
発売日:2017年5月26日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック/インディー・ロック/ブリットポップ/ポップ・ロック
概要
Anarchy and Alchemyは、イギリスのロック・バンドEchobellyが2017年に発表したアルバムである。1990年代のブリットポップ隆盛期に「Insomniac」「Great Things」「King of the Kerb」などで注目を集めた彼らが、長い活動休止と再編を経て制作した復帰作であり、中心人物Sonya MadanとGlenn Johanssonのソングライティングを改めて前面に押し出した作品として位置づけられる。
EchobellyはOasis、Blur、Suede、Elasticaなどと同じ時代に登場したため、「ブリットポップ」という括りで語られることが多い。しかし彼らの音楽は、当時から単純な英国ギター・ポップとは少し異なっていた。インド系移民家庭に生まれたSonya Madanによる歌詞には、ジェンダー、社会的規範、人種や文化的背景、自己決定といった問題への意識があり、明るくキャッチーなギター・サウンドの背後に強い批評性が存在していた。
1994年のデビュー作Everyone’s Got Oneと1995年のOnでは、その鋭さが若々しいスピード感と結びついていた。しかしAnarchy and Alchemyは、それから20年以上を経た作品である。同じ方法をそのまま再現するのではなく、年齢と経験を重ねたソングライターとして、より重く、ゆったりとしたテンポやブルージーな響き、ダークなオルタナティヴ・ロックを取り入れている。
タイトルの“Anarchy and Alchemy”も本作の性格を象徴している。
“Anarchy”は秩序からの離脱、既存のルールへの反抗。
“Alchemy”は錬金術、すなわち異なる物質を混ぜ合わせ、別の価値あるものへ変換すること。
この二つを組み合わせることで、本作には「過去を壊し、それを別の形へ変える」というEchobelly自身の復帰にも重なる意味が生まれる。
90年代のバンドが再結成・復帰する場合、過去のヒット曲の再現へ向かうことも少なくない。しかしAnarchy and Alchemyでは、若い頃の疾走感を無理に再現するより、Madanの低く落ち着いたヴォーカル、Johanssonのギター、比較的余裕を持ったアレンジによって、新しいEchobelly像を作ろうとしている。
歌詞のテーマも成熟している。
過去。
自己認識。
人間関係。
権力。
欲望。
時間。
社会との距離。
それらを扱いながら、単なる懐古に陥らない。
結果として本作は、「90年代ブリットポップ・バンドの復帰作」という枠を越え、Echobellyの初期に存在した反抗性とメロディー感覚を、より暗く成熟したオルタナティヴ・ロックへ変換した作品となっている。
全曲レビュー
1. Hey Hey Hey
アルバム冒頭を飾る「Hey Hey Hey」は、Echobellyが復帰にあたって過去の自分たちをそのまま再現しないことを示す。
タイトルは単純で、コール&レスポンス的な軽さを持つ。しかしサウンドにはかなり重量感があり、90年代の軽快なブリットポップよりも、ブルースやガレージ・ロックに近いざらつきがある。
Sonya Madanの声も若い頃より低く落ち着き、その変化を隠そうとしていない。
これは重要である。
復活したバンドが昔と同じ声、同じテンポ、同じキャラクターを演じるのではなく、時間の経過そのものを作品へ入れている。
歌詞にも、単純な青春的衝動というより、人生や人間関係に対する少し距離を取った視線がある。
アルバムの入口として、「以前のEchobellyを知っている人」と「現在のEchobelly」の間に橋を架ける曲である。
2. Firefly
「Firefly」は蛍を意味する。
蛍は小さな光を持つ存在であり、夜の暗闇の中で短時間だけ輝く。そのイメージは、希望、記憶、生命の一時性などを象徴しやすい。
本曲でも、大きな勝利や永続的な幸福ではなく、暗い環境の中に一瞬だけ現れる光のような感情が中心にある。
Echobellyの初期作品では、明るいギターと直接的な歌詞の組み合わせが多かった。
「Firefly」では、より抑えた音響の中で光と影を扱う。
ギターも以前ほど鋭く前へ出ず、曲全体の空気を作る役割が強い。
そのため、Madanの歌声の成熟がより印象的に聞こえる。
3. Anarchy and Alchemy
タイトル曲は、アルバム全体の思想を最も明確に示す。
“anarchy”と“alchemy”は、一見すると無関係に見える。
