
楽曲の概要
「Pretty in Pink」は、イギリスのThe Psychedelic Fursが1981年に発表した2ndアルバム『Talk Talk Talk』のオープニング曲であり、同年シングルとしても発売された。プロデュースはSteve Lillywhite。Richard Butlerのしゃがれたボーカル、重なり合う2本のギター、Tim Butlerのベース、Duncan Kilburnのサックスなど、初期Fursの特徴が約4分に凝縮されている。
現在ではJohn Hughes監督の1986年の映画『Pretty in Pink』との結びつきが非常に強い。しかし、曲は映画より5年早く作られており、内容も映画とはかなり違う。映画のためにはより滑らかなアレンジで再録されているため、1981年のオリジナル版と1986年版は分けて考える必要がある。
Richard Butlerによれば、歌詞はCarolineという女性が、多くの男性から求められていることで自分に価値があると思っている一方、その男性たちは陰で彼女を軽く扱っているという内容だった。「pretty in pink」もピンク色の服を着た女性ではなく、裸の状態を暗示する比喩として考えていたという。
そのため、明るく覚えやすいタイトルとは裏腹に、曲の中心にあるのは恋愛の幸福ではない。他人から求められることと、本当に大切にされることの違いを、皮肉と寂しさが混じった視線で描いている。
歌詞の概要
歌詞に登場する中心人物はCarolineである。語り手は彼女自身として話すのではなく、少し距離を置いた場所からCarolineとその周囲の人間を観察している。
Carolineには多くの恋人がいるように見える。彼女自身も、たくさんの人から求められていることを自分の魅力や自由の証明として受け取っているようだ。しかし、歌詞はその見方を少しずつ崩していく。
彼女と関係を持つ男性たちは、本当に彼女を愛しているわけではない。Richard Butlerの説明では、彼らはCarolineについて陰で話し、笑っている。彼女は自分が関係の主導権を握っていると思っているが、実際には相手から尊重されていない。
ここで「Pretty in Pink」という言葉が皮肉として働く。表面だけなら、華やかで魅力的な女性を褒めているように聞こえる。しかしButlerが想定した「裸」という意味を重ねると、Carolineが人々から見られ、消費されている状態が浮かび上がる。
ただし、歌詞を単純にCarolineへの非難として読むだけでは曲の感触を捉えきれない。Butlerの声やメロディには、彼女を笑うだけではない寂しさがある。Caroline自身も、自分が自由だと思って選んだ生き方と、周囲が彼女を扱う方法の食い違いに気づいていない。その危うさを眺めている歌としても聞こえる。
制作背景・時代背景
The Psychedelic Fursは1970年代末のロンドンで活動を始めた。パンク以後の荒いギターを残しながら、David BowieやRoxy Musicを思わせる退廃的な雰囲気、サックス、キーボードなどを取り入れたことが特徴だった。
1980年の1stアルバム『The Psychedelic Furs』では、かなり荒々しいポストパンクを聞かせている。翌年の『Talk Talk Talk』では、その攻撃性を残しながら、曲の構成やメロディが整理された。
プロデューサーは前作に続いてSteve Lillywhite。後にU2やPeter Gabrielなども手がけるLillywhiteは、バンドの生々しさを消して滑らかなポップへ変えるのではなく、ギターやドラムのぶつかり合いを大きな音像としてまとめた。
当時のFursはRichard Butler、Tim Butler、John Ashton、Roger Morris、Vince Ely、Duncan Kilburnという6人編成だった。「Pretty in Pink」ではJohn AshtonとRoger Morrisの2本のギターが重要で、一方が伴奏、もう一方がソロという単純な役割分担ではなく、違うフレーズを同時に鳴らしている。
曲の運命が大きく変わったのは1980年代半ばである。女優Molly Ringwaldがこの曲を気に入り、John Hughesに聞かせたことがきっかけとなって、1986年の映画『Pretty in Pink』が生まれた。
しかしHughesの解釈はRichard Butlerの意図とは異なっていた。Butlerは後に、映画では「Pretty in Pink」が文字どおりピンク色の服を着た人物のイメージになり、曲の暗い意味が失われたと繰り返し話している。
映画ではオリジナル録音ではなく、バンドによる1986年の再録版が使用された。こちらは音を整理した、より明るくポップな仕上がりである。映画によってFursは大きな新規リスナーを獲得した一方、Butler兄弟はオリジナル版のほうを好むとも語っている。
歌詞の抜粋と和訳
“Pretty in pink”
和訳:ピンクの中で美しい。
文字どおり読めば服の色を褒める言葉に見える。しかしRichard Butlerによれば、「pink」は裸の身体を暗示する表現だった。
そのため、このタイトルには褒め言葉と皮肉が同時に存在する。Carolineは美しく、人から求められている。しかし、その視線は彼女自身を大切にするものとは限らない。短く魅力的なタイトルの裏側に、この曲の不穏さが隠れている。
サウンドと歌詞の考察
1981年版「Pretty in Pink」の最大の特徴は、明るいメロディとざらついた演奏が同時に存在することだ。
