1. 歌詞の概要
「Bigmouth Strikes Again(また口がすべった)」は、The Smiths(ザ・スミス)が1986年に発表した3枚目のスタジオ・アルバム『The Queen Is Dead』に収録された、軽快かつ皮肉に満ちた代表曲である。タイトルの“ビッグマウス”とは、おそらく誰よりもモリッシー自身のことを指している。つまりこれは、“喋りすぎてまたトラブルになった僕”という自虐的な自己パロディであり、痛烈なユーモアと自己防衛が入り混じるロック・ナンバーだ。
歌詞の語り手は、「冗談のつもりで言ったこと」が大ごとになり、自分でも収拾がつかなくなっている人物。けれども彼は反省するどころか、「だってしょうがないじゃないか」と開き直るように、口にしてしまったことをなぞる。そこには、時代の風当たりの強さへの苛立ちや、誤解され続けることへの皮肉が込められている。
この曲は単なる“失言ネタ”の歌ではない。モリッシーがデビュー当初から浴びてきたメディアのバッシングや誤解、それでも言わずにいられない衝動、そして孤立感──そうした彼自身の「言葉の業(ごう)」を、ポップソングの形で昇華した、自虐と挑発のバランスが見事な作品なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Bigmouth Strikes Again」が制作された1985年〜1986年当時、ザ・スミスは商業的成功と注目の的であり続けていたが、その中心にいたモリッシーは、しばしば過激な発言や風刺的な発言で物議を醸し、メディアとの確執が絶えなかった。
彼の発言は“真意”が曲解され、紙面の見出しだけが独り歩きすることも多く、本人もまたそれに苛立ちながらも、止められない“表現欲”に取り憑かれていた。こうした文脈のなかで書かれたのが、この「Bigmouth Strikes Again」である。
ジョニー・マーはこの曲に対して、ローリング・ストーンズのような“ロックンロール・クラシック”をザ・スミス流に解釈したかったと語っており、その言葉通り、エネルギッシュでキャッチーなギターリフが印象的な仕上がりとなっている。モリッシーの苦々しさをコミカルに包むこのサウンドがあってこそ、この曲は“苦悩の叫び”ではなく、“転んでも笑い飛ばす”ような魅力を持ち得たのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、この楽曲の印象的な歌詞の一部を抜粋し、和訳とともに紹介する。
Sweetness, sweetness, I was only joking
優しさよ、ねえ、あれはただの冗談だったんだよWhen I said I’d like to smash every tooth in your head
君の歯を全部ぶっ壊したいって言ったのは、本気じゃなかったんだBigmouth strikes again
また口がすべっちゃったAnd I’ve got no right to take my place
そんなこと言う資格なんて、僕にはないのにIn the human race
人間社会の一員として生きる資格すらもNow I know how Joan of Arc felt
ジャンヌ・ダルクの気持ちが今ならわかるよAs the flames rose to her Roman nose
炎が彼女の鼻先まで燃え上がったときにね
出典:Genius – The Smiths “Bigmouth Strikes Again”
4. 歌詞の考察
この曲の最大の魅力は、モリッシーが自身の“しゃべりすぎる性格”を自虐的にネタにしつつも、それを攻撃される社会への挑発にも転じている点である。
冒頭から「歯を全部砕いてやる」といった攻撃的な言葉を、“冗談だったんだ”と照れ隠しのように言い訳する語り口は、明らかに挑発的だ。それでいて、「そんなこと言う資格もない」と続く自省が、語り手の弱さや繊細さを垣間見せる。これは、言葉で人を傷つけてしまった後に感じる後悔と、でもどうしても言ってしまう“衝動”とのせめぎ合いなのだ。
「ジャンヌ・ダルクの気持ちがわかる」というフレーズも印象的である。これは単なる誇大妄想ではない。火あぶりにされるような社会的制裁を受けている感覚──つまり、「自分は本当のことを言ってるのに、なぜこうも罰せられるのか?」という怒りと被害者意識が、このユーモアに包まれたメタファーに込められている。
そして、その怒りをエネルギーに転換し、踊るように歌い上げることで、この曲は“後悔の歌”ではなく、“生き残るための歌”として響く。言葉が災いを呼んでも、それでも言葉を止めない者の叫び──それが「Bigmouth Strikes Again」なのである。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Stop Me If You Think You’ve Heard This One Before by The Smiths
“また同じ話をしてる”という自覚と、止まらない言葉への依存が共鳴する名曲。 - Panic by The Smiths
社会への不満を子供じみたまでに直球で投げつける、衝動的かつ挑発的な一曲。 - The Headmaster Ritual by The Smiths
暴力的な権威に立ち向かう若者の怒りと風刺が炸裂する、パンキッシュな楽曲。 - She’s in Parties by Bauhaus
ダークで皮肉な語りが続く、ポストパンクのもうひとつの異端な語り部。 -
Everyday Is Like Sunday by Morrissey
ソロ期のモリッシーによる、日常の退屈と世界終末観が交錯する名バラード。
6. “口がすべった”と言いながら、真実を語る──笑うための自己防衛
「Bigmouth Strikes Again」は、モリッシーという人間がいかに言葉に取り憑かれて生きてきたかを、ロックというジャンルのなかで痛快に告白した楽曲である。それは、社会的な立場や批判に対する反発であると同時に、「でも本当はそう思ってるんだろ?」という、聴き手への挑戦でもある。
冗談にすれば許される。笑ってしまえば、涙にならない。そんなロジックがこの曲には込められている。モリッシーの痛みは決して爆発しない。それは言葉として、皮肉として、そしてリフレインとして残り続ける。そしてそれこそが、彼にとっての“救い”であり、“攻撃”でもあるのだ。
「Bigmouth Strikes Again」は、ポップソングという仮面をかぶった、非常に鋭利な自己表現である。誤解されても、嫌われても、それでも「また口がすべった」と笑いながら歌い続ける──そんなモリッシーの美学が、ここにある。
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