
1. 歌詞の概要
「One Rizla」は、Shameのデビュー・アルバム『Songs of Praise』(2018年)に収録された、彼らのキャリアにおいて象徴的とも言える楽曲である。タイトルの「One Rizla」は、イギリスで広く知られる巻きタバコ用の紙「Rizla」の1枚を意味しており、安価で生活感のあるイメージとともに、若者文化やストリート感を連想させる。だが、歌詞の中ではその軽さに反して、自我とアイデンティティをめぐる重たい問いが投げかけられる。
この曲の核心は、自分自身に対する受け入れがたくも真実である姿——「不完全であり、どうしようもなくて、でもそれが自分だ」という苦々しい肯定にある。Charlie Steenの率直かつ不遜な語り口は、誤魔化しの効かない“自己暴露”のようでもあり、同時にそれをあえて晒し出すことへの挑戦でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「One Rizla」は、Shameがバンドとしての認知を得るきっかけになった最初期の楽曲の一つであり、彼らのライブセットでも早くから重要な位置を占めていた。デビュー前から何度も演奏されてきたこの曲は、バンドが成長していく過程において、変わらず核となるテーマ——すなわち“自分をどう認識し、社会とどう対峙するか”という普遍的な疑問——を強く刻み込んでいる。
Shameは、ブリクストンのDIY音楽シーンから台頭してきたバンドであり、反権威的で自己認識に満ちたパンクの精神を現代的に再構築している。「One Rizla」はまさにその象徴であり、彼らの不器用でありながらも誠実な音楽的態度が如実に表れている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
My nails ain’t manicured
My voice ain’t the best you’ve heard
爪はきれいに手入れされてない
俺の声も、たいしてうまくない
And I don’t even know if I can sing
My accent is not the best to hear
歌えるかどうかさえ分からない
このアクセントだって、聞き苦しいかもな
But I’m not trying to be someone
I’m not
でも俺は、他の誰かになろうとしてるわけじゃないんだ
‘Cause I’m just a piece of shit
だって俺は、ただのクズだからさ
歌詞引用元:Genius – Shame “One Rizla”
4. 歌詞の考察
「One Rizla」の歌詞は、ある種の“告白”とも言える自己認識に満ちているが、その表現はあくまで痛烈で、ユーモアすらにじむほどに生々しい。「爪はきれいに整えられてない」「声もよくない」「アクセントも酷い」——こうした一見ネガティブな自己言及は、表面的には自虐に見えるが、実は深い“解放”への意思が込められている。
特に印象的なのは、繰り返される「But I’m not trying to be someone I’m not」というフレーズである。これは、Shameというバンドが、どこまでも等身大であろうとする姿勢の象徴でもある。他人にどう思われようと、自分を偽らずに存在すること。理想の姿になりきれないことを恥じるのではなく、むしろそれを武器にしてしまう。これは、ポストパンクというジャンルが本質的に持つ「抗い」の精神とも共鳴している。
また、「I’m just a piece of shit」というフレーズに代表されるように、この曲にはある種のセルフディス的ユーモアが漂っている。だがそれは、ただの嘲笑ではなく、自己を見つめ、開き直ることで生まれる力強さにもつながっている。Shameは、弱さを認めることで逆説的に強さを得ているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Lick by Dry Cleaning
語り口と自意識の渦が交錯する不思議な語感を持つ、現代のUKポストパンクの代表作。 - Peanuts by Shame
同じアルバム内にあり、より混沌とした感情を爆発的に描いたもう一つの感情曲。 - Divide and Exit by Sleaford Mods
社会批評と怒りをダイレクトにぶつける、同じくアクセントを武器にしたアティチュードが共通。 - Out Getting Ribs by King Krule
自意識と孤独、若さの暗がりを内向きに描き出す、似たような内省のトーンを感じさせる。 - Never Fight a Man with a Perm by IDLES
脆さと怒り、マスキュリニティの歪みが複雑に絡み合った詩世界が通じる一曲。
6. 自己受容と不完全さの美学について
「One Rizla」の特筆すべき点は、その“開き直り”の美学である。Shameの音楽は、荒削りであり、時に泥臭くもあるが、そこには真摯な“開き直り”の姿勢が貫かれている。この曲は、その哲学を最も端的に示したものだろう。
Charlie Steenは、いわば「かっこつけないこと」を通してかっこよさを体現している。ファッションやスタイル、発声やルックスといった“他人にどう見えるか”が重視される時代において、「それでも俺は、これが俺なんだ」と言い切るその姿は、多くの若者にとって共鳴を呼ぶだろう。
巻きタバコ用の「One Rizla」というささやかなタイトルも、そうした態度を象徴している。大仰な言葉や装飾を避け、自分の身の回りの現実から歌を紡ぎ出すこと。そこには、パンクの真髄が宿っている。
「One Rizla」は、Shameというバンドの“始まりの宣言”であり、彼らの存在意義を簡潔に伝えるマニフェストでもある。不完全でありながらも、その不完全さを誇ること——それは、今の時代にこそ響く、最も誠実な自己肯定のあり方なのかもしれない。ポストパンクという形式を借りながら、彼らは自分たちの言葉と姿勢で、音楽の新たな誠実さを提示しているのだ。
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