1. 歌詞の概要
「How Soon Is Now?」は、ザ・スミスが1985年にリリースしたシングルであり、彼らの代表作のひとつとして今なお語り継がれる楽曲である。もともとは1984年のシングル「William, It Was Really Nothing」のB面としてリリースされたが、その圧倒的な存在感と特異な構成によって、B面でありながらザ・スミスの象徴的な一曲となった。
歌詞の主題は、孤独と自己否定、そして愛を求めながらもそれを得られない苦悩である。語り手は自分が「異物」であることを深く自覚しながら、「自分も誰かに愛されるに値するのではないか？」と問いかける。その叫びは抑圧的な環境や内的葛藤を通して、強烈に響き渡る。
タイトルの「How Soon Is Now?（“いま”って、いったいどれだけ先の話なんだ？）」という疑問形は、願望が叶う未来が永遠に訪れないかのような焦燥感を帯びており、それは1980年代の青年たちの“居場所のなさ”や“アイデンティティの不安”といった感覚と見事に共鳴した。
2. 歌詞のバックグラウンド
本作のサウンドは、ザ・スミスのギタリストであるジョニー・マーによる革新的なプロダクションが光る。フェンダー・ツインリバーブのアンプを使用し、トレモロ効果をレイヤーのように重ねることで、ぐるぐると螺旋を描くようなギターサウンドを作り上げた。この独特のエフェクトによって、楽曲は夢の中のような揺らぎと深い没入感を伴いながら展開していく。
一方、モリッシーの詞世界は、現代的なロマンティシズムと自己嫌悪が交錯する重苦しいものだ。彼はこの曲の歌詞を、ロンドンのゲイ・クラブ文化と、自身の非モテ感の象徴として語ったことがある。
「ナイトクラブに行き、壁際で震えながら誰にも声をかけず、結局一人で帰る」。この経験が彼の人格形成と歌詞世界に与えた影響は計り知れない。「How Soon Is Now?」は、そんな彼の人生の一幕を切り取ったような、痛切で極めて個人的な歌でありながら、多くのリスナーにとっては“自己の鏡”ともなる普遍的な哀歌である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、本作の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
I am the son and the heir
僕は「息子」であり、「継承者」なんだOf a shyness that is criminally vulgar
それは“罪深いほどの内気さ”の遺産なんだよI am the son and heir
僕は、恥ずかしがり屋の系譜に生まれた男Of nothing in particular
でも特に何かを受け継いだわけじゃないThere’s a club if you’d like to go
「クラブがあるよ、行きたいなら」You could meet somebody who really loves you
「そこで“本当に君を愛してくれる誰か”に出会えるかも」So you go, and you stand on your own
だから君は行く、一人で立ち尽くすAnd you leave on your own
そして一人で帰っていくAnd you cry and you want to die
泣いて、死にたくなるんだ
出典：Genius – The Smiths “How Soon Is Now?”
4. 歌詞の考察
「How Soon Is Now?」の歌詞は、モリッシーの詩作のなかでも最もストレートで感情的なものだろう。冒頭の「I am the son and the heir（僕は息子であり、継承者だ）」というフレーズは、ジェーン・オースティンの小説『マンスフィールド・パーク』のセリフを引用しつつ、自らのアイデンティティを、無為と内気さという“負の遺産”に結びつける。自分は何かを誇れる存在ではなく、ただ「内気さ」を継いでしまっただけ──その皮肉と自己否定が、この曲全体のトーンを決定づけている。
続くセクションでは、恋愛や人間関係における“期待”と“失望”のくり返しが描かれる。誰かに出会えるかもしれないからと期待して外に出ても、結局何も起こらず、一人で泣きながら帰る。誰もが一度は経験したことのあるような孤独の風景が、極めて私的な描写で語られることで、リスナーそれぞれの記憶と重なり合っていく。
「How soon is now?」というタイトルに含まれた問いもまた象徴的だ。欲しいものがいつまで経っても手に入らず、“今”が決して“現在”としてやってこない──そんな時間感覚のズレが、サウンドの揺らぎとリンクし、心を掴んで離さない。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Atmosphere by Joy Division
重くゆったりとしたサウンドの中で孤独を昇華させた、ポストパンクの美学。 - Lips Like Sugar by Echo & the Bunnymen
夢の中のようなギターと幻想的な詩世界が共鳴する名曲。 - Boys Don’t Cry by The Cure
“泣かない男”という仮面の裏に潜む感情の不器用さを描いたポストパンクの金字塔。 - The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
運命と愛のあいだでもがく心象風景を、夜の静寂のように描き出す美しい楽曲。 - Leave Me Alone by New Order
感情の空白と隔たりを、電子とギターの中に漂わせた繊細な一曲。
6. 孤独を“普遍の詩”に昇華させた傑作
「How Soon Is Now?」は、孤独、自己否定、恋愛の焦燥、不在の現在──そうした“語りづらい痛み”を、ザ・スミスというフィルターを通して、あまりに美しく、そして鋭く昇華させた作品である。
ジョニー・マーのギターが生む螺旋的な空間は、まるで時間そのものが崩れていくかのような幻惑を与え、そこにモリッシーの声が“いつまでも変わらない悩み”を静かに綴る。それは決して癒しではなく、むしろ“共に苦しむ”ことによる慰めなのだ。
この曲が40年近く経った今も人々に愛され続ける理由は、その“普遍的な苦しさ”を、誰もが心のどこかで感じているからにほかならない。
「How Soon Is Now?」は、ザ・スミスが生んだ最大の問いかけであり、いまもなお、その答えは出ていない。だがだからこそ、この歌は“いま”を求め続ける私たちの耳に、永遠に鳴り続けるのである。
コメント