
1. 楽曲の概要
「We Make Hits」は、イギリス・リーズ出身のYard Actが2024年に発表した2作目のスタジオアルバム『Where’s My Utopia?』収録曲である。アルバムでは短い導入曲「An Illusion」に続く2曲目に配置され、2024年1月15日にアルバム発売に先駆けて公開された。『Where’s My Utopia?』は同年3月1日にIsland Recordsから発売されている。yard Yard ActはJames Smithのスポークンワードに近いボーカル、Ryan Needhamのベース、Sam Shjipstoneのギターを軸に、ポストパンク、ファンク、ヒップホップなどを横断するバンドである。2022年のデビューアルバム『The Overload』では、現代イギリスの階級意識、住宅、労働、消費社会を、架空の人物を交えた皮肉な歌詞で描いた。ローリングストーン
「We Make Hits」は、そのバンドが予想以上の成功を得たあと、自分たちが何者になったのかを振り返る曲である。タイトルだけなら「俺たちはヒット曲を作る」という自信満々の宣言に聞こえる。しかし実際には、音楽を仕事にすること、成功によって生活が変化すること、反商業主義的な価値観を持ちながら商業的なシステムの中で活動することへの戸惑いが含まれている。
James Smithはこの曲について、後期資本主義の仕組みと、その中で生き残るために人が行う妥協に関係する曲だと説明している。同時にYard Actというバンドがどのように始まり、仲間と音楽を作ること自体に価値を見いだしてきたのかを振り返る内容でもある。Clunk Magazine
そのため「We Make Hits」は、成功を笑う曲でも、成功を誇る曲でもない。「ヒットを作るバンド」という立場を自分たちで茶化しながら、それでも音楽を作り続ける理由を確認する自己言及的な楽曲である。
2. 歌詞の概要
「We Make Hits」の歌詞には、Yard Act自身の活動史が強く反映されている。
バンドが仲間同士で曲を作り始め、それが仕事になり、やがて予想していなかった規模の聴衆へ届く。その過程で生まれた喜びと違和感が、James Smithらしい皮肉な語り口で整理されていく。
タイトルの「We Make Hits」は二重の意味を持つ。
一つは文字通り「自分たちはヒット曲を作る」という意味である。デビュー作『The Overload』は全英アルバムチャートで2位を記録し、Mercury Prizeにもノミネートされた。さらにElton Johnがバンドを支持し、「100% Endurance」の新録版へ参加するなど、Yard Actは短期間でインディーシーンの注目株から大きな成功を経験した。ローリングストーン+1
しかし、もう一つの意味はその言葉自体への皮肉である。
「ヒットを作る」という表現は、音楽を商品として評価する業界の言葉でもある。再生回数、チャート順位、売上、チケット販売などによって成功を数値化すれば、音楽家はいつの間にか「何を作りたいか」より「何が成功するか」を意識する可能性がある。
Yard Actはそこに距離を置こうとする一方、自分たちも音楽産業の外にいるわけではない。
レコード会社と契約し、ツアーを行い、プロモーションを行い、作品を販売する。生活を成立させるにはその仕組みへ参加する必要がある。
「We Make Hits」が描いているのは、この矛盾である。
重要なのは、曲が「商業的成功は悪い」という単純な結論へ進まないことだ。バンドにとって成功したからこそ音楽を職業にでき、仲間と一緒に演奏し続けられる。その現実も同時に認めている。
そのため歌詞の視線は、外部の音楽業界だけでなくYard Act自身にも向けられている。
3. 制作背景・時代背景
『Where’s My Utopia?』は、2022年の『The Overload』から約2年後に発表された。
デビュー作の時点でYard Actはすでに大きな注目を集めていた。『The Overload』では、James Smithが架空の人物を使いながら現代イギリスを観察する方法が中心だった。典型的なのが「Fixer Upper」で、住宅所有や階級意識を、誇張された人物像を通して描いている。ローリングストーン
ところが2作目では、Smith自身が歌詞の中へより直接的に入ってくる。
