1. 歌詞の概要
「In the Mouth a Desert(イン・ザ・マウス・ア・デザート)」は、Pavement(ペイヴメント)が1992年にリリースしたデビューアルバム『Slanted and Enchanted』に収録された楽曲であり、彼らの初期衝動と感情のほつれを鋭く、そして詩的に映し出した代表作である。
この曲で描かれているのは、愛や友情、あるいは社会との関係性における“断絶”と“沈黙”である。
語り手は「君は僕を信じていなかった」と繰り返し語りながら、しかし同時にその断絶の原因がどこにあるのか、自分でも把握しきれていないようなもどかしさをにじませている。
タイトルにある“砂漠の口”という表現は、乾いた場所の中にぽっかりと空いた暗がり──喪失の入口、あるいは感情の枯渇を象徴しているとも受け取れる。
それは、Pavementの楽曲に共通する“意味の曖昧さ”と“情緒の断片”をよく表したメタファーであり、リスナーは言葉と音の余白をなぞることで、自らの痛みや孤独と静かに重ね合わせることができるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Slanted and Enchanted』は、Pavementが1992年に放った記念すべきフルアルバムであり、ローファイというスタイルを音楽的美学へと昇華させた作品として、以降のインディーロックに計り知れない影響を与えた。
「In the Mouth a Desert」は、その中でも特にリリックが明確に“感情の輪郭”を持っている数少ない楽曲の一つである。
スティーヴン・マルクマスの歌詞はしばしば抽象的で冗談めいているが、この曲では珍しく直截な語り口を用いており、聴く者にストレートに刺さる孤独感や憤りを伝えている。
また、ノイズまじりのギターと、ドラムの暴発寸前のタイトさ、そこに乗るマルクマスの感情の抑えきれないボーカルが交錯することで、混沌と美しさが奇跡的に同居したサウンドが形成されている。
“美しさ”と“崩壊”のギリギリのラインに立ったこの楽曲は、Pavementの初期衝動をそのまま記録したような、ざらついた宝石のような存在である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「In the Mouth a Desert」の印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
You don’t scare me, not now
君なんか怖くないさ──今となってはYou don’t mean a thing, not then
君の言うことなんて、昔からどうでもよかったI could settle this affair
この関係に、ケリをつけることだってできるBut it’s not my style
でも、それは僕のやり方じゃないんだYou don’t have an idiot’s clue
君には、馬鹿な真似をするだけの度胸すらないYou don’t have a thing to do
君は何ひとつ、することがないんだよI’m the only one that knows
僕だけが知っている──That I can’t be your friend
もう君の“友達”ではいられないってことを
出典:Genius – Pavement “In the Mouth a Desert”
4. 歌詞の考察
この楽曲の語り手は、明確な相手を前にして怒りと喪失のあいだに立ち尽くしている。
「君なんか怖くない」「君のことなんかどうでもいい」──そう繰り返しながらも、その語調はむしろ“気にしてしまっている”自分の存在を強調してしまっている。
つまりこの曲は、感情の否認を通してしか語れない苦しさを抱えた人間の、ひどく人間的な歌なのだ。
「I can’t be your friend」という結論は、悲しいほど冷静で、諦めを通り越したような響きを持つ。
それは恋人だった相手かもしれないし、バンドメイト、社会、あるいは過去の自分自身かもしれない。
語り手はその“何か”と決別しようとしているが、それを叫ぶ代わりに、感情を抑えた言葉で何度もなぞることでしか伝えられない。
そこに、Pavementの持つ“冷たい温かさ”がある。
また、タイトルの“砂漠の口”は、すべてが枯渇した場所の中にある空洞=自分の心の内部をも連想させる。
それは自己否定、他者否定、そして希望のなさ──しかし同時に、それでも言葉にしてしまう「どうしようもない願望」が、静かに漂っている。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Here by Pavement
同じく内省と諦念のバラード。ペイヴメントらしさが凝縮されたローファイの美学。 - Grounded by Pavement
社会的テーマと個人の感情が交錯する、鈍く重い名曲。 - Spit on a Stranger by Pavement
静かな別れと自己反省を描いた、バンド晩年の傑作。 - Disorder by Joy Division
心の揺れと社会への不適応を、冷徹なトーンで描いたポストパンクの名曲。 - Stuck Between Stations by The Hold Steady
過去への未練と現在の空虚をエネルギッシュに歌い上げる、文学的ロック。
6. 言葉にならない感情のための、“壊れかけの告白”
「In the Mouth a Desert」は、Pavementのキャリアの中でももっとも“むき出しの感情”が表出した楽曲のひとつである。
マルクマスはここで、“無関心を装った絶望”を語る。それは叫びではなく、あえて“感情を押し殺したつぶやき”として綴られる。
Pavementが持っていた最大の美徳──それは、叫ばずに感情を伝えることだった。
この曲もまた、そうした“弱くて、届かない感情”に居場所を与えるように存在している。
崩れかけたギターのなかで、乾いた声が言う。
「もう、君の友達ではいられない」と。
だがその一言に、どれほどの痛みと哀しみが込められているか──
それは、聴く者にしか測ることができない。
そしてそれこそが、Pavementの音楽が静かに、けれど確かに胸を打つ理由なのだ。
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