一方は破壊。
もう一方は変換。
しかし両者を順番として捉えると意味が見えてくる。
まず既存の秩序を壊す。
その後、残ったものを新しい形へ変える。
これはEchobellyのキャリアにもそのまま重なる。
90年代のブリットポップという歴史から離れ、長い空白を経て、自分たちの音楽を別の形へ再構築する。
サウンドにもその考え方が表れている。
従来のギター・ポップの骨格を残しながら、より重く、空間を広く取り、オルタナティヴ・ロック的な陰影を加える。
タイトル曲として、単なる反抗ではなく、変化そのものを肯定する曲である。
4. Reign On
「Reign On」は“rain on”との音の類似も意識させるタイトルで、支配することと降り注ぐことの二重のイメージを持つ。
Echobellyの歌詞では、力関係がしばしば重要である。
誰が誰を支配しているのか。
社会は個人にどのような役割を求めるのか。
恋愛の中で自由はどこまで保てるのか。
そうした問いは初期から一貫している。
本曲でも、力を持つことと、その力に耐えることの両面が感じられる。
音楽は比較的重く、リズムを急がない。
このテンポ感は本作全体の成熟を象徴している。
若い頃のEchobellyなら速いギター・ポップへ変換したかもしれない題材を、ここでは低い重心でじっくり聴かせる。
5. Flesh and Bones
「Flesh and Bones」は「肉と骨」という非常に身体的なタイトルを持つ。
人間を肩書き、イメージ、社会的役割から切り離し、最終的には肉体を持つ存在として捉える視点がある。
Echobellyの音楽では、女性性や身体、社会が個人へ押しつけるイメージが以前から重要なテーマだった。
ここでも人間の本質と外側のイメージの違いが意識されている。
サウンドはロック色が強いが、勢いで押すより、ギターの音色とヴォーカルの質感を重視する。
Madanの声には、若さではなく経験による説得力がある。
「人は結局、肉と骨でできた脆い存在である」という認識が、作品全体の時間意識とも結びついている。
6. Faces in the Mirror
鏡に映る顔をタイトルにした、自己認識を強く意識させる楽曲。
鏡はポップ・ミュージックで、自分自身との対面を象徴する典型的なモチーフである。
ただし“Faces”と複数形になっている点が興味深い。
一人の人間にも、複数の顔がある。
若い頃の自分。
現在の自分。
他人から見える自分。
自分が信じたい自分。
それらが鏡の中で重なる。
長いキャリアを経て復帰したEchobellyにとって、このテーマは特に意味を持つ。
90年代のバンドという過去のイメージは消えない。
しかし、そのイメージだけで現在を定義することもできない。
音楽も内省的で、アルバム中盤の重要な心理的ポイントとなっている。
7. A Cat with Seven Souls
「A Cat with Seven Souls」は、Echobellyらしい奇妙で寓話的なタイトルを持つ。
猫には「九つの命がある」という英語圏の慣用表現があるが、ここでは“Seven Souls”と少しずらされている。
その違和感が重要だ。
生き残ること。
何度も変化すること。
同じ人物の中に複数の魂があること。
そうした意味を連想させる。
Echobelly自身も、デビュー、成功、メンバー変動、活動停止、別名義での活動、そして復帰と、複数の段階を経験してきた。
そのため、この曲にある「何度も姿を変えて生きる」というイメージはバンドの歴史とも自然に重なる。
音楽は少し幻想的で、単純なブリットポップ的ロックから距離を取っている。
8. Dead Again
「Dead Again」は、「再び死ぬ」という極端なタイトルを持つ。
一度死んだものが再び死ぬという矛盾した表現は、感情的な再発を思わせる。
乗り越えたと思った記憶。
終わったと思った関係。
克服したと思った痛み。
それらが戻るたび、人は再び同じ場所で傷つく。
本作には、過去を完全に消すのではなく、過去と共存するという感覚が強い。
「Dead Again」はその暗い側面を示す。
音楽も緊張感があり、Madanの歌唱には疲労と強さの両方がある。
悲しみを純粋な弱さとしてではなく、何度も生き延びてきた人物の経験として描く点が、若い頃のEchobellyとの違いである。
9. The Devil’s in You
タイトルは「悪魔はあなたの中にいる」という意味を持つ。
ここでの悪魔は超自然的な存在というより、人間の中にある欲望、攻撃性、依存、破壊衝動の比喩として読むことができる。
Echobellyの歌詞では、社会の外側に悪者を置くだけでなく、人間自身の矛盾も扱う。
自分を傷つける相手に惹かれる。