Pitchforkも『Where’s My Utopia?』について、デビュー作の風刺的なキャラクター描写から、より自己分析的な方向へ移った作品として評価している。成功、父親になること、ツアー生活、仕事としての音楽、家庭との距離など、実際にバンドが経験した変化が主題になった。
この変化は以前から予告されていた。
2022年のインタビューでSmithは、2作目では政治やイギリスについて同じことを繰り返さず、父親になったことなど、より個人的なテーマを扱うつもりだと話していた。また、ツアーを重ねたことでYard Actが「本当のバンド」になり、演奏そのものも以前より強力になったと説明している。ローリングストーン
『Where’s My Utopia?』の共同プロデューサーには、Gorillazのドラマー/プロデューサーとして知られるRemi Kabaka Jr.が参加した。アルバムでは初期Yard Actの鋭いポストパンクだけでなく、ディスコ、ファンク、ヒップホップ、サンプリング、ストリングスなどが大胆に使われている。Republic Records Official 「We Make Hits」は、その拡張されたサウンドを分かりやすく示す。
初期のYard Actでは、乾いたベースとギターの反復の上でSmithが長い言葉を語る形式が中心だった。「We Make Hits」ではそこに、より明確なポップの高揚感とバックボーカル、ダンスミュージック的なグルーヴが加わる。
つまりタイトルだけでなく、実際に「ヒット曲らしい音」を意識した構造になっている。
それ自体が曲のテーマの一部なのである。
4. 歌詞の抜粋と和訳
We make hits
和訳:
俺たちはヒットを作る
非常に単純な一節だが、この反復には複数のニュアンスがある。
第一には自信である。
Yard Actはデビューから短期間で成功を経験し、大規模な会場やフェスティバルでも演奏するバンドになった。「俺たちは良い曲を作れる」と宣言する資格は十分にある。
しかしJames Smithの歌い方には、完全な自己賛美とは異なる距離がある。
「ヒットを作る」という商業的な言葉をあえて反復することで、それを少し滑稽なものとして提示している。
さらに重要なのは、「I」ではなく「We」であることだ。
Yard Actの成功をSmith個人の才能へ還元するのではなく、バンドという集団の活動として語る。曲の背景にも、友人たちと一緒に演奏し、仕事として音楽を続けられることへの肯定がある。
したがってこの短いフレーズは、誇張されたキャッチコピーであると同時に、バンドが現在いる場所を確認する言葉にもなっている。
歌詞の引用は批評・解説に必要な最小限に限定しており、原詞の権利は各権利者に帰属する。
5. サウンドと歌詞の考察
「We Make Hits」でまず目立つのは、初期Yard Actより明確にダンサブルになったリズムである。
『The Overload』でもRyan Needhamのベースは重要だったが、初期楽曲ではThe Fall以降のポストパンクを思わせる硬質な反復が中心だった。「We Make Hits」では、その反復性を保ちながらファンクやディスコの方向へ重心が移動している。
ベースはコードの根音を補強するだけでなく、曲の運動そのものを作る。
ギターはその周囲に短いフレーズを置き、巨大なコードを鳴らして曲を支配しない。この「ベースが中心、ギターが隙間を埋める」という設計はポストパンク的だが、グルーヴにはヒップホップやファンクからの影響が強く感じられる。
Remi Kabaka Jr.との共同制作によって、『Where’s My Utopia?』全体ではサンプリングやリズムの扱いが大幅に拡張された。Financial Timesもアルバムについて、ポストパンクのリフにサンプリング、ディスコ、ターンテーブリズムなどが組み合わされていると評している。フィナンシャル・タイムズ
「We Make Hits」はその中でも、ポップソングとしての自己意識が強い。
曲名で「ヒットを作る」と宣言しながら、本当に覚えやすいコーラスを作る。
ここが重要である。
もし曲自体が極端に難解だったなら、「We Make Hits」というタイトルは単なる冗談になる。しかし実際には、Yard Actは反復するフック、ダンス可能なビート、明るいコーラスを用意している。
つまり「ヒット曲を作ることを皮肉る歌」を、実際にヒットを狙える形で作っている。
この自己矛盾が曲の面白さにつながっている。
