発売日: 2002年7月2日
ジャンル: ダウンテンポ、トリップホップ、ラテン・ソウル、オルタナティヴ・ポップ
概要
『Charango』は、Morcheebaが2002年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、
ジャンルの垣根をさらに押し広げ、多様な音楽性を洗練されたポップスとして昇華した円熟の一作である。
アルバムタイトル「Charango(チャランゴ)」は、南米アンデス地方の伝統的な弦楽器を意味し、
その名の通り、本作ではラテン音楽やフォーク、ワールドミュージックの要素が意識的に取り込まれている。
Morcheebaは本作で、ポップ・センスと実験精神、そして上質なメロウネスを絶妙なバランスで融合させ、
ゲストアーティストとのコラボレーションも大胆に導入。
特にクール・キース(Dr. Octagon)やレス・ヌビアン、スリック・リックといった異色のゲスト陣との共演は、
バンドの音楽的柔軟性と、“何者にもなれる”自由さを見事に体現している。
全曲レビュー
1. Slow Down
柔らかいビートと優美なストリングスに包まれたオープニング。
「ゆっくりしようよ」というメッセージが、アルバム全体のリラックスしたトーンを象徴している。
2. Otherwise
シングルとしてもヒットした、スムーズかつキャッチーなナンバー。
恋愛における「別の道」の可能性を、都会的なサウンドで描く。
3. Aqualung
シネマティックなスケール感と美しいメロディが融合した一曲。
水中にいるような浮遊感が、タイトルの“アクアラング=水中呼吸器”のイメージとリンクする。
4. Sao Paulo
ボサノヴァとトリップホップが溶け合う、アルバム随一の多国籍感を誇る楽曲。
都会的でありながら、どこか南米の湿気を帯びた空気が漂う。
5. Charango (feat. Pace Won)
アルバムタイトル曲にして、ヒップホップとラテンが交錯する異色トラック。
ゲストMCのPace Wonが軽快なラップで彩りを加え、ジャンルをまたいだ橋渡しの役割を果たす。
6. What New York Couples Fight About (feat. Kurt Wagner)
Kurt Wagner(Lambchop)とのコラボによる、カントリー調の変化球バラード。
男女のすれ違いを淡々と綴るリリックと、乾いたアコースティックの音像が絶妙にマッチする。
7. Undress Me Now
前作から続く官能的バラードの系譜。
ストリングスとスカイ・エドワーズの声が織りなす静かな情熱が印象的。
8. Way Beyond
エレクトロニカの要素が際立つ近未来的な一曲。
愛と不安、距離感と親密さのバランスを探るような歌詞が響く。
9. Women Lose Weight (feat. Slick Rick)
ユーモラスかつ物議を醸した一曲で、スリック・リックの語りが際立つ。
ブラックユーモアと風刺が効いたトラックで、リスナーに解釈を委ねる複雑な構造を持つ。
10. Get Along
ラストにふさわしい包容力のあるトラック。
「私たちはやっていける」と繰り返されるフレーズが、喪失の後に残る希望の種をそっと残す。
総評
『Charango』は、Morcheebaがキャリア中期に到達した音楽的・精神的な自由の境地を象徴する作品である。
“トリップホップの枠を超えて、Morcheebaとしてのアイデンティティを確立した”と言える本作では、
前作『Fragments of Freedom』で見せたポップ志向を引き継ぎながら、より多文化的で洗練されたアレンジが特徴となっている。
ゲストアーティストとの化学反応も成功しており、それぞれの楽曲が異なる色合いを持ちながらも、
スカイ・エドワーズの声がすべてを繋ぐことで、アルバム全体に統一感が生まれている。
また、ラテン、ヒップホップ、カントリー、ボサノヴァなどを自在に取り込む音楽性は、
当時の“ジャンル融合時代”に呼応した先進性を持ち、現在のポップスシーンにも通じるハイブリッド感覚を先取りしていた。
おすすめアルバム
- Thievery Corporation / The Richest Man in Babylon
ラテンとエレクトロニカを融合させたチルアウトの傑作。 - Nitin Sawhney / Prophesy
ワールドミュージックとモダンソウルを横断する知的クロスオーバー。 - Sade / Lovers Rock
ソウルとラテンを繋ぐ静かな情熱が共鳴。 - Lambchop / Nixon
Kurt Wagnerの繊細なカントリー・アプローチを知るには必携。 -
Air / 10 000 Hz Legend
トリップホップ以後の実験性とポップセンスの融合。
歌詞の深読みと文化的背景
『Charango』のリリックは、恋愛、自由、他者との距離、そして日常のユーモアや矛盾を、洗練された比喩で描いている。
「Otherwise」では、“別の選択肢”という概念を通して、自立と分岐の可能性を探り、
「Women Lose Weight」では、ブラックユーモアとジェンダーの微妙な境界線が問いかけられる。
また、「Sao Paulo」や「Charango」といったトラックでは、音だけでなく歌詞にも多文化的な要素や風景描写がちりばめられており、
リスナーの想像力を音と詞の両面から刺激する。
2000年代初頭、世界がインターネットによって急速に“つながり始めた”時代に、
Morcheebaは『Charango』で、“違いを尊重しつつ心地よく共存する”音楽のかたちを提示したのである。
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