1. 歌詞の概要
「Strong Feelings(ストロング・フィーリングス)」は、イギリス・ロンドンのポストパンクバンド Dry Cleaning(ドライ・クリーニング)が2021年にリリースしたデビューアルバム『New Long Leg』からのシングルであり、彼らの代名詞とも言える“語り”のボーカルスタイルと、日常的でありながら抽象的なリリックが織り成す独自の世界観をさらに深化させた楽曲である。
タイトルの「Strong Feelings(強い気持ち)」とは裏腹に、語り手はその“強さ”を声高に叫ぶのではなく、抑えたトーンと無機質な語りで感情のうねりを伝えていく。恋愛に似た親密さ、あるいはそれを持て余す戸惑いと葛藤が、「曖昧さ」を伴って静かに波のように押し寄せる構成となっている。
言葉にはしにくい感情――例えば、誰かを好きだという気持ちが自分でもよくわからないときのあの不安定さ。そんな曖昧で、でも確かに存在する感覚を、Dry Cleaningは詩的で断片的なイメージの連続によって音楽に変換している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Dry Cleaningは、語りのようなヴォーカルを主体としたユニークな音楽性で注目を集めたバンドであり、ボーカルのフローレンス・ショウ(Florence Shaw)はプロの視覚芸術家・講師でもあるという異色のキャリアを持つ人物である。
「Strong Feelings」は、彼女が語るように歌うスタイルの中でも特に感情の“抑制”と“濃度”が共存している楽曲であり、そのスタイルは、まるで詩を読むような、あるいは内省的な独白を聞くような不思議な体験をもたらす。
背景には、ポストブレグジットの英国社会や、パンデミックによる孤立感といった現代的な要素も暗に含まれており、「強い気持ちを抱いているが、社会や自己の制限によってそれを表現しきれない」という普遍的かつ現代的なテーマが貫かれている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Strong feelings
強い気持ちよAbout us
私たちのことに対するI’ve been thinking about eating that hotdog for hours
あのホットドッグを何時間も食べたいと思ってたのI think of myself as a hearty banana
自分を“頑丈なバナナ”だと思ってるIt’s Europe
ヨーロッパなのよI love you
愛してる
歌詞引用元:Genius Lyrics – Strong Feelings
4. 歌詞の考察
「Strong Feelings」のリリックは、意味の連続ではなくイメージの連続で成り立っている。それはまるで、恋をしているときに頭の中に浮かんでくる雑多で無関係な事柄が、感情の揺れとともにスライドショーのように流れていく様子を表現しているかのようだ。
「Hotdog」や「banana」といったユーモラスな日常のモチーフと、「I love you」という突然の直球な言葉が隣り合わせに配置されることで、感情が理屈や順序に縛られずに存在していることが浮き彫りになる。これこそがDry Cleaningの詩的センスの真骨頂であり、まるでモダン・ポエトリーのような味わいを持つ。
また「It’s Europe」というセリフには、地政学的な違和感や個人的な場所感覚の曖昧さ、現代社会の断片が含まれているように聞こえる。それは必ずしも説明されるべきものではなく、“感じ取る”ためのフレーズとして機能している。
何より「I love you」という言葉が、曲中で異様に浮いて聞こえることが特徴的だ。ドライな語り口の中に突然置かれるこの言葉は、語り手の本音なのか、それともただの空虚な反復なのか――それは聴き手に委ねられている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Oblivion by Grimes
甘くも奇妙なポップネスの中に、不安と願望が渦巻く近未来的ラブソング。 - Avant Gardener by Courtney Barnett
日常の出来事を淡々と語ることで、逆に深い感情を描き出す語り系ロックの代表曲。 - A More Perfect Union by Titus Andronicus
自己と社会の関係性をポストパンク的な衝動で表現した、詩的で壮大な一曲。 - Marble Arch by HMLTD
奇抜なポップ性と政治的メッセージが交錯する、現代イギリスのリアリズム。
6. “愛してる、でもそれは意味じゃなくて、感じなんだ”
「Strong Feelings」は、愛や感情を言語化しようとする行為自体がすでに不完全であることを示している楽曲である。Dry Cleaningの音楽は、感情の“言語化しきれなさ”に向き合い、それでもなお語り続けようとする姿勢に貫かれている。
語り手が淡々と語る中で漏れ出す「I love you」のひと言――それは、説明不可能な感情の存在を逆説的に証明している。そこにはロマンチックな誇張も、感傷的なメロディもない。ただ“ある”ということだけが残されている。
この曲は、誰かを好きになったときにうまく言葉にできなかったあの感覚、思いがけず感情がこぼれてしまったあの瞬間を、そっとすくい上げる。そしてそれは、とても人間らしく、美しく、不安定で、誠実なことなのだ。Dry Cleaningはその曖昧さを恐れず、むしろ“曖昧さの強さ”を描いてみせた。そんな楽曲なのである。
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