正しいと分かっていても別の行動を取る。
自由を求めながら誰かを支配する。
そうした矛盾が“devil”という言葉へ集約される。
サウンドにはブルージーな重さがあり、タイトルのダークさに対応している。
この曲では、復帰後のEchobellyがより成熟したオルタナティヴ・ロックへ進んだことが特に分かりやすい。
10. Molotov
“Molotov”はモロトフ・カクテル、すなわち火炎瓶を連想させる。
アルバムの“Anarchy”という側面を強く象徴するタイトルである。
火炎瓶は反乱、暴動、破壊の象徴として使われる。
しかし本作全体の文脈では、単なる政治的暴力の肯定より、既存の状態を壊す衝動の比喩として捉えるほうが自然である。
感情の爆発。
関係の破壊。
社会的規範への拒絶。
それらを一つの“Molotov”というイメージへ凝縮している。
音楽も比較的攻撃的で、アルバム後半に必要な熱量を与える。
タイトル曲の“Anarchy”と響き合いながら、作品を再び外向きのエネルギーへ戻す役割を担う。
総評
Anarchy and Alchemyは、Echobellyが「90年代ブリットポップの記憶」だけで存在するバンドではないことを示した作品である。
ここで最も重要なのは、過去を否定していないことだ。
「自分たちはブリットポップではなかった」と無理に歴史を書き換えるのでもない。
かといって、「Great Things」や「King of the Kerb」のような1990年代型ギター・ポップをもう一度作ろうとするわけでもない。
その中間にいる。
過去を持っている。
しかし、その過去を現在の音楽へ変換する。
これこそタイトルにある“alchemy”の意味と重なる。
錬金術とは、物質をそのまま保存することではない。
別のものへ変える。
Echobellyは自分たちの過去を材料として使い、現在の年齢、声、演奏、価値観へ適応させている。
そのため本作は、懐古的な再結成盤より説得力を持つ。
Sonya Madanのヴォーカルは、この変化の中心である。
90年代の彼女の声には、鋭さと若々しい勢いがあった。
Anarchy and Alchemyでは、より低く、落ち着き、陰影がある。
重要なのは、その変化を欠点として扱っていないことだ。
以前の声を再現しようとするのではなく、現在の声で現在の音楽を作る。
この判断によって、アルバムには時間の重みが生まれる。
Glenn Johanssonのギターも同様である。
初期Echobellyでは、短く鋭いリフ、ジャングリーなコード、ブリットポップ的な明快さが大きな特徴だった。
本作ではそれに加えて、よりブルージーで重い響き、余白の多いフレーズが増える。
ギターが常に主役ではない。
ヴォーカルと楽曲の雰囲気を支える。
この抑制が成熟した作品の方向性と合っている。
また、本作を理解するには、Echobellyがそもそも典型的なブリットポップ・バンドではなかったことを思い出す必要がある。
1990年代の英国ギター・シーンは、表面的には非常に華やかだった。
Britain。
若さ。
酒。
サッカー。
労働者階級文化。
60年代英国ポップへの回帰。
そうしたイメージがメディアで強調された。
しかしSonya Madanは、その中でも少し異なる立場にいた。
女性。
インド系英国人。
移民家庭出身。
その背景は歌詞の視点にも影響を与えた。
彼女の作品では「英国らしさ」が当然の前提として存在するのではなく、誰が社会の中心に含まれ、誰が外側に置かれるかという問題が見える。
そのためEchobellyは、ブリットポップの祝祭性と同時に、その社会の矛盾も歌うことができた。
Anarchy and Alchemyでは、その社会的な視線が若い頃より直接的ではない場合もある。
しかし、権力への疑念、個人の自由、自己決定というテーマは残っている。
タイトルの“Anarchy”も、単純な無秩序の肯定ではない。
既存のルールを疑うこと。
与えられた役割を拒むこと。
過去の自分自身からも自由になること。
その複数の意味が含まれている。
そして“Alchemy”は、その破壊の後に何を作るかという問題だ。
壊すだけなら簡単である。
しかし壊した後、新しい自分を作ることは難しい。
Echobellyというバンドの復帰自体が、その問いへの回答になっている。
1990年代と同じではない。
しかし完全に別物でもない。
その曖昧な場所に新しい音楽を作る。
これが本作の本質である。
2017年という発売時期も興味深い。
この頃には、90年代ブリットポップはすでに一つの歴史になっていた。
Oasisは解散。
Blurは再評価と再始動を経験。