James Smithのボーカルにも変化がある。
初期Yard Actの代表曲「The Overload」や「Fixer Upper」では、ほとんど話すようなデリバリーが中心だった。Smithは登場人物を演じながら大量の言葉を詰め込み、ギターやベースがその背景で反復する。
「We Make Hits」でもスポークンワード的な要素は残っているが、コーラスでは歌としてのまとまりが強くなる。
これも『Where’s My Utopia?』全体の特徴だ。Pitchforkは、アルバムでSmithが以前の風刺的な人物描写から自己分析へ移行しただけでなく、音楽もより遊び心があり、幅広いスタイルへ進んだと指摘している。Pitchfork
歌詞の題材とボーカルの変化は連動している。
以前のSmithは他人を観察することで社会を描いていた。
「We Make Hits」では自分自身が観察対象である。
成功したミュージシャンになった自分を外側から眺め、「これは本当に自分が求めていたものなのか」と考える。そのため皮肉の標的が他者だけではなく、語り手自身へ向かっている。
この自己批評はアルバムタイトル『Where’s My Utopia?』ともつながる。
「ユートピア」は理想郷を意味する。
音楽家にとって、好きな音楽だけで生活できる状態は一種の理想郷に見える。レコードを出し、ツアーを行い、観客が集まり、批評家から評価される。無名時代から見れば、それは明確な成功である。
ところが実際にそこへ到達すると、別の問題が生まれる。
ツアーによって家族と離れる。作品には期待がかかる。音楽を作る行為が仕事になる。以前なら純粋に楽しめたことにも、契約や締め切りや売上が関わる。
つまり「理想が実現したあと、なぜ完全には満足できないのか」という問いが生まれる。
「We Make Hits」は、その問題をかなり軽快な形で扱っている。
深刻な告白調にせず、自分たちの矛盾を笑いながら説明するところがYard Actらしい。
また、「late capitalism=後期資本主義」という文脈も重要である。
James Smithが説明しているように、この曲には資本主義社会の中で理想と生活をどう折り合わせるかという問題がある。Clunk Magazine
音楽家も生活費を必要とする。
芸術を商品化したくないと思っても、作品を販売しなければ職業として継続できない。大企業を批判するバンドも、大手レーベルからレコードを発売することがある。
この矛盾には完全な解決策がない。
「We Make Hits」は、そこを偽善として断罪するより、人間が社会の中で生きる以上は何らかの妥協を行うという現実から考えている。
そして曲の最終的な重心は、成功そのものではなく仲間との創作へ戻る。
2026年にSmithが自身のキャリアを振り返った際にも、成功そのものは人生の問題を解決しなかった一方、「書くこと、録音すること、一緒に演奏すること」を仕事として続けられる点には明確な価値があると語っている。ローリングストーン
この考えは「We Make Hits」の核心ともよく一致する。
チャート順位や評価が最終的な答えなのではない。
むしろ、成功という状況を利用して仲間と音楽を作り続けられること。それが商業主義への不信を持つバンドが、音楽産業の内部で活動する理由になる。
曲のミュージックビデオにも、この自己言及的なユーモアが引き継がれている。
映像では「hit」という単語を「ヒット曲」と「人を仕留める仕事」の両方へかけ、二人のヒットマンを中心とした物語が展開する。言葉の意味を文字通り別方向へずらすことで、「We Make Hits」という大げさなタイトルをさらに茶化している。When The Horn Blows
その結果、この曲は三つのレベルで成立する。
Yard Actの成り立ちを振り返る歌であり、成功後の自己批評であり、同時に本当にキャッチーなポップソングでもある。
その三つを矛盾したまま共存させていることが、「We Make Hits」の最大の特徴である。
6. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Dream Job by Yard Act
同じ『Where’s My Utopia?』収録曲で、仕事、成功、音楽産業というテーマをさらに直接的に扱う。「We Make Hits」と同様、明るく踊れるサウンドの裏側で、好きなことを仕事にしたときに生じる矛盾を描いている。
