1. 歌詞の概要
「You Shaped Hole」は、Baby Queen(ベイビー・クイーン)ことBella Lathamが2021年にリリースした楽曲で、彼女のEP『The Yearbook』に収録されている作品の中でも特にキャッチーで、切実なラブソングである。
この曲は、タイトルの通り「あなたのかたちをした空洞」を抱えたまま生きていく人間の姿を描いており、別れた相手の不在が、心にぽっかりと空いた“穴”となって残る感覚を、きらびやかなインディ・ポップのサウンドに乗せて表現している。
「あなたがいなくなっても、私はまだ“あなたのためのスペース”を心の中に残したまま」という気づきは、決してロマンティックな理想ではなく、むしろ心の再生を阻む痛みとして語られる。
しかしBaby Queenは、その苦しみすらも強く明るく歌い上げることで、“壊れたままでも進むこと”の美学を、彼女ならではのスタイルで描き出しているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「You Shaped Hole」は、Bellaがロンドンでの生活の中で経験した破局の感情を、鋭利な観察眼とユーモアを交えて書き下ろしたもの。
彼女はこの曲について、「この歌は、誰かを失ったとき、その人が“去った”というよりも、“あなたの中に跡を残していった”という感覚について書いた」と語っている。
サウンドは、彼女の影響源であるThe 1975やCHVRCHES、Lord Huronなどのエレクトロポップやシンセウェーブを思わせる煌びやかなアレンジで構成されており、内容の切なさに反して非常にエネルギッシュなトラックとなっている。
歌詞の構成も特徴的で、「街中のすべての物事が“あの人”の不在を思い出させる」という描写が繰り返されることで、失った存在がいかに世界の輪郭を決めていたかが強調されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
There’s a you-shaped hole in my bed
Always you-shaped thoughts in my head
ベッドには“あなたのかたち”の穴がある
頭の中はいつも“あなたのかたち”の思考でいっぱい
I keep dancing ‘til the morning with somebody new
But I don’t want to be dancing with somebody who isn’t you
朝まで誰かと踊り続けても
あなたじゃない誰かと踊ってるなんて、望んでいないの
And I tried to fill the space with somebody else
But it just doesn’t feel the same
誰かでその隙間を埋めようとしてみた
でも、どうしても同じにはならないの
You shaped hole
And now you’re gone
あなたのかたちをした空洞
今はもう、あなたはいない
歌詞引用元:Genius – Baby Queen “You Shaped Hole”
4. 歌詞の考察
「You Shaped Hole」は、失った相手のことを「空洞=absence」として描くことで、“恋の終わり”を何かが“壊れた”のではなく、“何かがなくなった”状態として可視化している。
語り手はその不在を埋めようとして、他人と踊ったり、日常に戻ろうとしたりするが、結局それは「あなたのかたち」ではないという違和感に行き着く。
この曲の核心は、「別れた人が残していったのは記憶や物ではなく、“かたち”だった」という気づきにある。
それは、自分の一部が“誰かの存在によって形作られていた”ということへの驚きと恐れでもあり、同時にそれを“受け入れる”プロセスでもある。
また、歌詞に出てくる「dancing with somebody new(新しい人と踊る)」という比喩は、恋愛だけでなく人生の“前進”そのものを象徴しており、進もうとしているのに、心はまだ“かたちのないあなた”を抱えているという心理的なねじれが浮き彫りになる。
こうした感情の混濁を、Baby Queenは逃げずに真正面から描きながらも、サウンドによってその“痛みの輪郭”を明るく削ぎ落としていく。
これが彼女の最大の特徴であり、暗い感情をそのまま“かっこよく生きる糧”へと変換する術なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Back to December by Taylor Swift
過去の恋を悔やみながらも、もう戻れないことを静かに受け止める名バラード。 - Supercut by Lorde
記憶のなかで理想化された愛の断片が、現在の空虚さとすれ違う切ない名曲。 - Your Best American Girl by Mitski
相手に合わせようとした結果、自分の輪郭が崩れていく痛みを鮮烈に描いたラブソング。 -
Nothing New by Taylor Swift feat. Phoebe Bridgers
時間とともにすり減る自己像と、過去の関係に取り残される不安を重ねるコラボ作。 -
Tokyo by girl in red
遠く離れた相手と心の距離を測れない苦しさを旅に喩えたインディポップ。
6. “空洞”は、かたちを持っていた
「You Shaped Hole」は、愛した人を失うということが、単に悲しみを生むだけでなく、“自分のかたちそのものが少し欠けてしまう”ことでもあるという真理を、ポップでエネルギッシュなサウンドに託した特異なラブソングである。
語り手は、自分の心にぽっかり空いた「あなたのかたちの穴」に気づいてしまい、それを埋めようとあがく。しかし、どんなに踊っても、笑っても、その穴は「あなた」以外のかたちでは埋まらない——その事実は痛いけれど、だからこそ美しい。
「You Shaped Hole」は、“いない人の存在”がどれほど大きいかを知ったときに生まれる感情の複雑さを、Baby Queenらしい等身大の表現と音で包み込んだ名曲である。
その“穴”がいつか自然に消えるかどうかはわからない。けれど、そのかたちを覚えていることこそが、自分が誰かを本当に愛した証拠なのだ。
Baby Queenはこの曲で、その傷をただの“痛み”にせず、“輪郭”として語り続ける強さを教えてくれる。
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