1. 歌詞の概要
「Beautiful Waste」は、オーストラリアのバンド、ザ・トリフィッズ(The Triffids)が1984年にシングルとしてリリースした楽曲であり、彼らのディスコグラフィーの中でも特に詩的で、憂いと優しさに満ちた1曲である。のちにベストアルバムやコンピレーション盤に収録されたことで再評価され、トリフィッズの叙情性を代表する楽曲のひとつとして位置づけられている。
この曲のタイトル「Beautiful Waste(美しい浪費)」は、儚さと喪失を褒め称えるような逆説的な表現である。歌詞では、もう戻ることのない過去、手に入らなかった愛、実らなかった時間がテーマとして描かれているが、それらが“無駄”であるどころか、「美しかった」と肯定されている点が印象的だ。
語り手は、ある日々を回想するように語る。もしかすると、それは短い恋だったかもしれないし、あるいは自分自身が若く純粋だった時代の記憶かもしれない。その日々はもう終わってしまったけれど、たとえ残されたものが“廃墟”であっても、それを「美しい」と語る姿勢には、深い感受性と赦しがにじんでいる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Beautiful Waste」は、デイヴィッド・マッカンビ(David McComb)の詩的感性が最も繊細に発揮された作品のひとつである。1980年代前半、ザ・トリフィッズはまだローカルな存在ではあったが、この曲のリリースを通じてオーストラリアのインディー・シーンにおける注目度が一気に高まった。
マッカンビは、自らの楽曲について「愛や敗北、広大な風景と孤独」を書くことに執着していたと語っており、「Beautiful Waste」もまさにその系譜に連なる作品である。後年、この楽曲は、亡きマッカンビを偲ぶトリビュートにも頻繁に取り上げられ、バンドの精神的な象徴として再評価された。
サウンド面では、アコースティック・ギターを中心にしたシンプルな編成ながら、フルートやストリングスの繊細な装飾が施され、まるで叙情詩のような空気感を生み出している。80年代特有のエコー感とは異なり、もっと温かく、生々しい音像で構成されており、聴き手の心にじんわりと染み込んでくる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は、「Beautiful Waste」の印象的な一節である。引用元:Genius
All the things I’ve done and said
Are a beautiful waste of time
僕がしてきたこと、言ってきたことすべてが
時間の“美しい浪費”だったAll the love I gave to you
Was a beautiful waste of love
君に注いだすべての愛もまた
美しい浪費だった
このフレーズに込められた逆説は、ただの皮肉ではなく、深い赦しと自己受容を含んでいる。無駄だったかもしれない。でも、それでも良かったのだ、と。
4. 歌詞の考察
この曲の最大の魅力は、“失敗”や“終わり”を「肯定」しているところにある。多くのラブソングやバラードは、失われた愛を悔やみ、過去に戻りたいと嘆くものが多い。しかし「Beautiful Waste」は、それを美しいとまで呼ぶ。その姿勢は成熟した視点であり、人生における“無駄の価値”を認めるという、大人の哲学を内包している。
“浪費”とは通常、否定的な意味を持つ言葉だ。しかし、ここでは「その無駄でさえ、私を形づくってくれた」と歌っているようにも受け取れる。愛に破れ、時間を無為に過ごし、何かを失ったときに人はどう立ち直るのか――そのひとつの答えが、この曲の中にある。
さらに、語り手は“君”を責めない。むしろ、君との時間があったからこそ“美しい浪費”が可能だったと語っている。その優しさと諦観は、マッカンビならではの美学であり、トリフィッズの音楽全体を貫く、孤独と赦しの詩学なのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Tender Is the Night by Jackson Browne
愛の終わりに訪れる静かな光と諦めを描いた名曲。 - Mysteries of Love by Julee Cruise
夢と現実のはざまで揺れるような、美しい悲しみを含んだバラード。 - Asleep by The Smiths
世界に別れを告げるような、穏やかで痛ましいレクイエム。 - Disintegration by The Cure
壊れていく愛の中にある美しさと絶望を詩的に描いた名曲。 -
Cattle and Cane by The Go-Betweens
過ぎ去った故郷と子ども時代の記憶を美しいギターと共に綴ったオーストラリアの詩的名作。
6. “美しい無駄”が人生をつくるという真実
「Beautiful Waste」は、ザ・トリフィッズというバンドの核心を最もシンプルに、しかし最も深く表現した楽曲のひとつである。派手なサウンドや印象的なリフに頼るのではなく、静かに語られる言葉とメロディによって、聴き手の心を揺らす力を持っている。
人生には、たしかに“実らない時間”がある。けれど、そのすべてが“無意味”なわけではない。むしろ、その無駄を通じて私たちは何かを感じ、考え、そして生きてきたのだ。
この曲は、そうした記憶や感情をまるごと抱きしめながら、「それでいいんだよ」と優しく囁いてくれる。悲しみも、失敗も、過去も――それが“美しい浪費”だったのだと。
そしてそれは、ただの慰めではなく、生きるための大切な真実なのである。
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