イントロからギターがすぐに耳へ入ってくるが、一枚のきれいなコードとして鳴っているわけではない。John AshtonとRoger Morrisによる異なるギターパートが重なり、細かな音が互いにぶつかる。
一方は比較的明るく鳴り、もう一方には粗く歪んだ感触がある。この二重性によって、曲はポップでありながら少し落ち着かない。
これは歌詞のCarolineとよく似ている。表面では華やかで、人々から注目されている。しかしその裏には、本人が理解している状況とは違う現実がある。
ギターも同じである。一聴すると爽快なロックに聞こえるが、注意して聞くと複数の音がきれいに一つへ溶けず、少しざらついた状態で残っている。
Tim Butlerのベースは、その混雑したギターの下で非常にはっきり動く。単にコードの最低音を鳴らすだけではなく、メロディを持ったフレーズとして前へ出る。
このベースによって曲はポストパンクらしい身体性を持つ。ギターが浮いたりぶつかったりしても、低音は一定の方向へ進み続ける。そのため、歌詞が暗くても曲そのものは勢いを失わない。
Vince Elyのドラムも同様だ。細かく装飾するより、力強いビートでバンド全体を押す。Steve Lillywhiteのプロダクションではドラムの輪郭が太く、ギターのざらつきと対照的にリズムの芯が明確になっている。
Duncan Kilburnのサックスも初期The Psychedelic Fursを理解するうえで重要である。一般的なポップソングのサックスのように、曲の途中で華やかなソロだけを担当するのではない。ギターや声と同じ空間へ入り込み、少し不安定な色を加える。
これによってFursは、同時代の一般的なギターバンドとは違う音になった。パンクの荒さを残しながら、サックスやキーボードによってRoxy MusicやDavid Bowie以後のアートロック的な感触も取り込んでいる。
その中心にあるのがRichard Butlerの声だ。
Butlerは透明な声で正確にメロディを歌うタイプではない。低くしゃがれた声で言葉を引っ張り、発音を少し崩しながら歌う。ときにはメロディより言葉の響きそのものを優先しているように聞こえる。
「Pretty in Pink」というフレーズも、普通のポップシンガーが歌えば明るいキャッチコピーになりそうな言葉である。しかしButlerが歌うと、そこに疲労感や皮肉が混じる。
この声によって、タイトルの意味が不安定になる。「彼女はきれいだ」と本気で褒めているのか、それとも周囲の男性たちが使う表面的な言葉を繰り返しているのか、一度聞いただけでは決めにくい。
その曖昧さが曲には必要だった。
Richard Butler自身は歌詞の意味をかなり具体的に説明している。Carolineは多くの人と関係を持つことで自分が求められていると思っている。しかし相手は彼女を尊重していない。
ここで重要なのは、「多くの相手と性的関係を持つこと」そのものだけを問題にしているわけではない点だ。曲の核心は、本人が感じている価値と、他人から実際に与えられている価値のずれにある。
Carolineは注目されている。しかし注目と尊重は同じではない。
歌詞では、恋人たちが彼女について話す一方、本来なら愛情を示すはずの行動を取らないというイメージが使われる。彼女の周囲には人がいるのに、実際には孤立している。
この「人が多いのに孤独」という感覚を、バンドのアレンジも面白い形で支えている。
演奏にはギターが2本あり、サックスがあり、ベース、ドラム、キーボードがある。かなり音数の多いバンドだ。しかし各パートは完全には溶け合わず、それぞれが別の線として動く。
多くの音に囲まれているのに、一つにならない。
これはCarolineの状況をそのまま音で説明するために意図された、と断定することはできない。しかし、結果として歌詞の孤独と非常によく似た感触を生んでいる。
Richard Butlerのボーカルも、演奏へきれいに溶け込まない。声が少し外側に立ち、Carolineを観察しているように聞こえる。
この距離感によって、曲は純粋な恋愛ソングにも、怒った告発の歌にもならない。語り手には冷たさがあるが、同時に悲しさもある。
Butlerは後年、この曲について「sarcasm, sorrow」といった感情が混じっていたと説明している。その二つは演奏にもよく表れている。
サビのメロディは非常に覚えやすい。「Pretty in Pink」というタイトルを繰り返すため、曲を一度聞いただけでもそこだけは残る。
しかし、歌詞を理解すると、そのキャッチーさ自体が少し怖くなる。
周囲の人々もCarolineを簡単なイメージで見ている。「Pretty」という言葉だけで彼女を消費し、その内側に何があるのかは考えない。聞き手もまた、明るいタイトルだけを覚えてしまう可能性がある。
1986年の映画がまさにその現象を大きな規模で起こしたのは興味深い。
John Hughesは曲名から『Pretty in Pink』という青春映画を作り、Molly Ringwald演じるAndieの服装と「pink」を直接結びつけた。映画自体は階級差や恋愛を扱っているが、Richard Butlerが書いたCarolineの物語とは別物である。
つまり、もともと「表面のイメージと実際の人物のずれ」を扱った曲が、後にタイトルの表面的なイメージによって広く知られることになった。
これは偶然だが、「Pretty in Pink」という作品の歴史には非常に皮肉な結果をもたらした。
1986年版の再録では、その違いがサウンドにも表れている。オリジナルより整理され、明るく、1980年代半ばのポップに合う仕上がりになった。
