1. 歌詞の概要
「Pink Light」は、MUNA（ミューナ）が2019年にリリースしたセカンド・アルバム『Saves the World』に収録された楽曲で、夜の街をさまようような静かな熱を孕んだ、憂いと希望が共存するシンセ・ポップのバラードである。
タイトルの「Pink Light（ピンクの光）」は、終わった恋や叶わなかった関係性の記憶に染まった光を象徴している。淡く優しく、しかしどこか切ないその色は、語り手が「行けなかった場所」「叶えられなかった愛」を想起する引き金となっているのだ。
曲のなかで描かれるのは、別れた相手への未練ではなく、その人と一緒にいたときに思い描いていた“未来の光景”——つまり、「愛を信じていたときの自分」の幻影である。語り手はその光のなかにまだ少し未練を抱きつつ、同時に“そこにはもう戻れない”という現実も受け止めている。
この「ピンクの光」は、甘い記憶と淡い痛みを同時に呼び起こす。だからこそこの楽曲は、過去の関係に別れを告げるだけでなく、「でも確かに、あのとき私はそこにいた」とそっと肯定するような、非常に成熟した情緒を湛えているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
MUNAのセカンドアルバム『Saves the World』は、文字通り“自己を救う”ことをテーマにした作品であり、「Pink Light」はその中心にある「後悔」や「自己再認識」といった内面的プロセスを静かに、しかし鋭く掘り下げた楽曲である。
Katie Gavin（Vo）はこの曲について、「過去の恋に対してまだ持っている感情を、批判せずに見つめることを意識して書いた」と語っている。つまりこれは“感情の整理”というよりも、“感情に居場所を与える”という姿勢で作られている。
音楽的には、MUNAが得意とする80年代風のシンセサウンドと現代的なミニマルビートが融合しており、幻想的な空気感のなかに一抹のリアリズムが漂う構成となっている。夜のドライブ、無言のまま隣にいた誰か、視界の端に差し込むピンクの街灯——そうした“過去と現在の境界”を照らす、見えないスポットライトのような曲なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I keep staring at the pink light
What if you had taken me home?
ずっと見つめてる あのピンクの光
もしあの夜、あなたが私を家に連れて帰ってくれていたら？
I think about it every night
I think about what we could’ve done
毎晩考えてしまう
あのとき、もしふたりで何かを始められていたらって
But you didn’t want that
And now I have to let it go
でもあなたはそれを望まなかった
だから私は、もう手放さなきゃいけないの
The memory is still glowing
In the dark, soft and low
記憶はまだ、夜の中でやわらかく
淡く光り続けてる
歌詞引用元：Genius – MUNA “Pink Light”
4. 歌詞の考察
「Pink Light」は、関係が終わった後に残る“もしも”の記憶を丁寧に描いた楽曲である。それは「あの時ああしていればよかった」という単純な後悔ではなく、そこに流れていた空気、差し込んでいた光、交わされなかった言葉——そうした曖昧で非言語的な“感覚の断片”を拾い集めたものだ。
「もしあなたが私を家に連れて帰ってくれていたら？」という問いには、語り手の願望と、その願いが叶わなかった事実の両方が込められている。けれどこの曲は、過去に縛られることを美化してはいない。むしろその感情をそっと抱きしめ、「でも今の私は、これを抱えたまま生きていく」と静かに語る。
特筆すべきは、その語り口の“静けさ”である。怒りも号泣もない。ただ、少し離れた場所から自分の記憶を見つめている。そこには成熟した視点があり、同時に、“その夜のままの私”も確かに存在している。
この“ふたつの時間”が交錯する構造こそが、「Pink Light」がリスナーの心に柔らかく、でも確実に刺さる理由だろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Motion Sickness by Phoebe Bridgers
割り切れない感情と記憶をユーモアと痛みを交えて描いた、現代的な失恋ソング。 - Night Shift by Lucy Dacus
別れの後に訪れる“何も起きない夜”を、静かに、そして激しく描いた傑作。 - The Louvre by Lorde
恋愛の高揚とその背景にある孤独を、観察者の目線で描いた内省的ポップソング。 -
Call It Off by Tegan and Sara
恋の終わりにおける“沈黙の時間”を切り取った、シンプルながら深いエモーショナル・チューン。 -
Back in My Body by Maggie Rogers
傷ついた過去を通過して、再び“自分の身体に戻る”という回復の過程を描いた美しい作品。
6. “行けなかった未来”を、やさしく弔う歌
「Pink Light」は、終わった恋そのものを悼むのではなく、その恋によって想像された未来に別れを告げる歌である。そしてその想像——つまり、“あの夜のピンクの光”——は、過去の幻想であるにもかかわらず、確かに美しく、そして何より「私にとって大切だった」と語る。
MUNAはこの曲を通じて、叶わなかったこと、進まなかった道、止まってしまった時間に意味を与える。その意味づけは断定ではなく、「まだ私の中に残っている」というだけの、ささやかで強い肯定なのだ。
「Pink Light」は、人生における“分かれ道のその先”を見に行くことができなかったすべての人に向けられた、優しい見送りのうたである。あの夜の光がまだ自分の中で輝いている限り、私たちは“失ったもの”ではなく、“確かにあったもの”としてそれを語ることができる——この静かな肯定こそが、MUNAの音楽がもたらす癒しの本質なのだ。
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