- The Overload by Yard Act
2022年のデビューアルバム表題曲。乾いたベースとギターの反復、James Smithの長いスポークンワードという初期Yard Actの基本形がよく分かる。「We Make Hits」と比較すると、2年間でサウンドがどれほど拡張されたかが明確になる。
- 100% Endurance by Yard Act
『The Overload』の最終曲。虚無や人間の小ささについて歌いながら、最終的には日常を肯定する方向へ進む。「We Make Hits」にある皮肉と誠実さの共存を気に入った場合に特に相性が良い。
- Losing My Edge by LCD Soundsystem
音楽文化について大量の固有名詞を並べながら、自分が時代から取り残される恐怖を笑いに変えた楽曲である。「We Make Hits」と同様、音楽家自身の立場を題材にしながら、ダンスミュージックとして成立している。
- Once in a Lifetime by Talking Heads
反復するファンク的な演奏の上で、自分がいつの間にか手にした生活を眺め、「なぜ自分はここにいるのか」と問い直す。「理想を手にした後の違和感」という意味で、『Where’s My Utopia?』と通じる重要な比較対象である。
7. まとめ
「We Make Hits」は、Yard Actが2024年の『Where’s My Utopia?』で、自分たち自身を題材にした重要曲である。
デビュー作『The Overload』では現代イギリスの社会や他者を観察していたJames Smithが、2作目では成功したミュージシャンとしての自分へ視線を向けた。「ヒットを作る」というタイトルには誇りがある一方、音楽を数値と商品で評価する仕組みに対する皮肉も含まれている。
曲が優れているのは、その矛盾を歌詞だけの問題にしなかったことである。
ファンクやヒップホップの影響を強めたリズム、反復するベース、ポップなコーラスを使い、Yard Actは実際に「ヒットらしい」音を作った。その上で、ヒットを作ること自体を歌詞の中から観察している。
また、成功を拒否する曲でもない。
音楽を仕事にするには妥協が必要であり、商業システムから完全に離れることも難しい。それでも仲間と曲を書き、録音し、演奏することには価値がある。この現実的な態度が、「We Make Hits」を単純な反資本主義ソングや音楽業界批判とは異なるものにしている。
『Where’s My Utopia?』というタイトルが問いかけるのは、夢を実現すれば満足できるのかという問題である。「We Make Hits」はその問いに対して、成功も理想郷も完全な答えではないと示す。
それでも曲を作る。
そして時には、その曲がヒットする。
その状況を笑いながら受け入れる「We Make Hits」は、初期の鋭い社会風刺を残しつつ、自己分析とダンスミュージックへ踏み込んだ2024年のYard Actを象徴する一曲である。
参照元
- Yard Act Official Store「Where’s My Utopia?」
- Republic Records「Yard Act – Where’s My Utopia?」
- Pitchfork「Yard Act: Where’s My Utopia?」
- Pitchfork「Yard Act Are Seriously Kidding」
- Rolling Stone UK「Yard Act: We’re all just weird creatures bumbling about on this rock」
- Rolling Stone UK「Yard Act on their new version of 100% Endurance with Elton John」
- DIY「Yard Act embrace pop on new track ‘We Make Hits’」
- CLUNK Magazine「Yard Act – We Make Hits」
- Financial Times「Yard Act: Where’s My Utopia?」
- Rolling Stone UK「Yard Act: New Beginnings」

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