アルバムレビュー：Floodland by The Sisters of Mercy

アルバムレビュー

2025.05.12

発売日: 1987年11月13日
ジャンル: ゴシック・ロック、ダークウェイブ、シンセ・ロック、ポストパンク

『Floodland』は、The Sisters of Mercyによる2作目のスタジオ・アルバムにして、
1980年代後半におけるゴシック・ロックの象徴的作品である。
前作『First and Last and Always』でバンドは一度崩壊を迎えるが、
フロントマンであるアンドリュー・エルドリッチが単独でバンド名を保持し、
ドイツ出身のエレクトロニック・プロデューサーパトリシア・モリスンとともに制作された本作は、
ドラマティックなスケール感とダークロマン主義を極めた“壮麗なる夜の讃歌”となった。

音楽性はポストパンクやゴスの枠を超え、クラシカルなスケール感とシンフォニックなシンセサウンドを強化。
リズムは引き続きドラムマシン“Doktor Avalanche”が担当しつつも、
冷たさに荘厳さが加わることで、まるで“終末都市の聖歌”のような響きをもたらしている。
全体を貫くのは、洪水、荒廃、都市の孤独、そして愛の幻想といったテーマ。
モノクロームの美意識を徹底し、ゴシック・ロックの美学を決定づけた傑作である。

全曲レビュー
総評
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全曲レビュー

1. Dominion / Mother Russia
軍歌のようなマーチと荘厳なコーラスに導かれた、荘大なオープニング。
“Dominion”ではアメリカ支配下の終末世界を、続く“Mother Russia”では冷戦時代の地政学的メタファーを描く。
ハードロック的なギターリフとクラシカルなピアノが同居する、極めてシアトリカルな一曲。

2. Flood I
沈黙と水のイメージを重ねた、儀式的なサウンドスケープ。
「そして都市は水に沈む（And the city is a flood）」という一節が、全アルバムの主題を暗示する。
ゆったりと揺れるベースとエコー処理されたヴォーカルが、静かな恐怖と美を同時に生む。

3. Lucretia My Reflection
本作の中でも特に高い人気を誇るアグレッシブなゴス・ロックナンバー。
パトリシア・モリスンをモデルにした“Lucretia”というキャラクターが象徴的に描かれる。
鋼鉄のベースラインと無機質なドラムが、工業的でセクシャルな緊張感を生む。

4. 1959
ピアノとヴォーカルだけによる、静謐なバラード。
1959年という年が何を指しているのかは明示されないが、核戦争、喪失、そして個人的な記憶が詩的に結晶している。
本作中最も内省的な瞬間。

5. This Corrosion
10分超の壮大なゴス・アンセム。ジム・スタインマン（Meat Loafのプロデューサー）によるオペラティックなプロデュースが炸裂。
巨大なクワイア、エコー、リフレイン、あらゆるものが誇張されており、“神話的誇大妄想”の極致とすら言える。
宗教、裏切り、暴力のすべてがロックンロールの祝祭として昇華されている。

6. Flood II
“Flood I”の続編にして、よりビート感の強いロックトラック。
都市が水に沈んだあとの世界を描くかのような、終末の情景。
ギターが前面に出た構成で、エルドリッチのヴォーカルも熱を帯びる。

7. Driven Like the Snow
サイケデリックで語りかけるようなナンバー。
冒頭の“Still life all alone in the gutter”という歌い出しからして、デカダンと耽美が融合している。
メロディは美しいが、リリックは破滅と幻覚に満ちている。

8. Never Land (a fragment)
文字通り“断片”として配置された短い最終曲。
アルバムを終えるにふさわしい静寂と諦念を湛え、
まるで物語の余韻を残したまま夜の闇に沈むようなクロージングである。

総評

『Floodland』は、The Sisters of Mercyの作品群の中でも最も劇的で完成された美学を体現したアルバムである。
冷戦期の地政学的恐怖、都市の孤独、終末感、宗教的モチーフ、そして個人的な喪失が、
すべて“水”という象徴のもとで統合されている。

サウンドはロックというよりも、インダストリアル×交響詩×詩的呪文といった趣で、
『First and Last and Always』が“ロックバンドによるゴシック”だったとすれば、
『Floodland』は“詩人エルドリッチによるゴシック叙事詩”である。

ドラマ性と美意識が極限まで研ぎ澄まされ、
聴くたびに異なるイメージと感情を喚起する本作は、
今なおゴシック・ロックの最高峰として、多くのアーティストに影響を与え続けている。

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