Richard Butlerの歌唱も1981年よりメロディを意識したものになり、全体の粗さが減っている。映画を通して知ったリスナーにとっては、こちらが馴染み深い場合もある。
しかし1981年版の魅力は、まさに整理されすぎていないところにある。
2本のギターが完全には噛み合わず、サックスが横から入り、Butlerの声もざらついている。それぞれが少し違う方向を向いているのに、Tim ButlerとVince Elyのリズムによって一曲として前進する。
その不安定さがCarolineの物語に合う。
自分は自由だと思っている。しかし他人は別の見方をしている。自分は愛されていると思っている。しかし、その関係に尊重があるとは限らない。
「Pretty in Pink」は、この食い違いに明確な解決を与えない。Carolineが最終的にどうなるのかも詳しく語られない。
だから曲を聞いた後には、爽快なギターの感触と、どこか嫌な後味が同時に残る。
The Psychedelic Fursは、この後「Love My Way」「Heaven」などでさらに洗練されたポップへ進んでいく。「Pretty in Pink」はその前段階にあり、初期の荒いポストパンクと、後の大きなメロディを持つニューウェーブ・サウンドがちょうど重なった曲だ。
美しいものと醜いもの、ポップなものと不穏なものが一緒に鳴っている。その二面性こそ、1986年版だけでは分かりにくいオリジナル「Pretty in Pink」の大きな特徴である。
この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
「Into You Like a Train」 by The Psychedelic Furs
同じ『Talk Talk Talk』収録曲。こちらはベースとドラムの推進力がさらに強く、タイトルどおり列車のように演奏が突き進む。「Pretty in Pink」にある荒いギターとRichard Butlerのしゃがれた歌唱を、より攻撃的な形で聞ける。
「Dumb Waiters」 by The Psychedelic Furs
『Talk Talk Talk』収録の重要曲。反復するギターにDuncan Kilburnのサックスが絡み、初期Furs特有の混雑したサウンドを作る。「Pretty in Pink」のポップなメロディよりも、バンドのポストパンク的な不穏さが前面に出ている。
「Love My Way」 by The Psychedelic Furs
1982年の『Forever Now』収録曲。「Pretty in Pink」より音数が整理され、マリンバを使った印象的なフックと大きなメロディを持つ。初期の荒いFursが、より洗練されたニューウェーブへ進む変化を確認できる。
「A Forest」 by The Cure
1980年の『Seventeen Seconds』収録曲。反復するベースとギターを使い、人物が何かを追いながら孤独へ入り込んでいく。「Pretty in Pink」より暗く静かだが、ポストパンクの反復から不安な空間を作る方法に共通点がある。
「Spellbound」 by Siouxsie and the Banshees
同じ1981年に発表されたポストパンクの代表曲。鋭いギターを細かく動かしながら、強いメロディを保っている。「Pretty in Pink」と同じく、荒さを失わずにポップソングとして成立させた当時の英国ロックの流れが聞こえる。
まとめ
「Pretty in Pink」は、キャッチーなタイトルと明るさのあるメロディの内側に、人から求められることと、本当に尊重されることの違いを描いた曲である。Richard Butlerが想定したCarolineは、自分が自由で魅力的な存在だと考えているが、周囲の人々が彼女を見る目はもっと冷たい。
1981年版では、そのずれが音にも表れている。2本のギターはざらついたまま重なり、ベースとドラムが前へ押し、サックスが横から割り込む。その上でButlerが、皮肉なのか悲しみなのか簡単には決められない声でタイトルを繰り返す。
そして1986年の映画『Pretty in Pink』は、この曲にまったく別の意味を与えた。映画によってThe Psychedelic Fursは新しい聴衆を獲得したが、Butler自身は映画が歌詞を誤解したと感じていた。華やかなタイトルの裏側にある孤独や性的な脆さまで含めて聞くと、「Pretty in Pink」は青春映画のテーマ曲という後年のイメージとはかなり違う、初期The Psychedelic Fursらしい苦味を持ったポストパンクである。
参照元
- The Psychedelic Furs『Talk Talk Talk』
- The Guardian「Pretty in Pink: the Psychedelic Furs on how they made a pop classic」
- The Quietus「All Of This And Nothing: The Psychedelic Furs On Talk Talk Talk」
- Hot Press「Interview: Richard Butler on The Psychedelic Furs’ superb new album」
- Classic Pop「Psychedelic Furs Interview: Beautiful Chaos」
- MusicBrainz『Talk Talk Talk』

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