1. 歌詞の概要
「Anything But Me」は、ロサンゼルス出身のクィア・ポップ・バンドMUNA（ミューナ）が2022年にリリースしたセルフタイトルアルバム『MUNA』に収録された一曲であり、恋愛の終焉とそこからの自己解放を描いた、痛快で鮮やかなブレイクアップ・アンセムである。
タイトルの「Anything But Me（私以外なら何でも）」という言葉には、ひとつの皮肉が込められている。語り手は、恋人が「幸せになりたい」と願っていることを理解しながらも、その相手にとって自分自身がその“幸せ”の障害であることに気づき、「だったら私以外の何かを選んで」と突き放す。この潔い態度とほろ苦さのバランスが、この曲の魅力を形作っている。
アップテンポで軽やかなメロディに対し、語られる内容は恋愛関係の切断という重いテーマ。しかしMUNAはそこに哀愁を過剰に乗せることなく、むしろ前向きなアイロニーと少しの優しさをにじませながら、別れの瞬間を“次への通過点”として祝福しているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
MUNAはKatie Gavin（ヴォーカル）、Josette Maskin（ギター）、Naomi McPherson（ギター／シンセ）の3人によるバンドであり、メンバー全員がクィアであることを公言している。彼女たちの音楽は、クィア・ラブのリアリティと自己認識の探究を軸に構築されており、「Anything But Me」もその流れを汲んだ、非常に個人的なストーリーに基づいた楽曲である。
この曲は、Katie Gavinがかつてのパートナーと別れたときの感情をベースに書かれており、彼女はインタビューで「この曲は、相手を非難するのではなく、ただ“私たちは合わなかった”というシンプルな真実を受け入れたかった」と語っている。
つまり、「Anything But Me」は、怒りや悲しみで相手を切り捨てるのではなく、むしろ愛情を残したまま、別れを選ぶという“成熟”のうたなのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You say that you want to change
Well, I hope you get everything you want
君は「変わりたい」って言ったね
願ってるよ、君が望むものすべてが手に入るように
And I’m making peace with your rearranged truths
While I forget what’s mine
君が作り変えた“真実”を
私はなんとか受け入れようとしてる
でも、そのうち自分の気持ちを見失いそうだった
So if you’re gonna wish for something
Wish for anything, anything but me
だから何かを願うなら
私以外の“何か”を願ってほしい
I tried to be everything
That you’d ever need
私はずっと、君にとっての“すべて”になろうとしてきた
歌詞引用元：Genius – MUNA “Anything But Me”
4. 歌詞の考察
この曲が素晴らしいのは、別れを悲劇ではなく、自己肯定と成長のステップとして描いている点にある。語り手は、関係のなかで相手の望む自分になろうと努力し、それでもうまくいかなかった事実を受け止めたうえで、「だったら、私ではなく“私以外”を選んで」と言い切る。この潔さは、決して冷たさではなく、“自分の輪郭を取り戻す”ための選択なのだ。
「君の“変わりたい”という願いは尊い。でもその変化のなかに私は含まれていない」——そのことに気づいた語り手は、自分の居場所がなくなっていく違和感と、相手への愛情の両方を抱えたまま、そっと扉を閉める。その静かな決断には、怒りも涙も必要ない。ただ「私はもう、“私じゃない何か”にならなくていい」と気づいた瞬間の、凛とした美しさがある。
また、音楽的に見ると、明るいギターと軽快なリズムは、“別れの決意”を悲痛にではなく、すっきりと描き出すための重要な装置となっている。MUNAは、心の痛みをあえてポップなフォームに落とし込むことで、聴き手の共感を優しく引き寄せるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Somebody That I Used to Know by Gotye ft. Kimbra
過去の愛を振り返りつつ、自分自身を取り戻す過程を、斬新な構成で描いた名曲。 - Want You Back by HAIM
別れた相手を思いながらも、自分の意志をしっかり保つ、軽快で切ないラブソング。 - Liability by Lorde
“重すぎる自分”への内省と、その孤独をそっと肯定するメランコリックな名作。 -
I’m Not Your Dog by Baxter Dury
他者の期待に応えないという、痛烈でアイロニカルな自己解放の一曲。 -
I Don’t Want to Be Your Girl by Wet
誰かの理想になることをやめる、静かで誇り高い別れの宣言。
6. “私”のままで愛されないなら、離れるしかない
「Anything But Me」は、“誰かの理想になろうとする自分”から卒業するための別れの歌である。それは単なる失恋の物語ではなく、“愛しているけど、それでも離れる”という選択を、確かに、そして静かに肯定している。
MUNAはこの曲で、恋愛の終わりにある“ほのかな希望”を描き出す。悲しみの先に、自分自身の輪郭が戻ってくる。誰かのために自分をねじ曲げることをやめたとき、本当の意味で「私は私である」ことが始まるのだ。
「Anything But Me」は、恋愛における喪失の痛みを、解放の喜びに変える魔法のようなポップソングである。明るく弾むようなメロディの裏には、ひとつの関係を終える決断と、そこから生まれる“ひとりの自由”が、静かに、でも確かに刻まれている。これは自分自身のために別れを告げるすべての人に捧げられる、現代的な別れのうたなのだ。
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