・スミスの多くの楽曲が“世界に背を向けた部屋の中”から発せられていたのに対して、「Ask」は“ドアを開けて外に出てみよう”と促してくる。恋かもしれない。友情かもしれない。未来かもしれない。いずれにしても、求めるなら、まず“尋ねて”みることだ──と。
モリッシーはいつも、鋭く、冷たく、そして寂しさに満ちた言葉を操ってきたが、この曲では不思議なほどあたたかい。だからこそ、「Ask」は彼の作品の中でも特別な立ち位置にあり、多くの人にとって“心の安全地帯”のような一曲となっている。
迷っているなら、聞いてみればいい。
その答えがYESかNOかではなく、尋ねたこと自体が、もう一歩前に進んだ証なのだから。
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