イントロダクション
煌びやかなスーツ、完璧なヘアスタイル、ゴージャスなサウンド――Spandau Balletは、1980年代の“華やかなる虚飾”を体現したバンドとして語られることが多い。
だが、その音楽には、単なる装飾を超えた“英国的な抒情”と“ソウルフルな情熱”が息づいていた。
彼らは、ニュー・ロマンティックのアイコンでありながらも、やがてジャズ、ソウル、ポップの要素を巧みに取り入れ、独自の音楽的進化を遂げた。
Spandau Balletとは、スタイルと感情、都会的洗練と古典的な哀愁が交錯する、まさに“音のバレエ”だったのである。
バンドの背景と歴史
Spandau Balletは1979年、ロンドン北部イズリントンで、ギタリストのゲイリー・ケンプを中心に結成された。
当初はポストパンク／ニュー・ロマンティック・シーンの一角を担い、ブリッツ・クラブ周辺のサブカル的ムーブメントと強く結びついていた。
1980年のデビュー・シングル「To Cut a Long Story Short」で注目を集め、その後は『Journeys to Glory』（1981）、『Diamond』（1982）といった初期作でニュー・ロマンティックの旗手として地位を確立。
だが、真のブレイクは1983年のアルバム『True』に収録されたバラード「True」の世界的ヒットによってもたらされた。
以降、80年代中盤にはアメリカ市場にも進出し、スムースでエレガントな“青い目のソウル”（blue-eyed soul）として新たな評価を獲得する。
90年代以降は一時解散するも、2009年に再結成。
バンド内の確執を越えながら、現在も断続的に活動を続けている。
音楽スタイルと影響
Spandau Balletの音楽は、初期はエレクトロニックで鋭利なニュー・ロマンティックスタイルを特徴としていた。
だが次第に、ソウル、ファンク、ジャズ的な要素を取り入れ、洗練されたポップ・ソウルへと変化していく。
ゲイリー・ケンプのソングライティングは、ラヴソングを中心としながらも、感情表現に知性と繊細さを宿している。
また、フロントマンであるトニー・ハドリーの力強くも柔らかなテナー・ヴォイスが、その感情を豊かに伝える役割を担っていた。
サックス奏者スティーヴ・ノーマンの存在も大きく、彼の旋律が楽曲に気品と色気を加えていた。
音の空間には“余白”が多く、情緒や湿度がじわりと染み込んでいくような構造となっている。
代表曲の解説
True（1983）
Spandau Ballet最大のヒット曲にして、80年代バラードの金字塔。
〈I know this much is true…〉という繰り返しのフレーズは、ロマンスの甘さと切なさを極限まで昇華したポップ表現の粋。
スムースなギターとサックス、流麗なコード進行が、時間の流れと共にゆるやかに感情を運んでくる。
アメリカでも大ヒットし、blue-eyed soulという文脈で再評価されるきっかけにもなった。
Gold（1983）
「True」の姉妹曲とも言える、壮大なスケールを持つアンセミック・ポップ。
勝利と誇り、そして人生の歓喜を讃えるような歌詞とメロディ。
「You are gold, always believe in your soul」というフレーズは、80年代的ポジティヴィティの象徴でもある。
煌びやかなアレンジとドラマティックな展開は、まるで映画のクライマックスのようだ。
Through the Barricades（1986）
北アイルランド問題に触れた、政治と愛が交錯する異色のバラード。
メッセージ性とメロディの両方を兼ね備えた名曲で、バンド後期の代表作のひとつ。
“バリケードの向こう側にいる恋人”という構図は、文字通りの戦争だけでなく、心の隔たりをも象徴している。
抑制された演奏と力強いヴォーカルが、深い感動を呼ぶ一曲である。
アルバムごとの進化
『Journeys to Glory』（1981）
ニュー・ロマンティックの美学が詰まったデビュー作。
シンセとベースが主導するエレクトロ・ファンク風のサウンドで、シャープな都会性とモード感覚が強い。
『True』（1983）
音楽的にもキャリア的にも頂点となるアルバム。
ソウル／ポップのバランスが美しく、「True」「Gold」「Lifeline」などヒット曲が多数収録されている。
『Parade』（1984）
『True』の流れを受けつつ、よりオーケストラルでスケールの大きい楽曲が増加。
「Only When You Leave」など、よりドラマティックなアプローチが際立つ。
『Through the Barricades』（1986）
バンドの成熟期を象徴する作品。
サウンドは内省的かつメッセージ性を強め、政治的テーマへの接近も見られる。
情感豊かなバラードが多く、過小評価されがちだが非常に完成度の高い一枚。
影響を受けたアーティストと音楽
Roxy MusicやDavid Bowie、Chic、Marvin Gayeといった、ソウルフルかつスタイリッシュな音楽への憧憬が随所に見られる。
また、ラテン音楽やジャズのコード感も取り入れられ、洗練されたアレンジの土台となっている。
影響を与えたアーティストと音楽
彼らの音楽は、Simply RedやTears for Fearsのような洗練型ブリティッシュ・ポップの系譜に影響を与えたほか、
近年ではThe 1975やHurts、Pet Shop Boysのような感情的エレクトロ・ポップにも通じる部分が多い。
また、「True」は無数のサンプリング元としても有名で、P.M. DawnやNellyなどヒップホップ／R&Bアーティストにも再解釈され続けている。
オリジナル要素
Spandau Balletの独自性は、“視覚と聴覚の両面での美意識”にある。
彼らは音楽を“聴くもの”であると同時に“魅せるもの”として構築し、ファッション、演出、構成すべてに洗練を持ち込んだ。
そしてもうひとつ重要なのは、“脆さを持つ男性像”を提示した点である。
強さと華やかさの裏にある繊細さ、迷い、傷つきやすさ――それを恥じることなく表現した彼らの音楽は、ある種の“新しい男性性”を予見していたとも言える。
まとめ
Spandau Balletは、1980年代のきらびやかな音楽シーンにおいて、単なる流行の先導者にとどまらず、“感情を着飾る”ことの美しさと難しさを教えてくれたバンドである。
彼らの音楽は今聴いても決して古びていない。
むしろ、感情にラグジュアリーな衣を纏わせることが、どれほど豊かな表現であったかを思い出させてくれる。
それは、華やかなだけでなく、どこか哀しい。
だからこそ、Spandau Balletの音楽は、時代を越えて心に残り続けるのだ。
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