Suedeも復活後の作品を発表し、かつてのブリットポップ世代が「再結成の懐古」ではなく「中年期の新作」をどう作るかという段階へ入っていた。
Echobellyもその一例である。
ただし、彼らはかつての商業規模を再現することより、自分たちが今なお曲を書く理由を優先している。
この態度が作品を自然なものにしている。
音楽的には、90年代の明るいインディー・ポップを期待すると、本作はかなり暗く感じられる。
テンポは落ち着き。
ギターは重く。
メロディーにも陰影がある。
しかし、それは活力の喪失ではない。
むしろ、勢いに頼らず曲を成立させる方向への変化である。
若いバンドには若いバンドの速度がある。
長く活動したミュージシャンには、音を鳴らさない部分や、低い声、一つのコードを長く維持する説得力がある。
Anarchy and Alchemyは、その後者を選ぶ。
また、歌詞には時間の意識が強い。
「Faces in the Mirror」の自己像。
「Dead Again」の過去の再来。
「A Cat with Seven Souls」の複数の生。
それらは、20年以上のキャリアを持つバンドだからこそ自然に響く。
復帰作ではしばしば「昔は良かった」というノスタルジーが中心になる。
しかし本作は、過去を美化しない。
過去は自分の一部。
しかし現在も別の一部。
その二つを混ぜる。
これもまた“alchemy”である。
影響という点では、本作そのものが90年代のデビュー作ほど後世のシーンを変えたわけではない。
しかしEchobellyが初期に提示した「女性ヴォーカルを中心にした鋭いギター・ポップ」「社会的規範への疑念」「ポップさと批評性の両立」というスタイルは、その後の英国インディーにも長く残っている。
Elastica、Sleeper、Garbageなど同時代の女性フロントのオルタナティヴ・ロックとともに、女性アーティストが単なる“女性版ブリットポップ”ではなく、自分自身の視点でシーンを語れることを示した。
現在の視点からAnarchy and Alchemyを聴くと、その歴史を経た人物が「その後」をどう生きたかという意味も見えてくる。
若さは永久には続かない。
声も変わる。
音楽産業も変わる。
ファンも変わる。
しかしソングライティングは続けられる。
本作が扱うのは、その持続そのものでもある。
Echobellyの初期作品を好むリスナーにとっては、最初はサウンドの重さに距離を感じる可能性がある。しかし、Sonya MadanとGlenn Johanssonの中心的な要素――メロディー、言葉、少しねじれたギター感覚、社会と個人の関係を見る視線――は残っている。
その意味でAnarchy and Alchemyは、過去の再現ではなく、過去を材料にして現在のEchobellyを作り直した、成熟した復帰作である。
おすすめアルバム
1. Echobelly – Everyone’s Got One(1994)
Echobellyのデビュー作にして、初期の魅力を最も直接的に示す作品。「Insomniac」などを収録し、鋭いギター・ポップ、Sonya Madanの強いヴォーカル、社会的規範への批評性が一体となっている。Anarchy and Alchemyとの比較で、バンドの変化が最もよく分かる。
2. Echobelly – On(1995)
「Great Things」「King of the Kerb」などを収録した代表作。デビュー作の勢いを維持しつつ、メロディーとアレンジをさらに洗練している。90年代Echobellyの到達点として、本作の成熟したサウンドとの対照が興味深い。
3. Suede – Bloodsports(2013)
90年代英国ロックを代表したバンドが長い休止を経て復活し、過去の美学を単純に再現せず現代化した作品。復帰作としての課題と成功という点で、Anarchy and Alchemyと共通する文脈を持つ。
4. Sleeper – The Modern Age(2019)
ブリットポップ期に活動したSleeperが再結成後に発表した作品。女性ヴォーカルを中心とした英国ギター・ポップが、20年以上の時間を経てどのように成熟するかという点で、Echobellyの本作と比較しやすい。
5. Garbage – Not Your Kind of People(2012)
90年代オルタナティヴ・ロックを代表するバンドが、長いキャリアを経て自らの核を再確認した復帰色の強い作品。ダークなギター、女性ヴォーカル、ポップ性と攻撃性の共存という点で、Anarchy and Alchemyとの親和性が高い。

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