イントロダクション
Split Enz――カラフルなスーツ、歪んだメイク、不協和音を駆け抜けるメロディ。
このバンドは、70年代後半から80年代にかけて、アート・ロックとニュー・ウェーブを奇抜かつ叙情的に結びつけた、ニュージーランド発の稀有な存在である。
「ただ変わっている」だけでは終わらず、そこには緻密な構成力とポップセンス、そして何より“心の動き”をすくい上げる繊細な眼差しがあった。
Split Enzは、感情と実験、混沌と調和を共存させた、魔法のようなポップ・アートだったのだ。
バンドの背景と歴史
Split Enzは1972年、ニュージーランド・オークランドで結成された。
創設者はティム・フィン(Vo, Key)とフィル・ジャッド(Vo, G)。当初は“Split Ends”という名前だったが、“Enz”と綴りを変えることで、より視覚的・芸術的な印象を狙ったという。
初期は英国に拠点を移し、ロキシー・ミュージックやジェネシスに通じるアート・ロック路線で活動。
1976年の『Second Thoughts』や1977年の『Dizrythmia』で注目されるも、難解なスタイルが主流になりきれず、メンバーチェンジが続く。
転機は1980年、ティムの弟ニール・フィンが正式加入し、ポップ寄りの作風が台頭。
同年の『True Colours』に収録された「I Got You」が世界的ヒットを記録し、Split Enzは一躍国際的な注目を集めた。
バンドは1984年に解散するが、メンバーは後にCrowded Houseやソロ活動などでさらなる成功を収める。
音楽スタイルと影響
Split Enzのサウンドは、時期によって大きく異なるが、一貫して“視覚と音の遊び”を意識した構築がなされている。
初期はヴァイオリン、不協和音、変拍子、キーボードの多用など、カーニバル的で実験的な要素が強く、The ResidentsやFrank Zappa、Gentle Giantのようなアヴァンギャルドさを持っていた。
ニール・フィン加入後は、よりメロディアスでエモーショナルなポップ・ソングが前景化。
それでも、突拍子のないコード展開やアイロニカルな歌詞、劇的なアレンジは健在で、単なるポップには還元されない“Split Enzらしさ”が滲んでいた。
また、ステージ衣装やアートワーク、PVにおいても極めて高い表現意識を持ち、“総合芸術”としてのバンド像を貫いた点は特筆すべきである。
代表曲の解説
I Got You(1980)
ニール・フィンが書き、バンド最大のヒットとなった名曲。
冷たいギターリフと、感情を押し殺すようなヴォーカル、そして一転して広がるサビのメロディ――この対比が見事な構成美を生んでいる。
〈I don’t know why sometimes I get frightened / You can see my eyes, you can tell that I’m not lying〉
というラインは、愛と不安の境界線を絶妙に描き、内気な感情の普遍性を鋭くすくい上げている。
History Never Repeats(1981)
キャッチーで疾走感あふれるニューウェーブ・ポップの傑作。
シンセとギターの掛け合いが軽快で、シニカルな歌詞とのバランスが心地よい。
リリース当時は米MTVでのオンエアも多く、バンドの国際的認知度を高めた。
Six Months in a Leaky Boat(1982)
ティム・フィンが手がけた壮大な楽曲で、故郷ニュージーランドや祖先の航海をメタファーにしたパーソナルなナンバー。
ポリリズムとシャンティ風の展開が印象的で、後期Split Enzの集大成的な楽曲でもある。
英国ではフォークランド紛争中の放送自粛という不運もあったが、現在では評価の高い一曲。
アルバムごとの進化
『Mental Notes』(1975)
プログレ的な展開と不協和な美学が光るデビュー作。
カオティックでありながらも、どこかユーモラスで演劇的。フィル・ジャッドの色が強い。
『True Colours』(1980)
ニール加入後のブレイク作で、サウンドが格段にポップに。
「I Got You」「I Hope I Never」など、メロディと感情のバランスが秀逸。アート的感性と大衆性が奇跡的に融合した作品。
『Time and Tide』(1982)
芸術性とポップ性が高次元で結実した一枚。
海をテーマにした楽曲群が並び、「Dirty Creature」や「Six Months in a Leaky Boat」など、幻想的で深みのある曲が多い。
『Conflicting Emotions』(1983)
分裂が始まりつつあったバンドの緊張が滲む作品。
ポップさの中に不穏さが混ざり、実験性と洗練の交錯が感じられる。
影響を受けたアーティストと音楽
David Bowie、Roxy Music、Genesis、Brian Eno、Frank Zappaといったアート/グラム/プログレの影響が色濃く、
ニュージーランドという地理的孤立性も手伝って、彼らの音楽にはどこか“独自のファンタジー”が宿っている。
影響を与えたアーティストと音楽
Crowded House(ニール・フィンの次なるプロジェクト)はもちろん、GotyeやOf Montreal、Foster the Peopleといった“奇抜だがポップ”を追求するアーティストに受け継がれている。
また、ニュージーランドやオーストラリアのアーティストたちにとっては、国境を越えた先駆者的存在として絶大なリスペクトを集めている。
オリジナル要素
Split Enzは、単に音楽だけでなく、ヴィジュアル、物語性、構成力においてもアート性を徹底した存在だった。
それでいて、ポップスとしての“聴かせる力”を失わなかったことが彼らの最大の特異点である。
奇抜さは演出であって中身ではなく、むしろ内面の不安や繊細な感情を描くための“カモフラージュ”でもあったのだ。
まとめ
Split Enzは、音楽がまだ“発明の余地”を持っていた時代の魔法のような存在だった。
彼らの作品には、常に何かしらの驚きがあり、同時に深い共感がある。
もしあなたが、“変わっているけれど、心に響く音”を探しているなら――
Split Enzは、その両極を軽やかに舞う、美しく奇妙なバンドである。
そしてその舞は、今も私たちの心のどこかで、そっと回り続けているのだ。
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