1. 歌詞の概要
「Unsmart Lady（アンスマート・レディ）」は、ロンドン発のポストパンク・バンド Dry Cleaning（ドライ・クリーニング）が2021年にリリースしたデビュー・アルバム『New Long Leg』に収録された楽曲であり、バンドの持ち味であるスポークン・ワード的な語りと、鋭利な社会風刺が凝縮された一曲である。
本作のタイトルに込められた「Unsmart（賢くない）Lady」という表現は、女性に向けられる社会的なステレオタイプや、外見と知性にまつわる二項対立を皮肉交じりに突きつけるものだ。語り手は、周囲から浴びせられる期待やジャッジメントに対し、淡々と、しかし確かな強さを持って抵抗する。
フローレンス・ショウ（Florence Shaw）の無機質で感情を押し殺したような語りが、逆に強い自己肯定と解放を暗示しており、「Unsmart Lady」は、現代に生きるすべての“カテゴライズされた女性”へのカウンターとして機能している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Dry Cleaningは、詩的で非線形的なリリックとポストパンクの硬質なサウンドを融合させることで注目を集めたバンドであり、その中心には「歌わない」ボーカリスト、フローレンス・ショウの存在がある。
「Unsmart Lady」は、彼女が受けてきた社会的な視線――「どう振る舞うべきか」「何を着るべきか」「女性はこうあるべき」――に対する静かな拒絶を表現していると言える。彼女の語りは、怒りを爆発させるのではなく、まるで“見透かして笑っている”ようなクールな温度を保っており、それがリリックの皮肉や批判をより鋭く際立たせる。
またこの曲は、外見至上主義や知性の過剰評価といった現代社会の価値観に対し、「どちらでもいい」と無効化するような、脱構築的視点を提示している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Fat podgy, non-make-up
太ってて、ぽっちゃりしてて、ノーメイクUnsmart lady
頭の悪い女だってさYou can’t say anything these days, can you?
最近は何も言えない世の中だよね、ほんと？I’m smiling constantly
私は、いつもニコニコしてるよThat’s the way it’s always been
ずっとそうしてきたからIt’s a Tokyo bouncy ball
東京のバウンドするボール、みたいな感じ
歌詞引用元：Genius Lyrics – Unsmart Lady
4. 歌詞の考察
この楽曲の真骨頂は、「無視されがちな抑圧」をユーモアと鋭さをもって可視化している点にある。「Unsmart lady」という言葉は、女性に対する差別的な見方の縮図として機能し、語り手はそれを一切弁解せず、むしろ冷笑するように投げ返してくる。
「Fat podgy, non-make-up」という描写に込められているのは、メディアが提示する“女性像”から逸脱した存在に対する社会的圧力であり、それを語りながらも「I’m smiling constantly（ずっと笑ってるよ）」と返す語り手は、その圧力に屈せず、自らの立ち位置を見つめ直しているようにも感じられる。
また、「You can’t say anything these days」というセリフは、現代における“ポリコレ批判”を装った保守的な言説への皮肉であり、自由を標榜する社会に潜む“制限された語り”の矛盾を突いている。
Dry Cleaningはこの曲で、怒りや被害性を前面に出すのではなく、あえて感情を“脱色”することで、逆説的にリアルな感情を浮かび上がらせる。それは、現代社会における抑圧の本質が、“見えにくい構造”として存在していることを理解しているからにほかならない。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Shameika by Fiona Apple
社会から“変わり者”と見なされた少女の過去と、自我の確立を描く鋭いポートレート。 - Seether by Veruca Salt
女性の怒りとアイデンティティを、90年代オルタナロック的に爆発させたフェミニズム・アンセム。 - What’s Your Pleasure? by Jessie Ware
性的自己決定と快楽にまつわるジェンダー意識を、ディスコポップの形式で包み込む知的アプローチ。 - Direct Hit by Snail Mail
恋愛とジェンダーのあいだで揺れる10代の混乱と痛みを、鋭く繊細に描くインディー・ロックの傑作。
6. “カテゴライズされることに、もううんざりなの”
「Unsmart Lady」は、Dry Cleaningが提示する“女性像”へのカウンターであり、あるがままの身体や精神を武器に変えるような、静かで力強いレジスタンスの歌である。
この曲の中で、語り手は怒らない。泣かない。逆に淡々とした語りで、聞き手に社会の矛盾を突きつける。その冷たさが、時に人を傷つける社会のあり方を鏡のように映し出しているのだ。
フローレンス・ショウの声は優しくも鋭く、耳元で囁くようにして社会への不満を伝えてくる。そのスタイルは、従来のロックにおける“叫び”とは異なるが、だからこそよりリアルで現代的なのかもしれない。
Dry Cleaningは、「Unsmart Lady」を通して、“従わない女”の存在を祝福する。それは、知的であることを押しつけられることなく、またそうでなくてもいいと自ら選び取る、すべての人への賛歌なのだ。
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