発売日: 1983年11月
ジャンル: オルタナティブ・カントリー、ポストパンク、インディー・フォーク、オーストラリアン・ロック
『Treeless Plain』は、The Triffidsが1983年に発表したデビュー・フルアルバムであり、
広大なオーストラリアの風景と孤独、移動、そして内面の断絶を音楽に昇華させたオルタナティブ・カントリーの先駆的作品である。
パース出身のこのバンドは、ニック・ケイヴやGo-Betweensと並び、80年代オーストラリアのインディー・ロックシーンの中核を担う存在となったが、
本作はその第一歩にして、すでに成熟したソングライティングと詩情を確立していたことを証明する一枚でもある。
録音はシドニーのラジオ局2JJのスタジオで、わずか3日間、夜間にセルフ・プロデュースで敢行。
そのDIYなスピリットは音に生々しく刻まれており、
**カントリーやフォークの要素を下敷きにしながらも、ポストパンク的な鋭さと、オーストラリア的空虚さ=“treeless plain(木のない平原)”**が響きとして伝わってくる。
全曲レビュー
1. Red Pony
アルバムの幕開けを飾る静かなカントリーフォーク調の曲。
物語性のあるリリックと、乾いたフィドル、メロウなスライドギターが印象的。
“赤い仔馬”というイメージは、若さや希望、あるいは抑圧されたエネルギーの象徴にも見える。
2. Branded
不穏で硬質なドラムと不協和音的なギターが鳴るポストパンク色の強いナンバー。
デヴィッド・マッカンビーの低く落ち着いたヴォーカルが、静かな怒りや喪失感を語る。
3. My Baby Thinks She’s a Train
タイトルに反して明快なリズムとメロディを持つ軽快な楽曲。
ジョニー・キャッシュ風のアメリカーナの裏返しのようでもあり、
恋愛の機能不全と疾走感をユーモアで包み込むセンスが光る。
4. Rosevel
ストレンジで抽象的な歌詞を持つ実験的なトラック。
ドリーミーなギターとベースラインが、果てしない荒野のような感触をもたらす。
5. I Am a Ledge
“I am a ledge”という不思議な比喩を使って、精神的な境界や不安定さを描く。
バンドの文学的感覚が際立つ1曲。
6. Nothing Can Take Your Place
内省的なラブソング。ピアノとアコースティックギターの絡みが美しく、
80年代のインディー・フォークの原型とも言えるシンプルな構成。
7. My Baby Thinks She’s a Train(再演)
先述と同名だが、微妙に構成が異なる別ミックス。
リズムの微調整とヴォーカルのニュアンス違いが、同曲の多面性を際立たせる。
8. Old Ghostrider
“ゴーストライダー”という言葉の幻想性と疾走感を重ねたナンバー。
風に吹かれるようなギターが空間を切り裂く。
9. Hometown Farewell Kiss
ホームタウンとの別れを描いた叙情的な曲で、
オーストラリアの“どこでもない”風景が背景に広がっているような余白がある。
10. Stolen Property
このアルバム中もっともエモーショナルで詩的なトラック。
“盗まれた所有物”というモチーフは、失われた愛や自由のメタファーとして響く。
11. Nothing Good is Going to Come of This
タイトル通り、虚無と皮肉の入り混じったアコースティック・ナンバー。
無常観を淡々と歌いながら、なぜか心地よさすらある。
12. Madeline
ラストは静かで優しいフォーク・バラード。
実在の“マデリン”なのか、象徴的な存在なのか曖昧なまま、余韻を残して終わる。
総評
『Treeless Plain』は、The Triffidsというバンドがすでに最初の一作から完成していたことを示す驚くべきデビュー作である。
そこには、アメリカのカントリーロックやブリティッシュ・フォークの影響がありながらも、
決して模倣に陥らない**“オーストラリア的空白と憂鬱”の音像化**が確かに息づいている。
この作品における最大の魅力は、詩的でありながら過剰にならない節度、荒野のような音響空間、そして感情の温度の振幅である。
トム・ウェイツのような語り口をしながら、ニック・ケイヴほどの劇性には振り切らず、
静かに、しかし深く、“生きることの距離感”を鳴らしている音楽。
後の大作『Born Sandy Devotional』に通じる要素はすでにここにあり、
その荒削りさがむしろ本作を**“生のままの詩”のように立ち上げている**とも言える。
おすすめアルバム
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The Go-Betweens / Before Hollywood
同時期のオーストラリアン・インディーを代表する叙情派ポップ。 -
Nick Cave and the Bad Seeds / The Firstborn Is Dead
カントリーノワールとオーストラリア的陰鬱さの融合。 -
The Dream Syndicate / The Days of Wine and Roses
アメリカ西海岸のサイケ・カントリーとポストパンクの橋渡し的名作。 -
The Walkabouts / See Beautiful Rattlesnake Gardens
フォークと内省のバランスにおいてThe Triffidsと響き合うバンド。 -
David McComb / Love of Will
Triffids解散後のフロントマンによるソロ作。『Treeless Plain』の延長線上にある精神性。
特筆すべき事項
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本作の録音は、オーストラリアの公共ラジオ局2JJ(後のTriple J)によってサポートされ、
深夜帯の“空きスタジオ”を利用して3日間でセルフプロデュースされた。 -
アルバムタイトル『Treeless Plain』は、オーストラリア南部に実在する**樹木のない平原(ヌラボー平原)**を指すだけでなく、
感情の荒野、都市との距離感、心理的隔たりをも象徴している。 - 本作はのちのオーストラリアン・インディーやオルタナ・カントリーに**多大な影響を与えた“草原のバイブル”**とも呼ばれている。
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