1. 歌詞の概要
「On Division St.」は、ブルックリン発のバンド Nation of Language（ネイション・オブ・ランゲージ）が2021年にリリースした2ndアルバム『A Way Forward』に収録された楽曲であり、都市の記憶、過去の亡霊、そして“すれ違い続ける自分自身”へのまなざしを静かに、そして切実に描いたナンバーである。
“Division St.”とは直訳すれば「分断通り」。実在する地名であると同時に、心の中の分断、時間の断層、人生のある時点を象徴する詩的なモチーフとして用いられている。
この曲に登場する語り手は、かつての自分が通った道、思い出の中にだけ存在する場所を歩きながら、もう戻れないものへの郷愁と、それを受け入れようとする静かな意志を抱いている。ニューウェーブ的なミニマルなシンセとギターの織りなす音像は、まるで霧がかかった朝のように、記憶と現実の境界を曖昧にしていく。
2. 歌詞のバックグラウンド
Nation of Languageの音楽は、80年代のポストパンク、ニューウェーブ、そしてクラウトロックの影響を色濃く受けながらも、現代の視点から再解釈された感情のマップのようでもある。
「On Division St.」は、その中でも特に**“場所”を通じて記憶を呼び起こす詩的な曲**であり、イアン・デヴァニー（Vo.）の個人的な記憶と、都市の風景が交差するリリシズムが際立っている。
デヴァニーはこの曲について、「自分の中にずっと残っているある街角の記憶を反芻していく中で、“過去の自分”に触れるような感覚になった」と語っており、それは単なる回想ではなく、現在を生きる上で過去と対話するための音楽的手段であるとも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Walking down Division Street
I’m trying to find a place to be
ディヴィジョン・ストリートを歩きながら
「居場所」を探しているんだ
Where I don’t feel so incomplete
Where I don’t feel so incomplete
自分が「不完全」だと感じなくて済むような
そんな場所を求めている
I see reflections of myself
But it never looks quite like me
鏡に映る“自分らしきもの”を見るけれど
それはいつも、どこか違う人間に見える
All the versions that I’ve been
Are still somewhere in the street
かつての“いろんな自分”が
この通りのどこかにまだ残っているような気がする
歌詞引用元：Genius – Nation of Language “On Division St.”
4. 歌詞の考察
「On Division St.」の詩世界は、時間と空間の重なり合う境界線に立つひとりの人間の視点を、極めて繊細な言葉でなぞっていく。
“Division Street”という実在する場所を歩きながら、語り手は何かを探している。「居場所」「自己」「失われた時間」——それは具体的ではないが、確かにそこに“あった”ものだ。そして今はもう“ない”ものでもある。
「鏡に映る自分が自分に見えない」というラインは、自己同一性のゆらぎを象徴しており、現代を生きる者の多くが抱える「自分らしさがわからない」という普遍的な問いを優しく掬い取っている。
また、「かつての自分は今もこの通りのどこかにいる気がする」という感覚は、都市の風景を媒介にして、時間が円環的に巡っているような感覚を生んでいる。
この曲の核心は、「自分を過去に置き忘れてきた感覚」であり、それは単にノスタルジーではなく、「その場所に立ち戻ることで、自分を少しだけ赦そうとしている」という再出発のための優しい儀式なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ashes to Ashes by David Bowie
かつてのキャラクター＝過去の自分との決別をテーマにした幻想的な回想ソング。 - Roads by Portishead
“場所”を通して語られる喪失と感情の未消化が共振する静謐なトリップホップ名曲。 - Leave a Trace by CHVRCHES
自分を失っていく感覚と、それを取り戻す力をエレクトロ・ポップで描いた強靭な曲。 -
Someone Great by LCD Soundsystem
喪失と記憶が時間と共にすり減っていく様を、無機質なビートと共に描く名バラード。 -
Strange Timez by Gorillaz
都市と自我の歪みに触れながら、時間と記憶のズレを旅するような浮遊感あるトラック。
6. “あの通り”に、まだ立ち尽くしている自分へ
「On Division St.」は、“場所”というフィジカルな存在を通して、“自分”という抽象的な存在を再確認するための歌である。
過去は変えられない。でも、そこに立ち返ることで、「変われなかった自分」すら肯定できるかもしれない——そんな思いが、この曲には静かに流れている。
Nation of Languageは、この曲を通して、都市の風景に染み込んだ記憶、そしてその記憶と再会しようとする人間の脆さと優しさを描き出している。
それは、過ぎ去った時間を悼むのではなく、「それでも自分はここにいる」と言えるための、ささやかな確認作業なのかもしれない。
「On Division St.」は、自分を置き去りにしてきたすべての人に贈る、帰還と再認識のためのうたである。
それはノスタルジーではなく、いまの自分に“何を取り戻せるのか”という問いであり、その問いの先には、「変わらないままの風景」と、「少しだけ前を向いた自分」が、そっと立っている。
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